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リアル  作者: けせらせら
24/38

5.友情・4

 午後3時半。

 終業の鐘が鳴り響くと、ほんの数分後には校門から生徒たちが溢れ出してきた。

「この中から捜すつもり?」

 ため息とともに拓也が言う。

「だって他に方法がないじゃないですか。ちゃんと見てくださいよ。西岡さんしかその人の顔わからないんだから」

「そんなこと言われてもなぁ……もう何年も前に数回見ただけだし」

 拓也は困ったように門から出てくる学生たちの顔に目を配った。その時、美夕の目に校門から出てくる一人の女子生徒が飛び込んできた。

 その姿に美夕は息を飲んだ。

(なんで?)

 真奈美だった。その赤く染めた長い髪は一際目立って見えた。

 一瞬、見間違いではないかと思ったが、それは紛れもなく浅生真奈美の姿だった。胸を張りピンと背筋を伸ばし、たった一人でスタスタと歩いて来る。桐蔭学院に通っているはずの真奈美がなぜこんなところにいるのだろう。

 すぐに真奈美も美夕の姿に気づき、ゆっくりと近づいてくる。

 言葉もなく、その姿を見つめる。

「美夕、どうしたの?」

「真奈美こそ……どうしてこの学校に?」

 美夕は改めて真奈美の姿を見つめた。紺色のジャケットにグレーのスカート。それは紛れもなく、この北陽高校のものだ。

「今年の春からこっちに転校したの。こっちのほうが家から近くて通いやすいから」

 真奈美はさらりと答えた。「美夕はどうしてここに?」

「アヤカって人を捜してるの」

「アヤカ? 苗字は?」

「わかんない」

「何年生?」

「同じ学年だと思うけど」

「アヤカ……ひょっとして北岡さんのことかもしれないわね」

「北岡?」

「北岡綾香さん。隣のクラスだから私はあんまり親しくないけど……彼女に何か用なの?」

「うん……私の友達の幼馴染らしいの。話を聞きたくて」

「ひょっとしてこの前亡くなった子?」

 美夕は黙って頷いた。

「ちょっとここで待っててくれる」

 真奈美はそう言って、校舎のほうへ走っていく。

「あれは? 君の友達?」

 拓也が近づいてきて、真奈美の後ろ姿を眺めながら訊いた。

「中学の時の同級生です」

 友達……その言葉を使うことに抵抗があった。

 やがて、真奈美が戻ってきた。その後ろから髪の長い女子生徒がやってくる。ぽっちゃりした体型で、大人しそうな表情をしている。

「お待たせ。彼女が北岡綾香さんよ」

 真奈美は後ろからやってきた女子生徒の顔を見た。

「私に用があるってあなたたち?」

 綾香はわずかに警戒したような視線を美夕と拓也に向けた。

「ええ。雛子のことで教えて欲しくって」

「雛子? あなたたち……」

「私は長瀬美夕っていいます。雛子と同じ高校で、彼女の友達でした」

「そうなの」

 綾香の表情がわずかに緩む。

「こっちは――」

 と美夕が拓也のことを紹介しようとすると、綾香はすぐに口を挟んだ。

「西岡拓也さんでしょ?」

「どうして俺の名前を?」

 拓也が驚いたように訊いた。

「だって、雛子からずっと話を聞かされてたから」

「少し時間もらえるかしら?」

「いいわよ」

 綾香は素直に頷いた。

「それじゃ私はこれで帰るから」

 真奈美はそう言うと軽く手をあげて離れていった。


   *   *   *


 美夕たちは、学校からほど遠くないログハウス調の喫茶店に入った。

 店の前に手作りの木製の看板に『ぶれーく』と書かれている。

 テーブルが5つに4人ほどが座れるカウンター席しかない小さな喫茶店で、柔らかな照明が店内を照らしている。客の姿はなく、初老の店の主人が暇そうに新聞を読んでいるところだった。三人は入り口のすぐ陰のテーブルに腰を降ろした。

 すぐに主人が水を持って近づいてくる。

 3人はそれぞれに飲み物を注文した。

「あんなことになるなんてね」

 綾香はグラスの水を一口飲んでから言った。「まだ犯人捕まってないんでしょ?」

「ええ」

「それで? 何が聞きたいの? 事件のことなら私は何も知らないわよ。まさか私が犯人だなんて思ってるわけじゃないでしょ?」

「違うわ。雛子のことを教えて欲しいの」

「雛子のこと? どうして?」

「私、最近になって雛子と話をするようになったんだけど、雛子のことまだ良くわからなくて。私、雛子のことをもっと知りたいの」

「そんなこと聞いてどうするの? あの子が生きてる時ならともかく、今更、あの子のことを理解したって意味ないんじゃないの?」

 不思議そうに美夕を見る。

「そんなことないと思う。もちろんこれが雛子のためになるなんて思ってないけど……でも、ちゃんと雛子のことをわかってあげることは悪いことじゃないと思うわ」

「ふぅん」

「ねえ、教えて。あなた、雛子と仲が良かったんでしょう?」

「小学、中学と一緒だったのよ。家も近かったから一緒に遊ぶことも多かったわ。高校に入った頃からあんまり会わなくなったけど――」

 そこで綾香は言葉を切った。

 店の主人が拓也の前にコーヒーを、そして美夕と綾香の前に紅茶を置いて再びカウンターの奥に入っていく。

 拓也は暖かなコーヒーを一口飲んでホッとしたように息を吐く。やはりTシャツ一枚では少し寒かったのだろう。

 美夕はじっと綾香が再び口を開くのを待った。綾香は黙ったままレモンを紅茶のなかに泳がすと、ゆっくりとかき混ぜた。その綾香の手元を見ながら、美夕は待ちきれなくなって言った。

