5.友情・3
電車の窓から景色が流れていく。
美夕はちらりと携帯電話のサブディスプレイに視線を走らせ時間を確認した。
午後2時15分。
おそらく市立北陽高校まで、30分もすれば着くことが出来るだろう。
美夕は学校を早退し、康子が教えてくれた雛子の幼馴染に会おうと考えていた。わかっているのは『アヤカ』という名前だけ。それだけのことで本当に会えるかどうかはわからないが、それでも雛子という人間を知るためには『アヤカ』に会う必要がある。
足元をぼんやりと見つめ、康子から言われた言葉を思い出す。
あの言葉は少なからずショックだった。
康子の言っていることは正しいのかもしれない。自分が必要以上に『友達』というものに幻想を抱きすぎているのかもしれない。
そして、何よりも自分が雛子のことを何も知らなかったということに、美夕はショックを受けていた。
――人間の本質を知るということは辛いことでもあるよ。それが親しいと思っていればいるほどね。
やっと北条が言っていた意味がわかったような気がする。
急に自信がなくなっている。
「長瀬さん」
ふいに声をかけられ、美夕は顔をあげた。そこに拓也の姿があった。黒いジーンズに黒いTシャツ。さすがに寒いのかTシャツから伸びたその手には少し鳥肌がたっているようだ。肩からはスポーツバッグを下げている。
大学の帰りだろうか。
「西岡さん……」
「こんな時間にどうしたの? 学校は?」
「ええ……ちょっと……」
「なんか元気なさそうだね」
拓也は空いていた隣の席に腰を下ろした。
「ええ……」
そう答えながら、美夕はふと拓也が雛子と子供の頃から知り合いだったという話を思い出した。「西岡さんって雛子とは親しかったんですよね?」
「そうだね。どうして?」
「雛子のこと、教えてもらえませんか?」
「どうしたの急に?」
「私……雛子がどうして殺されたのか調べたいんです」
拓也はそれを聞いて眉をひそめた。
「長瀬さんが? なぜ? 警察に任せておけばいいじゃないか」
美夕は首を振った。
「それじゃダメなんです。私、雛子のことを友達だと思ってました。そんなに付き合いが長かったわけじゃないし、雛子のことをわかってなかったかもしれない。でも、友達だと思っていたんです。私、雛子のために何かしてあげたいんです」
美夕の真剣な眼差しに驚いたように、拓也は美夕を見つめた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「それで雛ちゃんのことを?」
「はい。やっぱりそのためには雛子のことをよく知らなきゃいけないと思って」
一瞬、北条のことを拓也に話そうかとも思ったが、それはすぐに思いとどまった。北条のことをどう拓也に説明していいかわからなかったからだ。
「そっか。わかったよ。俺も協力しよう。でも、いきなり雛ちゃんのこと教えてくれって言われてもなぁ」
「雛子とは子供の頃から知り合いだったって聞きましたけど」
「雛子の母親と俺の母親が知り合いだったもんで、子供の頃からよく家に遊びに来てたんだ。あいつ、いつも家に来るとすぐに俺の部屋に来てさ」
「それじゃずいぶん仲が良かったんですね」
「いや、そういうわけじゃないんだよ。別に話をするわけでもなく、部屋の隅に座ってボーっとしてるんだ。話し掛けてみても頷いたり首を振ったりするだけで、ほとんど話そうとはしなかったな。まともに話をするようになったのは雛子が中学生になってからだな」
「西岡さんのこと好きだったんですね」
「えぇ? まさかぁ」
拓也は笑った。それは本当にそんなことがあるはずがないと思い込んでいるような笑い方だった。
「気づいてなかったんですか?」
「気づくも何も、そんなはずないじゃないか。あいつとは兄妹みたいなもんだからね。きっとあいつもそうだったと思うよ」
拓也はまったく雛子の気持ちに気づいていなかったようだ。身近にいるからこそ気づかないということもあるのかもしれない。
「西岡さん、『アヤカ』って人知ってますか?」
「アヤカ? それ誰?」
拓也は首を傾げた。
「雛子の幼馴染って聞いたんですけど」
「あ……ひょっとしたら……」
「知ってるんですか?」
「中学校の時、いつも友達と一緒に学校に行ってたっけ。名前は聞いたことないけど、たぶんその子じゃないかなぁ」
「それじゃ顔はわかるんですね?」
「うーん……ひょっとしたら顔を見れば気がつくかもしれないけど。でも、どうして?」
「雛子のことを教えてもらおうと思って。市立北陽高校に通っているらしいんで、今から会いに行くんです」
「会って何を訊くの?」
「何って……」
美夕は口篭もった。
何も特別なことを訊くつもりはない。ただ、雛子がどんなことを思い、どんなふうに生活していたのかを知りたいだけだ。
「まあ、いいや。それじゃ俺も一緒に行くよ」
「西岡さんも?」
「一応、兄貴代わりだからね」
そう言った時、電車がスピードを落とし、アナウンスが聞こえてきた。