2.ソウルメイト・3
美夕にとって、あのゲームは何の特別な意味など持つものでもない。ほんの通りすがりの事故に巻き込まれたようなものでしかなかった。
美夕の予想通り、2週間も経つとマスコミも事故のことにはまるで触れなくなり、それに伴いクラスの友達もそのことにはまるで興味を失っていった。
あの時のことをまったく思い出せないということは、美夕にとっては少し気持ち悪いことではあったが、それでも落ち着いた生活を取り戻していくことに美夕はほっとしていた。
学校からの帰り道、バスを降りて家路を歩く。家の屋根が見えてきた時、ふいにコンビニの前で携帯電話をいじっていた若者が、美夕の顔を見るとゆっくりと近づいてきた。
「あの……すいません。長瀬美夕さんですか?」
髪を茶色に染めた若者は美夕の前に立つと訊いた。黒いジーンズに薄い緑色のシャツを着ている。美夕よりも年上だろうか。ひょろりと痩せ、背は美夕よりも頭一つ高い。
「……はい。何か……?」
わずかに警戒しながら美夕は答えた。
「やっぱりあなたなんですね。良かったぁ」
若者はパッと顔を輝かせた。「俺、西岡拓也って言います。この前のゲームについて話出来ませんか?」
「ゲームって……あの……あなたは?」
どこかの記者か何かだろうか。最近は少なくなってきたが、あの事故の直後は、どこから情報を入手したのか何度か雑誌社の記者から取材申し込みの電話がかかってきたり、学校の帰りに呼び止められたりしたことがある。
「俺も同じゲームに参加していたんです。それで俺と同じように事故にあった人がいるって聞いて、ずっと捜していたんです」
ニッコリ笑って西岡拓也は言った。
「それじゃあなたも事故に?」
「ええ」
「……それにしてもどうして私のことを?」
「友達に聞いたんです。俺の知り合いがあなたと同じ神榮高校の2年生でね。それであなたがゲームで事故にあったという話を俺に教えてくれたんです」
「そうですか。でも、どうして?」
「あの時のことを話せたらと思って。迷惑でしたか?」
「……迷惑なんてことはないですけど……でも、私、あの時のことは何も憶えていませんよ」
「いえ、あの瞬間のことというよりもゲームのなかの話ですよ」
「ですから何も憶えていないんです」
美夕はもう一度言った。
「え? 何もですか?」
拓也は驚いた表情をした。
「西岡さんは何か覚えているんですか?」
「あ……いや……そりゃあ完全じゃありませんが、少しくらいはゲームのなかのことは多少記憶していますよ。実はあなたのこともうっすらと憶えてるんです」
当然と言ったような顔で拓也は答えた。
「私のこと?」
「俺、ゲームのなかであなたと会っているような気がするんです。もちろんゲームの中ではそれぞれのキャラクターに扮装しているからはっきりとあなただと断言することは出来ませんけどね。でも、さっきあなたの顔を見て、この人とはゲームのなかで間違いなく会っているはずだって感じました。こういうのってなんか運命的な気がしませんか?」
拓也はさっきから喜びを抑えきれないように、嬉しそうに笑顔を見せている。
「でも、先日いらしたゲーム会社の方は、そんなこと言ってませんでしたよ。ゲームで事故に遭った人たちは皆、その記憶がなくなっているって」
「それは事故前後の記憶のことでしょう? 確かにその時のことは俺もほとんど憶えていませんよ。憶えているのは急に世界がぶっ壊れるような衝撃があったことだけです。でも、ゲームの内容や他のプレイヤーのことは少し憶えてますよ」
「そうなんですか……」
すると自分のようにゲームの内容まですっかり忘れてしまっているというのは珍しいということだろうか。美夕はほんの少し怖くなった。
「どうです? ちょっとお茶でも飲みながらゆっくり話しませんか?」
拓也は通りの向かいに見える喫茶店を指差した。
「すいません」
一瞬迷ってから美夕は小さく頭を下げた。拓也が悪い人間には見えないが、それでも初めて会ったばかりの男の誘いに乗るのは抵抗があった。そもそも拓也が本当にただのゲームプレイヤーだという証拠もない。雑誌の記者が素性を偽って、あの時の話を聞こうとしているだけかもしれない。
「え? どうして? これから何か予定が?」
断られると思っていなかったらしく、拓也は驚いたような表情で聞き返した。
「そうじゃありません。今更あのゲームの話をしてどうするんですか?」
拓也と視線を合わせないようにしながら美夕は言った。
「え? どうするってこともないけど……」
困ったように額の辺りを擦っている。
「なら意味ないと思います」
「意味があるとかないとかってことじゃなく、あのゲームには1000人近い人たちが参加していたんですよ。その中で事故にあったのはほんの数人。なぜそんなことになったか知りたいと思わない?」
「……それは知りたいと思います。でも、私たち二人が話をしてそれがはっきりするんですか?」
「そ、そりゃそうだけど……」
「ならやっぱり無意味ですよね」
「あ、いや――」
「すいません」
美夕は、もう一度頭を下げると呼び止めようとする拓也を無視するようにして歩き出した。