表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義の人  作者: 末広新通
出会い
5/5

正義に優るもの

 私の身柄は、最寄りの警察署に移されていた。

先程から行われている、警察による取り調べで、私は三種類の言葉をひたすら繰り返していた。

「私は、絶対に、やっていません。」

「(なぜ、痴漢犯にされてしまったのか)解りません。」

「弁護士を呼んで下さい。」

警察官は、(犯罪の実行を認めさせるべく)入口を変えて、同様の質問を何度もしてきた。時には、勤務先・家庭環境等の私の個人情報から、私へ感情面での揺さぶりも掛けてきた。

‥が、彼らにとっての進展はなかった。

程なくして、私は勾留部屋に移された。

 一人になった事で、私は改めて、自分に降りかかったこの絶望的な危機に対して、多少、冷静になって考える時間が持てた。

 まず、小林友子は何故、私を痴漢に仕立て上げたのか?

これについては、何となく推測できる。

恐らくは、例のご婦人の定期預金証書紛失の件に、小林が何らかの意図を持って関与しているのだろう。

それについて、既に私が把握していると思い込んだ彼女が、咄嗟に自己防衛の手段として、一か八かの行動で私を排除しようとした。‥‥そんな所だろう。

 だが、解らないのは、何故、青木正義が私が痴漢を行ったと、嘘の証言をしたのかだ。

 彼がいた、あの位置からだったら、私の動きは十分確認できた筈だ。(見間違いなど、起きる距離・角度などてはないのだ。)

(『あの位置』?‥)

 私は、不意に違和感を感じ、そして、その違和感の原因に気付き、ギクリッとした。

(そもそも、青木正義は、何故あの位置に、いや、それ以前に、何故あの電車にいたのだ?)

あの電車は、上りの新宿行きだ。私や小林友子が勤務地の町田へ行く為に乗車しているのは、当然である。しかし、青木正義の住まい(玉川学園)が彼の勤務地である町田より、新宿寄りにある事を考えると、彼が乗るのは、下り電車でなければおかしいのだ。‥‥私は、はっとした。

そう言えば、私が座席をご婦人に譲らなかった事で、彼に辱めを受けたあの時も、彼は、今日と同じ上りの電車に乗っていた。

‥そして、その電車にも小林友子が乗っていた。

私は、自分が知りうる、彼の全ての行動を振り返り、そして熟考した。‥‥やがて、一つの結論にたどり着いた。

(なんて事だ‥。彼は正義の人なんかじゃない。)

(青木正義は、小林友子に一方的な思いを寄せる、ストーカーだったんだ。)

 以下が私の仮説である。

 最初、口座を開設する為に来店した時、窓口にいた小林友子に彼は一目惚れした。その彼女がクレーマーの口撃対象となった。彼女を助けるべく、彼はクレーマー撃退へ行動を起こした。あの帰り際の会釈も、恐らくは彼女に向けたものだった訳だ。

 その後、青木正義は、何らかの方法で、彼女が南林間に住んでいる事を突き止めた。(もしかしたら、彼女の帰り道を尾行したのかもしれない。)

 2度目に来店したあの日も、恐らく小林友子を尾行していたのだろう。その途中の電車の中で、妊婦を擁護し、私を注意する事で、自分の正義感をアピールし、株を上げようとしたのかもしれない。(勿論、純粋な親切かもしれないのだが‥。)

そして、小林友子と会話をする為に来店した彼は、為替ボードを見るふりをして、彼女がいる場所を確認した。

彼女が資産運用相談窓口を担当している事を知った青木正義は、その番号札を取り、そして運用相談という名目の元に、彼女との会話時間をたっぷりと満喫したという訳だ。

 3度目の出会いとなった、あのテニスのオフ会ですら、場所が小林友子の自宅がある南林間であった事を考えると、単なる偶然とは思えない。自宅にいた彼女を尾けるまでの、時間調整だったのかもしれない。

 そして、今日の電車での行動だ。

青木正義には、私が痴漢などしていない事が解っていた筈だ。(もし、そんな所を彼が目撃したら、彼自身が、すぐに私の手を掴み告発していたに決まっている。)

しかし、彼女の表情からその窮地を悟った彼は、嘘と解っている彼女の告発の証人役を買って出たのである。


この仮説で、一応の筋は通る。

もっとも、自分が窮地に立った原因が解ったからといって、事態が好転する訳ではない。

とりあえずは、体を休めて弁護士からの連絡が入るのを待つ事にした。

(きっと、店では、大騒ぎだろうなぁ‥。)

(恵も心配してるだろうなぁ‥。)






 弁護士が来る事は無かった‥。

私が釈放されたからである。

小林友子が、痴漢の訴えを取り下げたのだ。

警察から聞いた、ことの詳細は以外の通りだ。

 小林友子の兄が、投資詐欺に引っかかり、顧客から預かっている資金に大きな損失を発生させてしまった。顧客の信用を失わない為には、発覚前に自己資金で補填する必要があったが、その額は少なくとも数千万円であり、自己資金で賄える金額では無かった。妹に金の工面を頼んだという事は無かったようだが、兄の置かれた状況を察した小林友子は、何とか出来ないか思案した。

自分の預金だけでは到底足りず、顧客の預金を一時的に借用しようと考えた。但し、彼女自身、いざ預金証書を手にしたが、その着服には踏ん切りがつかないでいた。そして今日、自らの所業が発覚したと思い込み、突発的に自分の上司を痴漢犯に陥れてしまった後、自責の念に駆られ、先程出頭してきたという訳である。

結果的に、彼女の正義感によって、私は救われた。





 警察署の外に出ると、外はもう夕暮れ時になっていた。

家路に着いた私は、考えを巡らせた。

 小林友子も、青木正義も、各々が自分の正義を有していた。事実、テニスでフットフォルトの判定を貫いたのは、彼の正義なのかもしれないし、痴漢の証言を取り下げたのは、彼女の正義に他ならないだろう。

しかし、2人共その正義を踏み越えてまで、今回の行動を起こした。それは、自分にとっての守るべき大切な人の為である。

きっと、世の中の人は、それぞれが自分なりに正義を理解し、それに則って行動すべきだと考えている。だが、大切な人の危機を救う意思の前には、決して高い壁とは成り得ないのかもしれない。

(今回の件で、昇進も遅れちゃうな‥。)

(恵も怒ってるだろうなぁ‥。)

気持ちに余裕が、少し出来たせいか、現実的で小さい心配事が頭に浮かんできた。


 家の前まで来ると、恵が待っていた。

私が目の前までたどり着くと、私が謝るより先に、彼女が抱きついてきた。

「だから、気をつけなきゃ駄目だって言ったでしょ‥。」

目には涙を浮かべていた。

「ごめん‥。」

いつもより愛おしい彼女の頭を撫でながら、私は思った‥。

(こいつが危機になったら、やっぱり俺も壁を超えてしまうんだろうな‥。)



                    おわり

初めて書いた小説、どうにか書き切りました。つたない文章力ではありますが、是非、感想を聞かせて下さい。

また、実際に銀行にお勤めの方が読んだら、様々な相違点の御指摘があると思いますが、筆者の知識不足とご容赦下さい。

読んでくれる方がいるなら、また別の作品も書いてみたいと思っています。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