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リアル  作者: けせらせら
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7.願い・2

「ほぉ。なかなかやるじゃあないか」

 美夕の話を聞き、北条は満足そうにニヤリと口元を歪ませた。「刑事からそれだけの情報を引き出すことが出来れば十分だ。立派な探偵になれる」

 その言い方にさすがにカチンとくる。

「からかわないでください。別に無理に聞き出したわけじゃありません」

 美夕は言い返した。

 新谷は自分から仲崎幸一のことや三代竜平のことを話してくれたのだ。それでも北条は笑みを浮かべたまま言った。

「そもそも警察に私のことを通報したのは北条さんなんじゃありませんか?」

「さあ、何のことかな?」

「だったらどうして私が仲崎君のマンションに行ったことを知ってるんですか?」

「もともと彼らは仲崎幸一のマンションを見張っていたからね。君は気づいていなかったようだが」

 その言葉にハッとする。

 六本木のマンションに行こうとしていた北条が急に取りやめたのは、警察が周囲で見張っていることに気づいたからだ。

 だからこそ、あの時、わざと自分一人をマンションの前まで行かせたのだ。警察にはっきりと認識されるように。

「わざと私のことを?」

 餌にされたようで、さすがに気分が悪かった。

「そう。電話はそのついでにすぎない」

「それじゃやっぱり電話したんじゃないですか」

 怒る美夕を無視するように、北条は低く笑った。

「なぁに。それで情報を得ることが出来たんじゃないか。それに警察が君にいろんな話を聞かせたのは、それだけが理由ではないはずだ。きっと君が事件に深く関わっていると考えているのだろう」

「私が? それじゃ私も犯人だと疑われているんですか?」

「さあ、どうだろうな。だが、君の話を聞く限り、警察は君を犯人と見ているわけではないだろう。むしろ君に情報を与えることで、事件に近づけると考えているのかもしれない」

「それって――」

「そうだ。警察は君が事件の鍵だと思い始めている」

「そんな……私、事件のことなんて何も知りません」

「果たしてそうだろうか?」

 北条の顔から笑みが消えた。「君が事件の鍵かどうかはべつとして、君は事件のかなり中心にいるとは私も思っているよ」

「どうしてですか?」

 北条はそれには答えず、手を伸ばして紅茶に口をつけた。

「いずれにしても君ら兄弟がバロックコーヒーに拒否反応する理由は仲崎幸一にあるようだね」

「それじゃ――」

「仲崎幸一のハッキングとバロックコーヒー、そして今回のゲーム。それらが無関係とはいえないだろう」

「仲崎君はそのせいで殺されたんでしょうか?」

「その一番可能性が高いだろうな」

「だったらどうして仲崎君は事故者の集まりになんて参加したんです?」

「自分がやったことがどんな結果をもたらしたか心配になったのかもしれない。もし、彼がやったことが発覚すれば、それなりの罪に問われるだろうからね」

 確かに仲崎幸一は出合った頃から、皆がどんな理由で事故の原因を探っているのかを気にしていた。途中で退席した時に笑っていたのも、事故原因を調べられる事がない踏んだからだろう。

「『レクス』は事件に関わっているんでしょうか?」

「『レクス』か。私も彼についてちょっと調べてみた」

 北条はシャツのポケットから四つに折られた一枚の紙片を取り出し、美夕へと差し出した。

「何です?」

「読んで見るといい」

 北条に促され、紙片を開く。


『この世の中は矛盾に満ちている。どんなに努力してみても、それは決して報われるとは限らない。またどんなに他人を踏みにじり、私利私欲に走った人物であっても、天罰が下るとも限らない。この世界は私が思い描く理想郷とはまったく違っている。私は私が作り出す世界のなかに、理想郷を求めている』


「これは?」

「一年ほど前に『レクス』がチャットで書き込んだ一文だよ。彼のファンという人間が自分のホームページに記録してあったのを見つけたんだ」

「それじゃこれは『レクス』の言葉?」

「なかなか悲観的な人物らしい。ま、視点は間違っていないがね」

「北条さんはこの言葉が正しいと思ってるんですか?」

「間違ってはいないと思うよ。実にこの世界は矛盾に満ちているものだ。真面目に生きている人間が幸せになれるとは限らない。不真面目に道徳観や倫理観など踏みにじって生きている奴のほうが世間的には幸せに見えるものさ。人生はバランスシートのように綺麗に損得が分けられているわけではない。殺人などはそれが顕著に表れた例かもしれない。雛子君のことだってそうだろう。彼女が殺されて当然の生きかたをしていたわけではない。それでも彼女は殺されなければならなかった」

「北条さんも『レクス』と同じ考えなんですね?」

「いいや。そういうわけじゃない。『レクス』の考えは間違ってはいないが、その考え方に諸手を上げて賛同したいとは思わないね。何より、そんなことはこの世の基本的な部分だ。理想郷など求めるほど私は幼くないよ」

「でも……理想郷はみんなが抱く夢だと思います」

「君も理想郷を夢見てるというわけ?」

「いけませんか?」

 そう言いながら美夕はもう一度その文に目を走らせた。美夕もやはり『レクス』と考えを同じにすることは出来ない。それでも『理想郷』を求める気持ちはよくわかる。

「それにしても事故に遭ったもう一人の人間が気になるところだな」

 ふいに今朝、見た夢を思い出す。

(真奈美……)

 そうだ。確かにあの夢のなかに真奈美はいた。そして、あの場所は――

(マーテルの塔)

 なぜ何度もあんな夢を見たのだろう。

「その人も事件に関係しているんでしょうか」

「どうだろうね。だが、確認はすべきことだろう。君はゲームの記憶を持っていないからわからないかもしれないが、もしかしたらその一人がその時のことを記憶している可能性だってあるのだからね」

 美夕は言うべきかどうか迷いながら唇を舐めた。そして、ゆっくりと口を開く。

「ひょっとしたら……私、知っているかもしれません」

「君が? 君はゲームのことを記憶していないんじゃなかったのかね?」

「ええ……でも、前にゲームのことを夢に見たんです。今朝も……あんまり憶えてないけどゲームの夢を見たような気がします」

「夢?」

「でも、あれは本当のゲームの記憶だと思います」

「夢のなかでもう一人を見たと?」

「……たぶん」

「そう言うからにはそれが誰なのか知っているんだね? 誰なんだ?」

「浅生真奈美……私の中学の時の同級生です」

 美夕は躊躇いがちに答えた。


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