橘 亞里亞!②
喫茶店に入ったのは、今考えると誤算だった。
コーヒーが苦手なわけでも、何処かアンティークな雰囲気が嫌なわけでもない。
「こちらクソガキのイエローピールジュースでございま〜す。クソがッ、ペッ。
……こちらクビキさんの……愛しのクビキさんの、スペシャルブレンドティーでございます」
ーー……このアルバイトに来ている残念美女の存在をすっかり忘れていたからだ。
エリゼのアルバイト先は、この喫茶店だったのか……。
メニューを運び終えた後も、店の柱に隠れてこちらを凝視している。
ーーというか、カエルのお面はアルバイト中でも外さないのか。
「ちょっとクビキ……あのカエル女は何なの? さっきから、ずーっとあたしを睨みつけてくるわ……」
「あ、それは本当にごめん。あの子が、ああなったのは俺の責任だ。気にしないでやってくれ」
「わ、わかったわ……」
「亞里亞はどうやってこの世界に来たんだ? 俺は異世界転生とやらで来たんだが……」
「あの自称神様でしょ⁉︎ なんか胡散臭いのよねぇ、あれ。……因みに私は殺されて、この世界に転生したわ」
「殺されて……?」
「いいわ、順を追って話すわね」
ーー亞里亞の話した内容はこうだ。
生前の亞里亞は18歳。
早くに父を亡くした亞里亞は、母子家庭で、親子二人、仲睦まじく暮らしていた。
ある日、彼女の母親が再婚をした。
再婚相手の男は、最初こそ人当たりもよく、亞里亞の面倒をよく見てくれていた。
だが、いつの日か亞里亞の事を女として、性の対象として見るようになったという。
あとは酷いもので、地獄のような日々を過ごした。
唯一の頼りだった母親は見て見ぬ振りをし、亞里亞に救いの手を差し伸べる事はなかった。
否、差し伸べる事が出来なかったのだろう。
亞里亞は、母親の再婚相手の男を、殺す決意をする。
真夜中、包丁を片手に男の寝室に忍び込んだ亞里亞だったが、目を覚ました男に気付かれる。
逆上した男は、亞里亞から包丁を奪うと彼女を滅多刺しにし、ついには命を奪ったという。
その後、俺と同じように、死後訪れる、真っ暗な部屋で目を覚ます亞里亞。
そして自称神様が問うわけだ。
『可能な範囲で願い事を一つ叶えて差し上げましょう』……と。
亞里亞はその時見ていたアニメやゲームの影響で、「ゲームみたいな世界に行きたい」と答えたそうだ。
しかし、彼女にとって、この異世界でも現実は冷たかった。
転生後、生まれて間もない亞里亞は、母親に二アスティでの名前をもらう事も出来ずに、すぐに捨てられた。
孤児院での生活も決して良いものではなく、ステータス画面を見た周りの人間は、『橘 亞里亞』という、見た事も無い言語を気味悪がり、彼女に近づこうとするものはいなかった。
今の今まで、亞里亞は自分一人の力で、何とか生き抜いて来たのだという。
それが彼女から聞いた話の一部始終だ。
「亞里亞、えらいなぁ……ずずっ…………辛かったなぁ……」
「ちょ、何であんたが泣いてるのよ⁉︎」
「いや、亞里亞がえらくて……本当、頑張ってて……」
「ちょっと、泣き止みなさいよ! …………でも、クビキの気持ちは凄く嬉しいわよ……素直に」
まんざらでも無い様子で亞里亞は頬を赤らめ、俯いた。
ーーコトッ。
「こちらジャンボピュアベリープリンパフェになります…………」
エリゼが、ジャンボピュアベリープリンパフェなる商品を亞里亞の前に置いた。
「……? あたしそんなの頼んでな……⁉︎」
「エリゼの……ズズッ…………エリゼからの気持ちで…………うぅ。…………ごべん…………さっぎはごべんね亞里亞ちゃん…………」
柱に隠れていたエリゼも、亞里亞の話を聞いていたのか、顔をくしゃくしゃに歪めて、号泣していた。
エリゼの涙や鼻水が、ジャンボピュアベリープリンパフェにドバドバ溢れていたが、亞里亞は少し笑うとジャンボピュアベリープリンパフェにスプーンを伸ばす。
「…………あまじょっぱいけど、美味しいわ」
喫茶店にいる他の客からは、惜しみない拍手が送られていた。




