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「どっちでもいいでしょ、別に。結婚するわけでもあるまいし。」


夜が明け、太陽が昇る。




カーテンの隙間から差し込んだ光が瞼を霞み、私はゆっくりと目を開けた。


体を起こし、意識が朦朧とする中、クローゼットの表に出ているワンピースにいつものように腕を通す。

少し汚れた鏡の前で髪を整えた後、自室を出て階段を降り、キッチンへと朝食の準備に向かった。


ここは、王都の隣町にある小さな本屋である。


といっても、お店が物理的に小さいだけであって、取り扱っている本の種類は童話から専門書、論文までと幅広い。


そんなメジャーなものからマイナーなものまでを仕入れているのが、ここの店主であり家主でもあるアルバさんだ。

50歳の元気なおじさんである。


アルバさんがこのお店を始めた経緯は定かではないが、彼の本に関する知識はすごいものがある。

以前、お客さんが特殊な研究書を探しにお店へ来たとき、何の迷いもなく書庫の奥からその本を取り出したきたのには驚いた。

きっとアルバさんは昔、本の虫だったに違いない。


近くのパン屋さんで買ったバケットにチーズとハムをのせ、バターを溶かしたフライパンでそれを焼く。

2つのコップに暖かい紅茶を入れ、私のものには角砂糖を一つとミルクをスプーン一杯入れた。


馴染みのお客さんからもらったフルーツを洗い、一口サイズにカットする。

棚から食器を出して並べていると、アルバさんがいつものように本と新聞を片手にリビングに現れた。


アルバさんはいつも、私よりも朝早く起きる。

そして自室で読書をした後、私が朝食の準備を済ます頃に降りてくるのだ。


「おはよう、ミア。今日はまた、美味しそうなのが並んでるね。」

「おはよう、アルバさん。昨日、お客さんからオレンジをもらったの。さっき食べたけど、美味しかったよ。」

「もしかして、あの騎士かい?」


本好きの学生や歴史好きのおじいさん、ファンタジー好きの奥さんなど、ありがたいことにこの店の常連客は多い。

中でも最近常連になったのは、体格が良く本なんて少しも読むことがなさそうな、ここの地区を担当する護衛騎士だった。


彼は毎週月曜日と土曜日の夕方頃にこの店に来ては、分厚い辞典が並ぶ背表紙を隅々まで眺め、本を買うこともなく、フルーツを置いて慌てて帰っていく。

なんとも奇妙な客である。


「うん、あの風変わりな騎士。」

「はは。そうかそうか。」


アルバさんは、フルーツに口を付けながら含み笑いをすると、カップの紅茶をゆっくりと啜った。


テーブルに残りの朝食を並べ、アルバさんの前の席に着く。

テーブルの真ん中に置かれた朝刊に手を伸ばせば、紙面の見出しには大きな写真と共に、こう書かれていた。




英雄、またも大活躍。




どうやら、最近噂になっていた盗賊団をその英雄が一掃したらしく、王からの賞賛を得たようだ。

紙面に載っていたのは、英雄と呼ばれている男が王の前でひざまずき、敬礼をしている写真だった。


黒髪に切れ長の目、薄い唇。

騎士としては豪華な衣装に身を包んだ男は、剣を腰に差していて、敬礼する姿が酷く凛々しく見える。


その前で、綺麗なブロンドの髪に色気の漂う泣き黒子がついたガラス玉のような瞳の王が、ベルベットの高貴なマントを身にまとい、堂々と立っていた。


騎士の名前は、レイモンド・カークランド。

この国の王に仕える王族騎士で、3年前の戦争でこの国を救った英雄である。


そして国王、ロイズ・キングスレイは、若くして数々の戦で勝ち星をあげてきた、歴代で最も偉大な王と讃えられる男だった。


私は、その記事を隅々まで読み、写真をもう一度眺めると、それを内側に折りたたんで、元の位置に戻した。


「昨日、教会に本を届けに行ったとき、そこの女の子たちがその英雄と王様の話を延々としていたよ。」

「へー。」

「結婚するならどっちがいいかだとさ。最後はほとんど喧嘩だった。」


朝刊を開いたアルバさんは、表の記事に目を通すと、こちらを見て笑みを浮かべる。


今この国の女性たちの間で話題なのは、流行りのドレス、恋愛小説、そして王様と英雄どちらがタイプかという議論だった。


「で、参考までに聞きたいんだが・・・ミアはどっちなんだい?」


選択肢の中に、常連客の護衛騎士も入れていいぞ。

そう言いながら、朝刊の記事に目を通している彼は、どこか楽しそうだ。

きっと、浮ついた話しが一つもない私をからかっているのだろう。


ちっとも面白くない冗談である。


「どっちでもいいでしょ、別に。結婚するわけでもあるまいし。」


私はそうアルバさんに吐き捨て紅茶を飲み干すと、食べ終えた食器をキッチンへと運んだ。




私には、どちらも選べない。




それは、私がただの平民で彼らが貴族だからという、身分の違いでの劣等感や、夢や妄想を抱いたときの虚無感だけではない。


彼らどちらかをより好みして選び、それを話しの種として人と笑い合うなど、私には到底できない。


私には、その権利を持ち合わせていない。




なぜなら私は、かつてこの二人、王様と英雄の幼馴染だったからだ。



2015.06.09 誤字修正

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