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正義の人  作者: 末広新通
出会い
3/5

3度目の出会い

 枕元の目覚まし時計は、7時31分を表示していた。

普段なら今頃は電車の中だが、今日は土曜日だ。

 布団から抜けだし、立ち上がった私は、カーテンを一気に端に向かって払い除けた。途端、予想以上の陽射しを顔に受け、思わず目元を細めた‥。

(快晴の土曜日なんて、いつ以来だろう。今日は、絶好のテニス日和だな。)

 顔を洗い、愛妻が用意してくれた朝食のサラダとトースト2枚を平らげた後、私は歯を磨き、身支度を始めた。

「今日は、何時までなの?」

 玄関で靴ひもを結んでいる私に,妻の恵が聞いてきた。

「3時間の予定だから‥12時過ぎ位になるかな。」

 今日は、テニスのオフ会だ。オフ会とは、インターネット上で交流しているメンバーが、実際に集うイベントの事である。

学生時代、テニス部に属していた私は、テニス愛好家の交流サイトに属しており、運動不足の解消も兼ねて、定期的にテニスのオフ会に参加してゲームを楽しんでいた。

「じゃあ、お昼は外で一緒にピザでも食べようよ。」

「いいねえ、じゃあカロリー調整上、目一杯駆けずり回ってこなきゃいけないなぁ。」

「アハハ、それが賢明ね。」

「じゃあ、行って来まーす。」

「行ってらっしゃい。」

集合時間に十分な余裕を持って、私は家を出た。 



 今日の会場は、南林間にある市営林間公園内のクレーコートだった。現地の駐車場に私が到着した時、今日のメンバーの1人であるサッシー(サッシーはハンドルネームで、本名は笹下)も、ちょうど到着した所だった。

「やあ、おはよう、ザッキー。」

「今日は天気いいねえ。いい試合ができそうだね。」

私同様、彼も今日は気合が入っているようだ。ちなみに、私のハンドルネームは『ザッキー・チェン』、略してザッキーという訳だ‥。

「そういえば、今日はサンシが仕事で来れないらしいよ。」

「それで、代わりの人を募集して、どうにか6人頭数が揃ったんだって。」

サッシーからの情報は、私をちょっと不安、ちょっと楽しみな気分にさせた。(初参加者か‥、どんな人が来るのかな?)

 予約している3番コートに向かって、歩いていた私達は、そこに既に人影があるのに気付いた。コートの利用開始時間は毎日9時からで、今日は私達が1番手だ。つまり、恐らくは、今日の参加者に違いない。

その男性は、ホウキでライン上の土を掃いていた。

「おはようございまーす。」

私達は、金網の扉を開けてコートに入りながら、挨拶をした。

すると、その男性は、こちらを見て、軽くお辞儀をした。そして、また反転すると、土掃きを続けた。帽子を目深に被っており、顔はよく見えなかった。

「なんか、絡みにくそうな人だな。」

「まあ、テニスがそこそこ上手ければ、いいけどな。」

私達は、準備運動を始めた。

 程なくして、主催者のモーサンがやって来た。その前にニノとアカマティは既に来ていたので、これで全員揃った事になる。

「ういっす、全員揃ってるね。じゃあ集合して。」

モーサンの呼びかけに、みんながコート脇のベンチ前に集まった。ライン掃除を続けていた彼も、ホウキを審判台に立て掛けて、やって来た。

「今日は、初参加者がいます。では、自己紹介御願いします。」

モーサンに促され、彼は挨拶する前に帽子を取った。

その顔を見て、驚いた私は、思わず声を発してしまった。

「青木さん。」

「おい、おい、ザッキー、ここではハンドルネームで呼び合うルールだろ。」

「あっ、すいません。」

モーサンに注意されてしまった。(まさか、彼とは‥。)

「じゃあ、改めて、挨拶御願いします。」

再度促された青木正義は、一歩前に出て挨拶を行った。

「一緒にやる相手が見つからず困ってたんですが、幸運にも初参加させて頂ける事になりまして‥。宜しく御願いします。ハンドルネームは『アオレンジャー』です。」

ププッ‥。サッシーとアカマティが吹き出しそうになった。

(青木でハンドルネームがアオレンジャーって‥安直な‥。)

(もっとも、私が本名を暴露しなきゃ、彼が笑われる事もなかったんだけと‥。)

