2.ソウルメイト・4
高校に入学して以来、昼休みは一人で過ごすことが多くなった。
教室でお弁当を食べ終わると、いつも図書室で本を読んで過ごすことにしていた。これは子供の頃からの慣習で、もう10年もこの生活は変わっていない。小学校の時も昼休みはいつも図書室で一人読書をして過ごした。唯一、中学の頃だけが少し違っていた。あの頃はいつも隣に真奈美がいた。思えば真奈美と初めて話をしたのも図書室でだった。
ここの図書室に置かれた本には興味をそそられるものは少ない。いったい何を基準に選んでいるのだろうと思うような本ばかりがズラリと並んでいる。そのせいか、図書室と言っても静かに本を読んだり、勉強しているような学生はほとんど見当たらない。皆、図書室に来ても雑談をして時間を潰しているだけだ。
いつものように図書室の窓際の席に座り、持ってきた小説を広げる。本を読んでいる時間の中だけ、私が私であることを忘れることが出来る。だが、1ページも読まないうちに、ポンと背後から肩を叩かれた。
「美夕ちゃん!」
その高い声に美夕は振り返った。
隣のクラスの杉村雛子が立っている。雛子とは1年の時に同じクラスだったが、それほど仲が良かったわけではない。睫毛の長い大きな瞳にぽっちゃりとした顔つき。やたら幼い表情が特徴的で、冬になると毎日のように毛糸を持ってきては編物をしていた記憶がある。今は髪をおさげにしているため、尚更子供っぽく見える。
「どうしたの?」
「ちょっといい?」
そう言うと雛子は美夕の答えも待たずに隣の席に腰を下ろした。そして、人懐こい笑顔を美夕に向ける。
「拓ちゃん、美夕ちゃんに会いに行ったんだって?」
「拓ちゃん?」
何のことかわからず美夕は首を傾げた。
「拓也君よ。西岡拓也君。拓ちゃんって私の幼馴染なの」
杉村雛子はサラリと答える。その名前に美夕は昨日の若者を思い出した。
「昨日のあの人……え? それじゃあの人が言ってた知り合いって――」
「あたしだよ。あたしが拓ちゃんに美夕ちゃんがゲームで事故に遭ったこと話したの。迷惑だった? ごめんねぇ」
雛子はわずかに舌足らずの口調で、悪びれる様子もなく言った。
「ううん……別に迷惑なんてことはないけど」
美夕は手にしていた本を閉じると脇に置いた。まだ中学生に見えるほどに幼い顔をした雛子にあんな年上の恋人が存在していることに美夕は驚いていた。
「拓ちゃんも美夕ちゃんと同じようにゲームをしてて意識不明になったんだよ」
「そっか」
話くらい聞いてあげても良かったかもしれない。「昨日のこともあの人から聞いたの?」
「うん。昨日、拓ちゃんのとこに遊びに行ってたの。拓ちゃん、美夕ちゃんが話聞いてくれなかったってがっかりしてたよ」
「なんか突然だったから……謝っておいてくれる?」
「拓ちゃんから聞いたんだけどぉ、ゲームのこと憶えてないって本当なのぉ?」
雛子は不思議そうに美夕の顔を覗き込んだ。
「うん……全然」
「やっぱり事故のせいなの?」
雛子は遠慮することなく訊いた。だが、他の同級生に訊かれるのと違い、不思議と煩わしさは感じられない。
「たぶんね」
「ふぅん。もったいないね。あれ、私もやりたかったんだぁ」
しみじみと雛子は言った。
「え?」
「あたしも応募したんだけど、ハズレちゃったんだぁ」
「雛子もゲームなんてやるの?」
「やるよぉ。大好きだもん」
意外だった。
「もともと拓ちゃんにあのゲームをやろうって勧めたのもあたしだよ。まあ、拓ちゃんもああいうゲームには詳しいから、もともとあのゲームのことは知っていたけどね」
ますます美夕は驚いた。雛子といえば、大人しいお嬢様といった印象が強く、ああいったゲームするようなイメージはまるでなかった。
「私、あれがどんなゲームなのかも覚えてないの」
「オンラインゲームの体感バージョンって感じかなぁ」
「どうして知ってるの?」
「拓ちゃんが持ってたゲームマニュアル読んだもの。ネットの掲示板でも話題になってるしね。オンラインゲームは私もよくやるのよ」
「オンラインゲームって?」
「いろんなゲームプレイヤーがゲームの中で知り合うのよ。なかにはナンパ目的でゲームやってる人もいるけどね」
雛子はケラケラと明るく笑ってみせた。
「それじゃゲームのなかで他の人と話したりするの?」
「そうよ。もともとオンラインゲームってそういうものだから」
――ということは、自分もゲームのなかで誰かと話をしたのだろうか。拓也の言っていたことを思い出す。
本当に拓也とゲームのなかで会っているのだろうか。拓也は自分とどんな話をしたのだろう。
「私、全然憶えてないんだよね。もともとゲームなんてほとんどやったことなかったし。西岡さんも私のこと見たかもしれないって言ってたけど……」
「ねえ、拓ちゃんと話してみない? 何か思い出すかもしれないよ」
雛子はそう言って顔を近づけた。
「うん……でも、昨日、ちょっと失礼なことしちゃったから」
「大丈夫、大丈夫。拓ちゃん、そんなことで怒るような人じゃないし。それに拓ちゃん、美夕ちゃんとすごく話したがってたからきっと喜ぶよ」
「そお……かな?」
一度くらい話をしてみてもいいかもしれない。そのことであの時のことが思い出せれば、このモヤモヤした気持ちも晴れるかもしれない。
「ところでさあ――」
と、雛子は顔を寄せた。「拓ちゃんってカッコ良かったでしょ?」
「え? さあ……どうだったかな」
意識して見なかったが、確かに背が高く顔立ちは悪くない。モテそうな雰囲気はあったかもしれない。
「あたし、最初は拓ちゃんのことが好きだったんだけどね。拓ちゃん、私のことはあんまり好みじゃないらしいんだ。なんか頭のなかにもっと違う理想の女性像があるらしいの」
どうやら拓也と雛子は付き合っているわけではないらしい。
「……そお」
無邪気に話す雛子に、美夕はどう答えていいかわからず曖昧に笑うしかなかった。