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リアル  作者: けせらせら
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1.ゲーム・3

 1週間が過ぎた。

 シトシトと雨の降る音が聞こえている。

 美夕はちらりと壁にかけられた時計を見上げた。

(そろそろね)

 午後1時50分。

 あと10分で『ファンタジーロードX』の開始時間だ。美夕は机の脇に置かれていた箱のなかからゲーム機を取り出した。

(やっぱり私がやらなきゃいけないのかなぁ)

 今になっても、つくづく面倒くさく感じる。

 康平が模擬試験に行くという理由で美夕がゲームに参加することになったというのに、当の康平は風邪をひいて模擬試験に行くのを止めたらしい。熱があるらしく、朝からずっと部屋で横になっている。だが、寝ているとはいえ、どうせまた携帯のゲームで遊んでいるに違いない。それならいっそのこと康平がこのゲームに参加すればいいと思うのだが、さきほど様子を見に行ってきたところ康平はあっさりとこう言った。

――姉さんがそう思っても、母さんは許さないと思うよ。

 確かに康平の言う通りかもしれない。咲子は今、1年後に迫った康平の受験に全神経を注いでいる。きっと1年前の自分の失敗を康平にさせたくないのだろう。康平自身はそんな咲子をかなり煩く感じているようだ。

「しょうがない……やるか」

 自分に言い聞かせるように呟いてから、美夕はゲーム機にコードを接続し、そのコードの吸盤を説明書のとおりに身体にペタペタと貼り付けていく。

 こめかみ、首、手首、胸元にまでカラフルなコードがつけられたその身体を、机の上に置かれた鏡を見て、我ながら可笑しくなった。

(私ったら何やってるんだろ)

 いくらリアルな体感ゲームとはいえ、こんな姿でやらなければいけないゲームが今後そんなに流行るものなのだろうか。

 箱に書かれた文字をじっと見つめる。

『新しい自分に出会う』

(本当に?)

 ただのゲームのキャッチコピーだと理解していても、どうしてもその言葉に惹きつけられる自分がいる。この言葉を読まなかったら引き受けることはなかっただろう。それほどまで今の自分、今の生活に不満を感じているのだ。

 もう一度、ちらりと時計に視線を向ける。

 6分前。

 美夕は最後にヘッドフォンを耳に当て、携帯にコードを差し込むと、ゲーム機のスイッチの電源をいれた。

 携帯のディスプレイに『名前を入力してください』と表示された。

 その画面に『MIYU』と打ち込む。

 さらに――

『あなたのイメージを選択してください』と表示される。

 画面には輪郭や目、髪型、服装などのパーツが現れる。それを選んで作り上げたキャラクターがゲームのなかで他人に『MIYU』として認識されるらしい。実際の写真を取り込んでゲームに使うことも可能だと康平は言っていたが、さすがにそれは抵抗がある。

 美夕は悩みながら、出来る限り自分に近い姿を選んだ。

 1分前。

 携帯電話から発信音が聞こえ、しばらくしてヘッドフォンから時報が流れてくる。

《ただいま13時56分40秒をお知らせします……ピッピッピ……》

 そのままぼんやりと時間になるのを待つ。

 たかがゲームと思いつつも、次第に緊張感が全身に伝わり始める。じっとりと手のひらに汗が滲む。

 やがて……

《ただいま14時ちょうどをお知らせします……ピッピッピ……ピー》

 その瞬間、女性の声が聞こえ始めた。

《ファンタジーロードXの世界へようこそ。これからあなたをファンタジーロードXの世界へお連れします。あなたは一人のキャラクターとしてファンタジーロードXの世界を冒険してください》

 落ち着いた声。まるでNHKのベテランアナウンサーのようだ。その女性の声の背後で小さなピアノ曲が流れ始める。

《では目を閉じてください》

 声に従い瞼を閉じる。

 ヘッドフォンから聞こえる音楽が全身に響くように伝わってくる。まるでその音楽と声が身体のなかに染み込んでくるような感じを受ける。

《時は西暦2004年。あなたはいつものように目覚め、そして出かける仕度をしています》

 声はそのゲームシナリオの背景と美夕の役柄を説明していく。その声を聞いているうちに、しだいに眠気が襲ってくる。

 それがそのゲーム機の影響だということに美夕はすぐに気が付いた。きっとヘッドフォンから聞こえてくる音声と共に、ゲーム機から伸びたコードを通じて何らかの波長が身体に送られてくるのだろう。

(そうか……これでゲームが始まるのね)

 薄れゆく意識のなかで美夕は思った。

 夢のなかのゲーム。眠ることでゲームはスタートする。

《あなたは……意志を持って……》

 急激に襲ってくる睡魔に美夕は身を任せた。

 ぼんやりと遠くに何か見えてくるような気がした。


 ゲームが始まってどのくらいが過ぎただろう。

 突然、針が頭のなかをつついたような衝撃があった。

(え……?)

 一瞬、自分が何者なのか、何をしていたのかわからなくなる。

 真っ赤な光。

 大きなサイレンが遠くで鳴り響いている。

(何? 何なの?)

 美夕は焦った。

 世界が揺らぐ。

 ズキリ。

 再び、こめかみのあたりに痛みが走る。手足が痺れて自由に動かす事が出来ない。

 遠くの景色が歪み、そして、消え始めている。

(世界が消える……)

 遥か彼方から、一陣の光の風がもの凄い速さで世界を駆け抜けてくる。その光に照らされ、地面が揺らぎ、大地が消し飛んでいく。

『1』と『0』の二つの数字の羅列が世界を覆っていく。

 足が竦む。

 これがただのゲームの世界だということは理解している。それでも、目の前に広がる光景に美夕は恐怖を感じた。

(逃げなきゃ……でも、どこへ?)

 身体が震える。

 風が身体のなかを無造作に吹き抜ける。ふと指先を見ると、手がうっすらと透けている。

(私自身が消えていく)

 ズキズキと頭痛が酷くなっていく。

 嘔吐。

(助けて……)

 そう呟こうとした瞬間、風が身体を吹き飛ばす。

 耳元で誰かの叫び声が聞こえる。

 大きな衝撃が走り、身体が四方に引き裂かれる。

「キャァァァァ!」

 その悲鳴が夢のなかの出来事なのか、それとも現実の声なのか、私にもわからなかった。

 激痛が身体を貫き、意識がプツリと途切れた。


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