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リアル  作者: けせらせら
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7.願い・4

「なかなか面白い子じゃないか」

 帰りのBMWの中、北条は前方を見つめながら言った。

「……そうですか」

 俯いたままで美夕は答えた。

「美人だし、頭も良い」

「……ええ」

 そんなことは言われるまでもなくわかっている。髪を赤く染め、以前のような凛とした美しさは目立たなくなってしまったが、それでもその存在は十分人目を惹き付けるものを持っている。

「君、彼女と何かあったの?」

 ちらりと北条が横目で美夕のほうを見る。

「え?」

「中学の頃の友達というわりによそよそしかったじゃないか」

「べ……べつに……」

 話したくない、というよりもどう言葉に表せばいいかがわからなかった。「最近会ってなかったから……」

「それだけか?」

「それだけです」

 そう答えた美夕を見て、北条は口元に笑みを浮かべた。

「君はかなり強欲な人間と見える」

 突然の北条の言葉に、驚いて顔をあげて北条を見る。

「強欲? 私が?」

「見るところ、君はずいぶんコンプレックスを持っているんじゃないのかね? コンプレックスというのは他人と自分との比較ではない。理想とする自分自身と現実の自分との比較のなかで生まれるものだ。強いコンプレックスを持つ人間はそれだけ強欲といえる」

「そんな……私は別にそんなつもりはありません」

 喉が渇く。

 美夕はさっきコンビニで買ったペットボトルの小瓶に口をつけ、冷えたお茶を喉に流し込む。

「君は本当に面白いな」

 北条はさも愉快そうに目を細めた。

「何が面白いんですか」

 北条の口調に美夕はわずかながら苛立ちを感じた。

「いや、実に人間らしいと言ったほうがいいかもしれない。自分という存在が見えず、それゆえに他人の気持ちにも気づけない」

「意味わからないこと言わないでください」

「君にとって麻生真奈美はどんな存在なのだね?」

 北条はシガーライターを右手で押し込むとタバコを咥えた。すぐにカチリと音を発すると、シガーライターを手にとりタバコに火を灯す。

「別に……ただの中学の時の同級生だって言ったじゃないですか」

「それだけならそんなにお互い意識することもなかろう。君は君で、彼女は彼女でお互いを牽制しあっている」

「真奈美が?」

「気づかなかったのか?」

「何をですか?」

「君も言っていたじゃないか。もともと彼女はゲームなどやるような人じゃなかったと。なぜ彼女はゲームなんてしたと思う? しかも、ゲームプレイヤーは約1000人。そんななかで偶然に君と出会うなんて出来すぎだと思わないか?」

「どういう意味ですか?」

「彼女は君がゲームに参加することを知っていたんだよ。だからこそ彼女も同じようにゲームに参加をしたんだろう」

「何のために?」

「君に会うためじゃないのか?」

「私に?」

 北条の言葉に美夕は途惑った。「……嘘……どうして真奈美がそんなことを? そもそも私があのゲームに参加することをどうして真奈美が知っていたっていうの?」

「君は誰かにそのことを話さなかったのか?」

「別に誰にも――」

 言いかけてハッとした。

 野川智子には康平の代わりにゲームに参加することになったということを話している。まさか智子から話を聞いたのだろうか。

「思い当たることがあるようだね」

「でも……」

「君と彼女の間に何があったのかは知らないが、君も彼女もそのことに後悔しているのだろう。そうは思わないかね?」

「べつに……そんなのあなたには関係ないでしょう!」

「その通り。私には何の関係もないことだよ」

「だったら――」

「私は楽しんでいるんだ。久しぶりの外界だしね」

 北条はさも愉快そうに笑った。あまりにあっけらかんとしたその態度に怒る気にもなくなってしまう。

「さっき、真奈美と何を話していたんですか?」

「さあ……なんだったかなぁ」

「とぼけないでください」

「気になるのかね?」

「そ……そりゃあ少しは」

「素直じゃないな。君が心配するようなことは何も話しちゃいないよ」

「だったら――」

「いいじゃないか。秘密にしておいたほうがいいこともある」

 北条はそう言うとタバコを灰皿に押し付けた。

「北条さんは全てが秘密なんですね」

「そうかな?」

「私は北条さんのことについて何も知りません。なぜ『幽霊』なのか、どうしてそんな生活を好んでやっているのか」

「知ってどうするのだね?」

 チラリと横目で美夕を見る。「私の人生を君が救ってくれるとでも?」

「救われたいんですか?」

「どうだろうね。私にもよくわからないよ」

 抑揚のない喋り方で北条は言った。いったいこの男は何を考えているのだろう。自分のことをほとんど話もせず、何の感情も見せようとしない。それなのにどこか暖かな人間味を感じるのはなぜだろう。

 雛子がこの男のところに通い、取り留めのない話をしていたのも、今の自分と同じ気持ちだったのだろうか。

「私はね――」

 と、北条は不意に口を開いた。「実験動物なのだよ」

「実験動物?」

 意味がわからず美夕は訊き返した。

「私の父親は研究者でね。人間が環境によってどのように育つものかを、さまざまな人間を使い実験したのだ。私もそのなかの一人というわけだ。家族というものを知らず、世間から隔離された状態でどのような人間になるか。その実験として生まれた時からあの屋敷で隔離されて生きてきた」

「そんな……」

 美夕はあまりのことに唖然とした。

「信じられないかね?」

「え……ええ。いえ、北条さんを信じられないってわけじゃなくて――」

「信じられなくて当然だ。だがね、私は、それが強いて珍しい存在だとは思っていない。人間というのは一人一人違う人生を持っている。たまたま私が君と大きく違っているからこそ、他人とは違うように映るだけなのだ。君も、そして道を歩く人々も皆、それぞれが違う人生を歩んでいる。たったそれだけのことなのだよ」


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