1.ゲーム・4
どれほど眠っていたことだろう。
気づいた時、そこは白い部屋のなかだった。
真っ白な天井が目に入る。
「美夕! 気がついたの?」
咲子の顔が覆い被さるように、目の前に現われた。
「お母さん……?」
「美夕、大丈夫かい?」
「うん……何? どうしたの?」
「良かった」
咲子はほっと安堵の表情を見せた。「どうなってしまうかと思って心配したよ」
「ここ……どこ?」
ゆっくりと頭を動かし、部屋のなかをぐるりと見回す。何もない殺風景な部屋。降っていた雨は止んだらしく、赤い夕日が部屋をほんのりとオレンジ色に染めている。
「病院だよ」
「病院? どうして……?」
身体が重い。まだ頭の芯がぼんやりしている。
「部屋で急に悲鳴を上げて倒れたんだよ。憶えてないのかい?」
咲子の口調は柔らかかった。
「部屋で……」
ゆっくりと記憶を辿っていく。
(そうだ――)
やっとゲームをやっていたことを思い出す。
「確か……ゲームをやってたんだっけ。私、どうしちゃったんだろ」
「いったい何があったの?」
「……わかんない」
咲子の問いかけに少し考えてから美夕は答えた。ゲームを始めたところまでは憶えている。ゲーム機をセットして電源を入れた後、そこから流れる声を聞き急に睡魔に襲われ眠ってしまった。だが、その後のことはほとんど憶えていない。どんなゲームをしていて、その時何が起こったのか、美夕にはまるで記憶になかった。
「まったく……急に美夕の悲鳴が聞こえて、行ってみたら床に倒れていたんだよ。いったい何があったんだか……」
「私、どっか悪いの?」
「いいや」
咲子は大げさに首を振った。「先生が言うにはおそらく身体には問題ないだろうって。なんか一時的にショックを受けた影響で意識を失ったらしいんだよ」
「ショック……」
その言葉にあの時の感覚を思い出す。遠くから押し寄せてくる『1』と『0』の波。全身に走った激痛と、あの奇妙な景色。
あの光景を思い出すだけでゾクリと身体が竦む。
「やっぱりあのゲームのせいなのかね? 身体にあんなに電気の線をくっつけていたせいなんじゃないのかい?」
「わかんない」
美夕には何とも答えられなかった。ゲームのなかで、何があったのかまったく思い出すことが出来ないのだ。だが、なぜだろう。妙な心地よさが心のなかに残っている。
「身体に悪いようなもんだとわかってたらやらせなかったよ。あんなゲームのせいで、どっか悪くなったりしたら困るからねえ」
「そんな大袈裟な。もう大丈夫よ」
美夕がゆっくりと身体を起こそうとするのを、咲子が押えつけた。
「無理しちゃだめだよ。ちゃんと検査して、悪いところがないかどうか調べないと」
「大丈夫だってば」
身体に痛みはない。あの時感じた激痛が嘘のようだ。
「だめよ。今夜は入院して明日検査してもらいなさい」
「えー」
美夕は顔をしかめた。「もう大丈夫よ」
「今は問題なくても、いつ後遺症が出るかわからないでしょ」
咲子は引かなかった。こうなると咲子が折れることはまず考えられない。「ちゃんと調べてもらいなさい」
「はぁい」
美夕はため息とともに頷いた。
翌日の検査の結果、何も異常は見つけられず、無事に退院することが出来た。
だが――
『新感覚ゲームで事故・少年一人が死亡』
二日後、この記事が紙面を賑わすこととなった。