6.嘘・4
「さて、事件の鍵はどこにあるかな」
車に乗り込むとすぐに北条は言った。
「本当に仲崎君はゲームのハッキングしたんでしょうか?」
「そう考えて間違いないと思うね。その中で何かプレイヤーではわかるはずのない情報を得た可能性が強い。ゲームをプレイしている人間と、システムそのものを見るのでは自ずと情報の質が違っているだろうからね」
「そういえば――」
ふと、美夕は仲崎が言っていた言葉を思い出した。「仲崎君。藤原さんに対してこんな質問してました。ブロック毎に進行状況にあわせてファイル化して残してあるんだろうって。あの時はよくわからなかったけど、よく考えてみるとゲームプレイヤーがあんなこと知ってるはずないわ。それに初めて会った時、雛子がゲームに参加をしていたって聞いて不思議そうな顔してた。きっと雛子が参加していなかったことを知っていたんだわ」
「これではっきりしたわけだ」
「さっき彼が言ってた、訪ねてきた男の人って……中尾さんでしょうか?」
「さあ、君がそう思うならそうかもしれない。私は中尾という男の風貌を知らないので何とも言えないが。はっきりとそう言いきれるのかね?」
「いえ……そういうわけじゃありません」
戸田直樹の言った『おっかない感じの人』というだけで、それが中尾であると決め付けることは出来ない。
「これからどうするつもりですか?」
助手席のシートベルトを締めながら美夕は訊いた。
「どうしたい?」
からかうように北条は口元に笑みを浮かべて美夕を見た。
「わかりません」
「高校生が親には内緒でマンションを借りて一人暮らし。妙だと思わないか?」
「でもバイトだって……」
「そのバイトの内容が問題なんだ。高校生が普通に自給1000円程度のバイトをして六本木のど真ん中にマンションを借りられると思うかい? いったいどんなバイトをしていたのだろうね。刑事からは何も聞いていない?」
「そういえば……仲崎君の持ち物のなかからどこのものかわからない鍵が出てきたって言っていました」
「なら、その鍵がマンションのものだろう」
北条は顎に手を当てると、考え事をするように目を細めた。
「どうするんですか?」
「仲崎幸一がゲームのハッキングによって何らかの情報を得たために殺されたのだとしたら……彼の仕事場であるマンションにその秘密は隠されているかもしれない」
ニヤリと笑ってエンジンをかける。
「まさかそのマンションに? でも鍵は警察が……」
「心配いらないよ」
アクセルを踏み込み、BMWがゆっくりと動き出す。
ラジオから軽いノリのポップスが流れてくる。北条はさも機嫌が良さそうにその音楽に合わせて口笛を吹いている。
いったい何を考えているのだろう、と美夕は不安になった。
やがて、BMWは六本木の交差点にさしかかった。左手に大きなマンションが立ち並んでいるのが見える。
北条はハンドルを左に切ると、細い路地をゆっくりと進んでいった。
「あれかな」
ブレーキを踏み、BMWがその動きを止める。
北条の視界の先に真っ白なマンションが聳え立っている。
「どうするんです?」
「鍵のことか? 心配はいらないさ。道具ならトランクに入っている」
エンジンを止め、シートベルトを外す。
「開けられるんですか?」
「大丈夫。前に鍵の種類についての本を読んだことがある」
北条はそう言って胸を張った。
「本? まさかそれだけですか?」
その言葉に美夕は唖然とした。泥棒のようにドアを破って入ろうということにも驚かされるが、それを本で読み齧った知識だけで実行しようと考えていたとは……。
だが、北条は堂々と言い放った。
「不安かね? まあ見ておきなさい」
北条はドアを開けて外に出ようとした。だが、その動きがピタリと止まる。険しい目で周囲を見回し、すぐにドアを閉めた。
「どうしたんです?」
「いや……」
北条は小さく答えると、腕を組んで顔をしかめた。
「行かないんですか?」
美夕が聞くと、北条はわずかに間を置いてから口を開いた。
「君に頼みがある」
「何です?」
「先に行って部屋を確認してきてくれないか?」
「私がですか?」
「そうだよ。ちょっと見てきてくれればそれでいい」
「はあ……」
北条が何を考えているのかわからなかったが、それでも美夕は言われるままに車を降りるとマンションへと向かった。
細い路地には何台も駐車禁止の標識を無視するように、青のセダンや白いバンが何台も並んでいる。
マンションの前まで行くと、美夕は中を覗き込むように中へ入ろうとした。だが、すぐに美夕はあることに気づいた。
(なんだ……オートロックじゃないの)
これではマンションの住人ではない自分が中まで入っていけるはずもない。
美夕はすぐにユーターンすると、早足で北条の車のところまで戻っていった。
「無理ですよ。オートロックで中まで入れません」
美夕は助手席のドアを開くなり、北条に報告した。てっきり何かを言われるものと思っていたが、北条は満足そうに頷いた。
「そうか。ならそれでいい」
「あれで良かったんですか?」
「十分だ。今日はこれで帰ることにしよう」
それを聞いて美夕はわずかにほっとした。仲崎がゲームのハッキングで何を得たのか、それを知りたい気持ちはあったが、それでも北条と一緒に泥棒のように部屋に入るのは抵抗がある。
「でも、どうして?」
「気が変わった」
北条はそう言うと腕組みを解き再びエンジンをかけた。そして、ゆっくりとアクセルを踏みながらさらに言った。「この事件を担当している刑事。名前を何て言ったかな?」
「新谷さんですか?」
「新谷か……なら、もし再び彼に会ったら聞いてみてくれないか?」
「何をですか?」
「仲崎幸一のことだよ。彼がゲームにハッキングして何をしていたか、ひょっとしたらその新谷という刑事が掴んでいるかもしれないじゃないか」
「そうでしょうか。警察はまだこのマンションのこと知らないんじゃないですか?」
「大丈夫。よほどのマヌケでない限り、すぐにこのマンションを探し当てるだろう。うまくすれば彼がゲームのハッキングでどんな情報を手にいれたのかも知ることが出来る。君はその刑事から話を訊けばいい」
「私が?」
「そうだよ。まさか私が話を訊くわけにいかないだろう」
「そ……そりゃそうですけど……でも、私だって新谷さんと親しいわけじゃないし、今度いつ会うかなんてわかりませんよ」
これまで新谷と顔を合わせたのは2回。しかも、1回目は雛子が殺され、2回目は仲崎が殺された時だ。そういう意味ではあまり会いたい相手ではない。
それでも――
「大丈夫。すぐに会うことになるさ」
北条は不吉にもそう言いきった。「ただし注意しておくが、私のことは誰にも話さないほうがいい」
「あなたが幽霊だから……ですか?」
「その通り」
「でも、実際には存在しています」
「ならばそれを証明出来るかね?」
「いざとなったら警察を連れて行きます」
「無理だよ」
北条は笑った。「あの屋敷は私のものではないし、桑島さんや水島さんは決して私の存在を認めようとはしないだろうからね。その結果、損をするのは私じゃあない。君だよ。いいね。私のことは誰にも話さないことだ」
北条の真意はわからなかったが、それでも大人しく頷くしかなかった。