私はユリアスフィール・マリア・コーネリアの名を捨てた。
私の家に強盗が入ったのだ。
それもただの強盗ではなく、盗賊団と呼ばれる貴族の家を荒らしては金品や女子供を奪う、たちの悪い強盗だった。
私の家は、この辺りは安全だからと護衛騎士を家に配備しておらず、強盗の格好の餌だったのだろう。
夜中、ガラスの割れる音がして目が覚めた私は、なにかあったのだろうかと自分の部屋を出て両親の部屋へと向かった。
両親の部屋は私と弟の部屋から少し離れた場所にあり、長く冷たい廊下を素足で歩いた。
大きな音がしたのにも関わらず、酷く静かになった建物に恐怖を感じながら、冷たくなった足の裏を一歩ずつ上げて、両親の部屋へとたどり着く。
目的の部屋は少し扉が空いており、ドアノブに手をかけながら隙間から部屋を覗いた私は、その奥の光景に絶句した。
そこには、赤い血溜まりの中にうつ伏せになって倒れる父の姿があった。
その横には腹にナイフが刺さった母が白目を向けながら仰向けに倒れている。
奥には、見たことのない男たちが何か意気揚々と話しながら父と母のクローゼットやベッド下を漁っており、私は一気に体の熱が失われる感覚に陥った。
その光景を見た私は、気を失うよりも前に、弟を守らないとという衝動に駆られ、両親の部屋を離れ弟の部屋に向かって全力で走った。
そして寝ていた弟を無理やり起こし、両親の部屋とは反対側にある倉庫部屋に寝ぼけた弟を連れていくと、絶対にここから出てはだめだと彼に言いつけ、嫌がる弟を一番奥の使われていないクローゼットの中に押し込めて隠した。
そして、誰かに助けを呼ぼうと部屋を出てリビングに向かい、ソファー横の電話に手を取った瞬間、私は誰かに首元を掴まれ意識を失ったのだった。
目覚めた時、私はすでに自分の身を売られた後で、娼館の小汚いベッドにいた。
そして私は、この店にいる娼婦の世話役として働くことになる。
私が10歳のときのことだった。
長く伸ばしていたブロンドの髪は、これも売れるからと言われ、ここに着いた初日に全て刈られてしまった。
女性特有の甘く淫らな声を聞きながら、私は部屋の掃除やベッドのシーツ替えなどの雑務をこなした。
初めの一ヵ月はこの環境が吐くほど嫌で、ここのオーナーや女たちに反抗的な態度を取り続けたのだが、その仕打ちとして食事を抜かれたり、体罰を受けたりしたことで、私は彼らには逆らえないのだと、自分の立場を思い知った。
感情がぽっかりと抜けたように働いていた私は、ある日突然オーナーに呼び出され、次は客の相手をしろと半ば強引に言われた。
そんなことはできないと反抗したが、お前は誰に向かって口を利いているのかと言われ、腹を思いっきり蹴られたのを覚えている。
その夜、私は死を覚悟で店を飛び出した。
見つからないよう、少し伸びてきた髪を果物ナイフで全て短く切り落とし、オーナーの息子が使い捨てた男物の服を身につけ、人が出払っている隙を見計らって店を出た。
誰にも見つからず、店を無事出られたときは酷く嬉しかった。
これでやっと家に帰れる。
弟のフランシスやロイズ、レイモンドにも会いに行ける。
弟に会ったら、寂しい思いをさせてごめんなさいと抱きしめよう。
ロイズには、前に酷いことをしてごめんなさいと素直に謝ろう。
そしてレイモンドには、自分の思いを伝えよう。
そう思い、私はやっと解き放たれた思いで隣街まで森の中を走りぬけたのだ。
しかし、街に着いた私が受けた扱いは孤児と同じのものだった。
街の騎士に、自分はコーネリア家の長女であるユリアスフィールと言っても信じてもらえず、ゴミを見るような目を私に向けた。
それもそのはずだった、そのときの私は雑巾のような服を身にまとい、短く切りそろっていない髪型をしていた。
かつてはロイズと同じ色をしていたブロンドの髪は、色がくすみ汚れた茶色になっている。
体は泥で汚れ、店を素足で飛び出してきせいで、あちこちが傷だらけだった。
流行りのワンピースが飾ってある店のショーウィンドウガラスで自分の汚らしい姿を見た私は、これが自分なのかと酷く動揺した。
こんな姿を見せて、弟は私が姉だと信じてくれるだろうか。
ロイズは、かつての友人として迎え入れてくれるだろうか。
娼館で働いていた私を、レイモンドは受け入れてくれるだろうか。
そんなこと到底思えなかった。
きっと彼らも、先程の騎士と同様に汚物を見るような目で私を見るのだろう。
そう考えた瞬間、私はもう二度と自分がユリアスフィールだと口が裂けても言えなかった。
12歳のとき、私はユリアスフィール・マリア・コーネリアの名を捨てた。
2015.06.09 誤字修正