ネズミは夕暮れに泣き出す
私は曇った窓ガラスの一箇所を丸く袖で拭い、珈琲を飲みながら外の様子を伺う。昨日は雨が降ったようで、土が黒に近い茶色に染まっていた。
「兵隊さんは来てなかったみたいだな。」
レヴィはそう言いながら、パンにハムとレタスを挟み豪快にかぶりついた。
「あぁ。地下だと分からなかったが、結構な量の雨だったんだろう。馬の足跡もついていない。」
「賢明な判断だ。」
パンくずが白く霞んだ床に落ちる。
私達はお尋ね者として、国から追われていた。
貴族制に基づき運営されているこの国では、王族や貴族の身分が国より保障されている為、その者に対して不正を働けば即座に国家犯罪者として指名手配されてしまう。
私達・・・いや、概ねはレヴィだがそういった貴族を対象に盗みを働いて、国家保有物盗難の罪で追われていた。
そんな事を他所に、レヴィはパンの最後の一欠片を口に入れると、にやりと笑みを浮かべる。
「国家犯罪者とは聞こえはいいがな。俺たちがやってるのは所詮、盗っ人だ。トチ狂った殺人鬼とは訳が違う。」
「だが、捕まれば死罪は免れないぞ。こんな事続けて君は一体何をしたいんだ?」
レヴィはボサボサの頭を書きながら、テーブルの上の珈琲を手に取る。
「ユリウス・・・盗みを働く真意とはなんだ?」
「質問を質問で返すなよ。」
「まぁ、そういうな・・・どう思う?」
私は口を掌で覆い考える。一呼吸置き、彼に答えを返した。
「・・・自らが持たないものを手にしたい。嫉妬に似た欲求から来るのでは?」
レヴィは珈琲を一口啜《すす》ると、「そうだ」と答える。しかし、その後付け加えるように
「だが俺が命を賭けてまで盗みをする事は、普通の盗みとは別の意味を持っている。ただ、物が欲しいというだけであれば、貴族ではなく、裕福な平民から巻き上げればいい。」
命を賭ける。彼の言葉に少しばかりの重みがかかったように思えた。
「俺が盗むという事には、違う意味合いが出て来る・・・。」
私が「それは・・」と答えを求めようとした時、レヴィは人差し指を立てて、私に向かって突き出して来る。
「答えは自分で考えろ。それが当面の宿題だ。」
私はむくれた顔した。
一刻して、レヴィの元に手紙が届いた。
いつも何処から小鳥の足に紙切れが巻きつけられレヴィの元へ運んで来る。情報屋とのやりとりだろうか、彼は真剣な表情でそれを読む。
「仕事か?」
「あぁ。なにやら、シャレントを領地する貴族がお宝を手に入れたらしい」
シャレント領は、ラント公国の西方に位置する地域であり、緑豊かな所と中心に美しい湖があることから、貴族達の間では避暑地として人気が高い。
「ふっ、そこの貴族はお前よりも堅物らしいな。」
「私と比較をするな。」
なにやら要らぬ口添えが為されてたのだろう。私は彼に突っ込みを入れる。
「盗むぶつは?」
「10カラットのダイヤモンドが埋め込まれたティアラらしい。金貨5000枚は下らないな。」
金貨5000枚。この国では、100枚ほど金貨があれば遊んで暮らせるというが、下々の者ではその下の銀貨一枚手にするのだけでもやっとである。