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正義の人  作者: 末広新通
出会い
4/5

4度目の出会い

 日曜の夜は、憂鬱になる人が多いらしい。

翌日から、また仕事場における職務を全うすべく、勤勉なワークマンを演じなけらばならないからだろうか。

 私についても、例外ではなく、若干の憂鬱感はある。但し、あくまで若干であり、日曜夜の就寝を迎えるまでは、テレビを見て気持ちを紛らわし、開放感を満喫出来ていると思っている。

 時計の針も、既に22時45分を過ぎており、テレビでは、私が秘かにひいきにしている女子アナが出演しているニュース番組が流れていた。

『本日、16時頃、市営地下鉄○○線の電車内にて、痴漢の現行犯で50代男性が逮捕されました。男性は中学校の教師で、犯行について、現在まで否認を続けているとの事です。』

 この手のニュースは、年に何度か耳にするものだが、その度に

「あなたも、気をつけなきゃ駄目よ。」

と、愛妻に釘を刺される。

勿論、[気を付けて痴漢をして。]と言う意味ではなく、[誤解されないように気をつけて。]という意味である。

実際、個人的には、痴漢の冤罪は多いと思っている。若い女性に痴漢だと主張され、周囲の人に取り押さえられた人が、自分の潔白を証明しきれるだろうか‥。

『次のニュースです。個人投資家をターゲットとした投資詐欺グループが摘発されました。被害総額は‥』

 まだまだニュースは続くようだが、日曜日は23時前に寝るのが自分の中の決まり事だ。それに、どうせ今伝えられているニュースは、明朝に再度アナウンスされるに決まっている。

(さあ、寝よう。起きたらワークマンに変身だ。)

(な~んてな‥。)



 翌週、まだ水曜日の開店前だというのに、事務係行員はみんな疲弊していた‥。原因は、小林友子の病欠だった。

元々、早めの夏休を取り、海外旅行に行っている行員がいた中での事だったので、通常時より2人少ない状態となってしまい、各自の負担が急増したという訳である。

彼女は、いわゆる扁桃腺持ちで、体調を崩すと高熱が続いてしまうのだった。但し、今朝の彼女からの電話で、明日には出勤出来そうだという報告を受けている。今日が踏ん張り所だと、先程皆を鼓舞したところである。

(小林は地方出身で、確かこっちには3つ年上の証券会社勤務のお兄さんがいるだけだったな。ちゃんと、看病してもらえているのかな。)ふと、気になった‥

 ゴールが見えると、何とか頑張れるものだ。行員全員でフォローし合い、無事に混乱する事もなく閉店10分前を迎えた。

(何とか、無事な一日で終われそうだな。)

 そんな事を考えながら、ふとロビーに目をやると、一人の杖をついたご婦人が、キョロキョロと、こちら側を見回しているのに気がついた。

「どうか、されましたか?」

私が尋ねると

「今日は小林さんは、いないの?」

とご婦人は聞いてきた。

「あいにく、小林は本日体調を崩して、お休みを頂戴しておりまして‥。明日には出勤出来そうではあるんですが。」

私が説明すると、彼女は、

「じゃあ、明日また出直そうかしら。」と、残念そうな表情を浮かべた。

「そんな、せっかくお越しいただいたんですから、代わりに私が御用件を伺います。どうぞ、こちらへ。」

 私は、ご婦人を奥の資産運用相談ブースに案内した。

私は、この婦人を知っていた。(確か名前は土井さんだったかな‥。小林友子を懇意にしてくれている、大口取引先の筈‥。)

「私、小林の上司の山崎と申します。」

「早速ですが、本日はどういった御用件でしょうか。」

椅子に座り、杖がコーナーでいい具合に収まりがついたのを確認し、安堵の表情を浮かべていた彼女に、私は尋ねた。

「実は、先週の金曜日にこちらに伺った時、小林さんに、定期預金5本を解約して普通預金に入金して頂くよう、頼んだのよ。」

「それが、今日確認したら、4つ分しか入っていないのよ。」

「??」

「間違いございませんか?」

迂闊にも、語気をやや上げ、私は彼女を問いただしてしまった。

「た、確かだと‥思うんだけど‥。」

それでも、彼女は主張を曲げなかった。

(まさか、小林に限って‥‥あり得ない。)

お客の勘違いだろうと、私は考えた。

(そう言えば、このお客様、以前も通帳を受け取っていないと大騒ぎになった事があったな。あの時は、結局、本人のバックの中から出てきたんだった‥。)

「金額と満期日は、分かりますか。」

「700万で、6月の末が満期だった筈なんだけど‥。」

「少々、お待ち下さい。」

私は、手元の端末を操作して、すぐに調べた。‥‥そして

その定期預金は確かに存在した。(少なくとも、解約して払い出されてしまったという事は無かった。)

