2.ソウルメイト・1
2.ソウルメイト
ゲームによる事故。
しかもその結果一人の少年が死亡したことは、社会的に大きな波紋を呼んだ。
テレビ局は一斉に特集番組を組み、コメンテーターたちは近年の凶悪犯罪がいかにゲームに影響されているかなどを説明し、まるでテレビゲームこそが全ての社会問題の元凶であるかのように声高々に叫んだ。
ゲームの開発会社は役員が記者会見を開き、世間を騒がすことになっていることを謝り頭を下げてみせた。だが、一方で少年の死の原因が必ずしもゲームであるかどうかはわからない、という点を付け加えることを忘れなかった。
美夕は出来る限り、学校でゲームのことを喋らないようにしていたが、休憩時間についクラスメートの野川智子に話してしまったことをきっかけに、二日後には学校中の生徒に美夕がゲームで事故にあったことを知られることになってしまった。もともと中学からの同級生である智子には康平の代わりにゲームに参加しなければいけなくなったということを話していたこともあり、事故のことも話してしまったのだ。
皆、興味半分でゲームのことを訊いてきたが、あの時のことをほとんど記憶していない美夕には多くを話して聞かせることは出来なかった。
あの事故のことが広まることは、あまり心地良いものではなかったが、かといってそれほど悲観的に感じているわけでもない。今はマスコミであのゲームのことが取り上げられているせいもあって、学校のなかでも噂になってはいるが、すぐにマスコミの報道が冷めるに従い、皆、ゲームのことなど忘れてしまうことだろう。
世間とは……いや、人間というのはいつもそんなものだ。
帰り道、ぼんやりと歩きながら、ふいにクラスの一人が言っていた言葉を思い出す。
――本当に何もなくて良かったわよね。あの事故で死んだ人もいるんでしょ。
確かにそのとおりだ。事故の直後はその問題の大きさに気づかなかったが、あの時、まかり間違えば美夕も新聞に載っていた少年と同じように死んでいた可能性だってあるのだ。
(私は大丈夫なのかな)
検査の結果、何の異常も見つからなかったとはいえ、本当に後遺症がないとは言い切れない。
そもそもあの時のことはいまだに思い出せないままだ。
いったいあの時、何があったのか。
事故の後、美夕はあの時のことを何度も思い出そうと試みた。
だが、思い出せるのはゲーム開始の女性の声までで、その後のことはまったく思い出せない。何度も説明書に書かれた大まかなストーリーを読んでも見たが、それでも何一つ思い出すことは出来なかった。
唯一思い出せるのは、事故の時のあの奇妙な景色だけだ。
夢のなかのゲーム。その夢から覚める事でゲームの内容まで忘れてしまうのも仕方ないことなのかもしれない。
(どうせただのゲーム)
思い出すことが出来なくても、何も問題など有りはしない。わずかにもどかしさが残るだけだ。
ただ、一つずっと気になっていることがあった。不思議なことにあのゲームのなかで、美夕は中学の同級生だった麻生真奈美の顔を見たような気がしていた。
(真奈美……)
ふと、あの頃のことを思い出す。
昔から人付き合いが苦手で、友達を作るのがヘタだった。そんな美夕が生まれて初めて『親友』と呼べる存在、それが真奈美だった。
中学に入学して間もなく真奈美は転校してきた。女である美夕が驚くほどの美人だった。長く艶やかな黒髪。大人びた冷めた感じのする眼差し。美夕は同時にその真奈美の瞳に意志の強さを感じ取った。真奈美はクラスメイトに馴染もうとはせず、いつも一人で行動していた。その特別な存在感が他のクラスメイトからは敬遠されていたのかもしれない。
ある日、そんな真奈美が放課後、図書室で一人本を読んでいる美夕に話し掛けてきた。
「あなたっていつもここで本読んでいるのね」
どう答えていいか迷っている美夕に真奈美はさらに言った。「ねえ、私の友達になってくれない?」
「どうして? どうして私なの?」
真奈美が転校してきて一ヶ月、ほとんど話をしたことなどなかった。
「あなたがクラスで一番信頼出来そうな気がするから。私、一見仲良く見えるだけの上辺だけの付き合いって嫌いなのよ」
戸惑いながらも美夕は真奈美と友達として付き合うようになった。
休み時間になるといつも二人図書室で語り合った。真奈美は隠すことなく、自分の全てを美夕に話してくれた。自分の父がある大企業の重役であり、母がその愛人であったということまでも。
「私は負けたくないの。父や母のような考え方や生き方をしたくないし、自分の運命にも負けたくない」
媚びることのないその強い瞳に美夕は惹かれた。そして、自分とはまるで違う存在だと思ってきた真奈美に親近感を感じるようになった。
学校に通う時も休み時間も、図書館での受験勉強の時も、ずっと親友でいることを誓い合った。
(でも――)
それは1年前に終わりを告げた。
美夕が受験を失敗したこと。それが全ての原因だった。二人で目指した高校に真奈美は合格し、そして美夕は真奈美と別の道を歩まなければならなくなった。