 一瞬、青木正義が、ジロリと私を見た気がした。

青木正義に対しての、私達の自己紹介も済み、早速それぞれのペアを決めて、ダブルスの総当たり戦を行う事となった。

先程の失言の天罰か、私は青木正義と顔見知りと受け取られ、彼とペアを組まされる事になってしまった。

 第1試合はモーサン、サッシー組VSアカマティ、ニノ組で、私と青木正義は審判役だ。私が副審で彼が主審を務める事となった。

試合となると、やはり独特の緊張感が漂っている。久しぶりという事もあり、みんな気合も入っているようだ。

「ザ ベスト オブ 6ゲームス マッチ アカマティ 2サーブプレイ。」アオレンジャーのコールで試合が始まった。

 アカマティのトスが上がり、試合の初打となるファーストサーブが放たれた、それとほぼ同時だった‥。

「フォールト!」

当然、ボールは、まだネットにすら到達していなかった。

が、アオレンジャーはコールした。

(まさか‥。)

唖然とする一同に、アオレンジャーが

「フットフォルトです。」

と補足した。

(確かに、アカマティはサーブの際にラインを踏んだのかもしれない。しかし、普通、こういう親善試合でフットフォルトなんか取らないだろう‥。)

私だけではなく、みんなそう思ったに違いない。

「マジかよ‥。」

アカマティが、不満げに呟いたのが聞こえだ。

但し、異議は唱えなかった。10センチ程足の位置を下げると、セカンドサーブのモーションに入った。

(嫌な予感がするな‥。)

私は、不安を覚えた。


 私の不安をよそに、試合は白熱した。まさに一進一退の攻防てゲームカウントは6対6のタイブレークとなった。あの後は、フットフォルトも出ていない。

そして、ファイナルゲームも大詰めとなり、ポイントは5対6とレシーブ側のモウサン、サッシー組がマッチポイントを迎えている。但し、サーブ権はアカマティにあり、実質的には、五分五分だ。

 ファーストサーブ、ワイドを狙ったアカマティのサーブは僅かにサイドに逸れフォルトとなった。そして、セカンドサーブ‥。

 アカマティがトスをあげ、まさにサーブを放った瞬間だった。

「フォールト、フットフォルト。」

アオレンジャーがコールした。

まさかのコールに、皆、一瞬言葉を失った。

「ゲーム アンド マッチ モーサン、サッシー組。ゲームカウント 7ゲームス トゥ 6。」

続けてコールをし、アオレンジャーは審判台を降りてしまった。

皆が、反論する機会を失った格好だ‥。

「やってらんねえよっ。」

そう叫んだアカマティが、自らのラケットを地面に叩きつけた。

そして、しばしの静寂の後、アカマティはラケットを拾い上げると、形だけの握手を3人とした後、ラケットをカバーにしまい込み、持参したリュックを持って立ち上がると、

「悪いけど、俺、今日は帰るわ。」

そう言って、コートを出て行ってしまった‥。

「おい、待てよ。」

モーサン達3人が後を追った。

 取り残された私に、青木正義が聞いてきた。

「私、何か間違った事しましたか。」

平然とした口調の、彼の問いかけに対して、私は

「間違ってはいないかもしれないけど‥。」

と答えたきり、沈黙した。

 それから10分位経っただろうか‥。

モーサン1人が、戻ってきた。

そして、私に言った。

「ザッキー、悪いけど、今日は中止にする事になった。」

「皆、怒っちゃって‥試合する気分にはなれないみたいでね。」

「それから、君。」

青木正義の方を見て、モーサンは厳しい口調で言った。

「君は、今後、このオフ会に出入り禁止ね。」

「そうですか。わかりました。」

青木正義は、いつの間にか、既にまとめてあった自分の手荷物を持って立ち上がり、去っていった‥。

彼のテニスの腕前がどの程度か、知る機会は失われた‥。



「あら、随分と早かったのねぇ。」

家に帰り、玄関で靴ひもを解いている私に気付いた恵が、驚いた口調で、声をかけてきた。

「ちょっと、トラブルが発生してね‥。」

私の返事の声のトーンから、たいしたトラブルではないと悟ったのか、恵は「あら、大変ねぇ。」とだけ言ってリビングに戻って行った。

 リビングのテレビでは、恵の好きな俳優Mが出演している刑事ドラマのエンディングテロップが流れていた。

「やっぱり、正義を貫く人って素敵よねぇ。」

と、感化された恵が、同意を求めてきた。

さっきまて一緒にいた正義の人の事が頭に浮かび、否定したかったが、女というものが『自分の問い掛けに対して、意見ではなく、同意のみを求めている生き物』だと、この年になって理解した私は、

「そうだな。」

と答え、その場をやり過ごした。

機嫌を損なう事もなかった恵は、

「出掛ける準備するから、待っててね。」

「ピザ、ピザ!」

と言いながら、洗面所の方に向かって駈けていった。

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