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リアル  作者: けせらせら
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5.友情・2

 どんよりと雨雲が空を覆っている。

 雨は降っていないが、今日はまるで春先のように肌寒い。

 教壇では今年赴任されたばかりの若い林田という名前の教師が微分法について説明している。

 数学の授業というのは単純なもので、基礎的な考え方と方程式を憶えるだけで大抵の問題を解くことは出来る。美夕にとってはさほど真剣に聞かなければいけないものではなかった。

 今の美夕には、それよりもずっと大きな悩みが頭を占めていた。

 なぜ、あんなことを言ったのか自分でもわからなかった。

 北条の話を聞いているうちに、つい怒りを覚えてあんなことを言ってしまった。

 もちろん雛子のために何かしてあげたい、という気持ちに嘘はない。それでも事件を調べようなど本気で考えていたわけではなかった。

(どうしよう)

 引き返すことなど出来るはずもない。今更、そんなことをするつもりはないと言えば、北条はきっとそれ見たことかと笑うに決まっている。

 覚悟を決めてやれるところまでやるしかない。

(何をすれば――)

 北条は、雛子のことをもっと知る必要があると言った。だが、いったいどうすればそれを知ることが出来るだろう。

(家族?)

 いや、家族がそんなことを知っているとは思えない。家族はより身近ではあるが、精神的にはより遠い存在であることを誰よりも美夕自身知っている。

(なら友達だろうか)

 雛子は自分とは違う。1年の時、いつも雛子と一緒に行動していた子たちがいたはずだ。

 何人かの顔が思い浮かぶ。

 その中でも葬儀の席で大粒の涙を流していた栗原康子の顔が思い出される。康子ならば雛子と同じクラスで、雛子とも仲が良かったはずだ。彼女ならばいろいろな話を聞くことが出来るかもしれない。

 美夕は顔をあげて壁にかかった時計に視線を向けた。

 11時55分。あと5分で授業が終わる。

 林田は相変わらず、黒板に公式を書きながら熱弁を振るっている。

 美夕はシャープペンでノートを叩きながら、じっとチャイムが鳴るのを待った。

 やがてチャイムが鳴り、授業が終わると美夕はすぐに立ち上がり早足で教室を出た。隣のクラスから教師が出ていくすれ違いに教室を覗き込み、すぐ近くに座っていた女子生徒に康子を呼んでくれるように頼んで廊下で待つことにした。

 すぐに康子が顔を出した。

「長瀬さん? どうしたの?」

「ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」

「何?」

「雛子のことで教えて欲しいの」

「雛子?」

 怪訝そうな目で美夕を見る。

「確か栗原さんって雛子と仲良かったよね」

「うーん……仲良かったっていうか……別に悪くはなかったけど」

 康子は髪を指先で弄びながら、曖昧に答えた。

「いつも一緒だったじゃない。友達だったでしょ?」

「友達には違いないけど……どうして?」

「私、最近になってよく雛子と話してたんだけど、よく考えてみたら雛子のことあんまりよく知らないなって思って……だから栗原さんに雛子のことを教えてもらいたいの」

「そういえば最近はよく長瀬さんのクラスに行ってたみたいだね。長瀬さん、迷惑だったんじゃないの?」

「迷惑? どうして?」

「あたし、実はあの子のこと前からちょっと苦手だったんだよね。なんかあの子って何考えてるかわかんない感じがして」

 意外な言葉に美夕は唖然とした。

「そんな……栗原さん、仲良かったじゃないの」

「あの子が私たちについてきただけよ。まさか追い払うわけにもいかないしぃ。雛子と仲良かった子なんていたかなぁ」

 康子は首を捻った。

「てっきり私は栗原さんが一番仲良かったもんだと思ってたから」

「ごめんねぇ。あ、そうだ。あの子、前に幼馴染が北陽高校に通っているって言ってたことあったわよ。本当は自分もそこに通いたかったらしいんだけど、お母さんに反対されてここに来たらしいよ」

「その人の名前、知ってる?」

「えっと……なんて言ったかなぁ」

 康子は相変わらず指先で髪を触りながら、思い出そうとするように天井を見上げる。「前にちらっと聞いただけだしなぁ」

 だが、その顔はとても思い出せそうには見えない。無理もない。会ったこともないクラスメイトの幼馴染の名前など憶えていることのほうが珍しい。

 諦めるしかないだろう。

「そう……いいわ」

 それを聞いて康子はほっとしたような顔つきになる。

「ごめんねぇ」

「ううん……じゃ」

 美夕が背を向けようとした瞬間――

「あ!」

 康子が声をあげた。その声に振り返る。「思い出したわ! 確かアヤカって言ったと思う!」

「アヤカ?」

「うん。苗字は確か……北林だか、北川だか……でもアヤカってのは確かよ。私の従兄弟と同じ名前だって思ったの憶えてるから」

「ありがとう。助かるわ」

 それだけでもわかれば、捜す手がかりになるかもしれない。

「会いに行くつもりなの?」

「うん」

「ふぅん」

 奇異なものでも見るような目で康子は美夕を見た。

「どうして?」

「いや……すごいなぁと思って」

「すごい?」

「長瀬さんみたいに心から誰かを想ってあげられるってなかなか出来ることじゃないでしょ」

「でも、栗原さんって雛子の葬儀で泣いてたじゃないの」

「そりゃあ泣くわよ。同じクラスで毎日顔を合わせてた人が殺されたんだから。でも、それとは違うと思う……やっぱ長瀬さんみたいに出来るってすごいなって思う。私も長瀬さんみたいな人と友達になりたいよ」

 康子はそう言って翳りある笑顔を見せた。


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