正直、ほっとした。

(やはり、このご婦人の勘違いに違いない。きっと、元々4本しか預金証書を持ってこなかったんだろう。)

「そちらの定期預金は、解約されていませんね。、」

「私共も、お調べしてみますのて、念のため、お客様も何処かにしまい込んでないか、御確認頂けませんでしょうか。」

私がお願いすると、彼女も定期預金が解約されてないと分かって、ひとまず安心したのか、

「そうね、じゃあ帰ったらもう一度よく探してみるわ。」

と了承され、帰って行った。

ただし、帰り際に「でも、絶対おかしいのよねぇ‥。」と呟いており、納得はしていない御様子だった‥。

(まさか‥な‥。小林がお金に困ってるなんて、聞いた事ないし‥、第一、そんなすぐに発覚する犯罪を誰がやるってんだ。)

私は、自分を強引に納得させるよう努めた。

しかし、やはり、一抹の不安を感じずにはいられなかった‥。(まあ、明日、小林に聞けばスッキリできるさ‥。)

自らの席に戻ると、検印書類が山のように積み上げられていた。

(まずは、こいつを片付けないとな。)

とりあえず、私は目の前の雑務に注力する事とした‥。




 翌朝、私はいつもと同じ時間の、いつもと同じ電車の、いつもと同じ車両に乗るべく、ホームに立っていた。当初は、乗車位置を模索していたが、ここから乗る車両が比較的空いていると分かってからは、ずっとそうしている。

 そうして、乗り込んだ車両で、私はできれば会いたく無かった人物に遭遇してしまった。『青木正義』である。

彼とは、例のテニスオフの時以来である。正直、私にとっては、気まずくてたまらない。

一瞬、彼と目があってしまった。

私は、軽くお辞儀をし、入口付近から少し奥に進み、彼と距離を置くようにした。

すると、そこに小林友子がいた。つり革をブラブラさせて立っているその姿は、病み上がりのせいか、少しけだるそうに見える。

「おはよう。」私は、彼女に声を掛けた。

「あっ、おはようございます。」

「すいませんでした。何日もお休みを頂いてしまって‥。」

そう答えた彼女の声は、少し上ずっていた。

「大丈夫か?無理はするなよ。」

「はい、でも大丈夫ですから。」

彼女は気丈に答えた。

(そうだ、昨日のご婦人の定期預金の件を聞かなきゃいけなかったんだ‥。)思い出した私が、

「小林、店に着いたら、ちょっと確認したい事があるんだ。」

と言った直後だった。ブラブラさせていたつり革の動きがピタッと止まった。そして、ほんの数秒後、つり革から離した手で彼女は、とんでもない行動を起こした。

彼女は、私の手首を掴み、腕を上に引っ張り上げ、そして叫んだのた。

「この人、痴漢です!」

「??」

一瞬、自分の身に何が起こっているのか、理解出来なかったが、周囲の人々が一斉に、会話を、或いは行動を止め、自分に視線をぶつけてきている状況が、私に自らの窮地を悟らせた。

「私は、何もしていません。」

「絶対にしてません。」

私は、大声をあげ、訴えた。

然しながら、それだけでは、自らに降りかかった疑惑を払拭するのに十分でない事を、私は知っていた。

(せめて、証人でもいてくれたら‥。)

その時だった。

「あの‥。」

声をあげたのは、青木正義だった。

(そうか、この比較的空いている状況なら、彼の位置からでも、十分こちらが見えた筈だ。)

私は、彼が味方となってくれるのではないかと期待した。

(彼は、とにかく、いつも一貫して正しい事を主張してきた。そして今、正しいのは私なんだ。だから、きっと‥。)

そして、彼は証言した。

「私、その人が彼女のお尻を触っているのを、確かに見ました。」

(??、何だ?彼は、何を言ってるんだ。)

頭の中が混乱した私が、反論する間もなく、数人の男性が私に飛び掛かってきた。抵抗も叶わす、無実の主張にも、聞く耳を持たれず、私は床に押し付けられ、取り押さえられた。

数人の男の力の前では、身動きなど全く出来ない‥。

頬に、電車の車輪と線路のレールの摩擦による振動が伝わってくる。靴越しでは判らない、その振動の強さに、意識がもうろうとしてきた。

そのまま、次の駅に着くと、数人の駅員によって、私は駅員室へ連れて行かれた。自分が潔白なのは、確かだ。然し、周囲の人々から注がれる視線に耐える強さを持ち合わせていない私は、俯いた顔を上げる事ができなかった。

(何でこうなった?これからどうなる?どうしたらいい?頭の中では、自問自答がひたすら繰り返されていた‥。)

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