「雛子って昔、どうだったの……かな」

「どうって言われても」

 綾香は視線をあげ、何を言えばいいのか困ったように美夕を見た。

「たとえば……性格とか」

「性格?」

「……昔からあんなに明るかったの?」

「明るかった?」綾香は首を捻った。

「違うの?」

「まあ、確かにいつもニコニコ笑ってはいたけどね。でも、あれって結構無理をしてたんだと思うよ」

「無理?」

「あの子、昔から人付き合いが苦手だったのよ」

「雛子が?」

 意外だった。ずっと雛子は誰にでも人懐こく接する性格かと思ってきた。

「初めて顔を合わせた人とは絶対口もきけなかったし、男の子の前に立つとすぐに真っ赤になったわ。私と知り合ったのは小4の時だったけど、その前は苛められたこともあったらしいわ」

「想像つかない。雛子、学校では誰とでも仲良くしていたし、人見知りするようには全然見えなかった」

 自分の知る雛子の姿とはまるで違う一面に美夕は驚いていた。

「俺はわかるような気がするな」

 ずっと黙っていた拓也が口を開いた。「あいつ、母親に連れられて初めて家に遊びに来た時、一言も喋ろうとしなかった。あいつが俺と初めて話をしたのは5、6回会った後だったと思う」

「ずいぶん変わったのね」

「変わるように努力したのよ」

 綾香は紅茶のなかからレモンを取り出し、一口啜ってから言った。

「努力?」

「どうやったら周りと仲良く出来るだろうって、バカじゃないかって思うくらい悩んでた。あの子の笑顔はその手段として生まれたものなのよ。いつも周囲に合わせて、絶対嫌われないようにする」

「そんなのっておかしいわよ」

「そうね。私もそう思うわ。でも、雛子はそうしないと周りとうまくやっていけないと思ったみたい。小6の時にね、教室であの子の財布がなくなったの。私はすぐにクラスの男の子が盗んだって気づいたわ。みんなもそう。その子、何度も万引きとかで捕まってたし、前にも他の子の財布を盗んだことがあったから。みんなで問い詰めたわ。そしたら、雛子ったら急に、盗まれたのは自分の勘違いで、きっと忘れてきただけなんて言い出して。後で聞いたら、雛子、その子のことわりと好きだったみたいなの。その子は雛子のことなんて何とも思ってなかったのに」

「あいつ、割と思いつめるところがあったからな」

 拓也はつぶやくように言った。

「そうね。とにかく不器用なのよ」

 と、綾香が言葉を繋ぐ。「もっと気楽に考えればいいのに一人で全てを背負っちゃって。だからいつも私にはあの子の笑顔は泣いてるように見えた。あの子、ひょっとしたら誰のことも信じられなかったんじゃないかな」

「でも、あなたとは親しくしてたんでしょ?」

「どうかな。私に対してだって本音で接してたかどうかはわかんない」

「どうして?」

「うん……」

 綾香は言いづらそうに視線を落とした。

「何かあるの?」

 美夕が促すと、綾香は再び視線をあげた。

「私ね、あの子のこと裏切ったことがあるんだ」

「裏切った?」

「中学に入ったばっかの頃なんだけど、私、好きな人が出来て、雛子にそのことを相談したの。あの子、すごく親身に相談にのってくれて、私と一緒に悩んでくれた。その人との橋渡しまでやってくれたりしてね。でも、その人には彼女がいて、私フラレちゃったんだ。私もショックでね。雛子は一生懸命に慰めてくれたんだけど、むしろ私にはそれが苦しくなっちゃって……それでつい『私が振られたのも全部あなたのせいだ!』って言っちゃったんだ。あの子、それですごくショック受けたみたい。謝らなきゃいけないって思っても、なんか謝りにくくって。それからあの子、私に対してすごく気を使うようになった。あの子が気を使うぶんだけ、私もあの子に気をつかっちゃって……あの子のこと好きだったけど、気がついたらなんかいつの間にか私も本音では話が出来なくなっちゃってた。だから中学卒業してあの子と高校が別れ別れになって、正直、ほっとしたんだよね。酷いと思うかもしれないけど、たぶん、あの子も同じ気持ちだったんじゃないかな。だから高校に入ってからはあんまり話もしなくなったし」

 綾香はそう言うと小さくため息をついた。

 その姿がどこか寂しげに見えた。


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