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リアル  作者: けせらせら
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4.理由・2

 全ての事件に繋がりはあるのだろうか。

 駅から家までの道を歩きながら、美夕はぼんやりと考えていた。

 もし、事件に繋がりがあるとすれば、その中心にあるのは『ゲーム』の存在だけだ。だが、あのゲームがいったいどのように事件に繋がっているというのだろう。ゲームで事故に遭ったふりをして会合には出ていたが、実際には雛子はゲームに参加すらしていない。

 帰ってくると、家の前に立つ男の姿が目に入った。

 ちょうど門の脇に立ち、ぼんやりと宙を眺めながらタバコを燻らせている。その姿を見て美夕は思わず足を止めた。

 黒いスーツに黒いシャツ。陽射しを嫌うかのような大きなサングラス。ネクタイは着けていない。

 その男は美夕に気づいたのか、壁に預けていた身体を起こし、ゆっくりと美夕のほうに向かって歩いてきた。

「長瀬さんだね」

 どこか機械的な口調で男は言った。

 その肌は病的と思えるほど白い。

 どこかの新聞記者だろうか。美夕は身構え、足を早めて通り過ぎようとした。「雛子君から君のことは聞いているよ」

「え? 雛子?」

 男の言葉に美夕は足を止め、あらためて男の顔を見た。美夕よりもずっと背が高く、美夕は見上げるような姿勢になった。その表情は黒く大きめのサングラスのためにわかりにくい。

「彼女とはちょっとした知り合いでね。以前から彼女とは親しくしていたんだ。もちろん君のことも聞いている」

「それじゃ今日の葬儀に?」

 葬儀には多くの参列者の姿があったが、この男を見た記憶はない。この風貌ならば見れば記憶に残っているはずだ。

 予想通り男は首を振った。

「いいや。ああいうところは苦手でね。それに葬儀に出る事に何の意味があるんだい?」

「意味?」

「葬儀というものは死んだ人のためにするものではない。残った人が心にケリをつけるためにやるものだ。そんなものに私が出ても何のプラスにもなりはしないよ」

「あなた……いったい?」

 男はジャケットのポケットから名刺を取り出し、美夕に向けて差し出した。そこには『フリーライター 北条俊介』と書かれている。

「フリーライター?」

 美夕は思わず眉をひそめた。

「そんな顔しないで欲しいな。そりゃライターを仕事にしているが、今度の事件を仕事にしようとは思っていないよ。私と彼女とは昔からの知り合いでね。時々、相談を受けていたんだ。私にとっては可愛い妹のような存在だった」

「そうだったんですか」

「彼女があんなことになるなんてね」

「あの……私に何か? ひょっとして事件を調べてるとか?」

「事件を調べる?」

 驚いたように美夕を見る。「私が? なぜ?」

「なぜって……だから事件のことを聞いているのではないんですか?」

「違うよ」北条は笑った。

「それじゃどうして?」

「前から君のことは彼女から話を聞いていてね。君に興味を持ったから話をしてみたいと思ったまでさ」

 その言葉に美夕は驚いた。親しかった人間が死んだというのに、なぜそんな平然としていられるのだろう。

 しかも『興味』とは……あまりに失礼な言い方に美夕は表情を強張らせた。

「雛子と親しかったと言いましたよね。本当ですか?」

「本当だよ」

「だったら、そんな言い方酷いと思います」

「興味と言ったことかね? ふむ。確かに一般的には適切な表現ではなかったかもしれないね。だからといって私が彼女と親しかったというのは嘘ではないよ。だが、生憎涙を流して彼女の死を嘆くほどの関係でもない。おそらく彼女にとっても私はそういう存在ではなかったろう」

「でも酷いと思います」

「なら私に何をしろと? 事件を捜査し犯人に復讐しろと?」

「いえ……そんなこと言っていません」

「心配することはない。日本の警察は優秀だ。おそらく常識的な殺人事件であるならば警察は間違いなく1ヶ月以内に犯人を逮捕することが出来るだろう。私や君がしゃしゃり出る必要はない」

 先日、家にやってきた新谷という刑事のことを思い出す。確かにあの男ならば事件を解決し、雛子を殺した犯人を逮捕してくれるかもしれない。

「だったらなぜ私に会いに?」

「だから興味だと言っているだろう。事件にも興味もあるし、それ以上に君という人間に興味があってね」

「私に?」

「以前から雛子君から君のことを聞かされていてね。一度会って話をしてみたいと思っていた。事件のことを聞いたのはそのついでにすぎない」

「ついで?」

 北条の言葉に美夕は怒りを覚えた。「冷たいんですね」

「そうかな?」

「だって雛子は殺されたんですよ!」

「わかっているよ。私だってニュースも見れば新聞だって読む」

 北条は冷静だった。

「ふざけないでください!」

「意外だな。雛子君に聞いていたイメージではもっと客観的に物を見ることの出来るタイプだと思っていたが、実際にはずいぶん感情的な人のようだね」

「そんな――」

「それなら聞くが君は彼女のために何をしてあげられるというのかね?」

「……それは」

 美夕は答えに詰まった。

「雛子君はもう死んだんだ。生き残った人間がどんなに彼女の死を悲しんだところで、彼女の死が取り消されるわけではない。ゲームをリセットするように彼女は蘇るわけではない」

「そんなのわかっています」

「なら、生き残った人間は彼女の死を素直に受け止め、彼女が迷わず成仏してくれることを祈るほかないだろう。まぁ、死後の世界があるのかどうかは知らないがね」

「あなたの態度はそんなふうには見えません」

「それでも私は彼女が安らかに眠って欲しいと願っている気持ちに違いはない。君にどのように見られるかが問題ではない。私が彼女のために涙を流せば、彼女の死を悼んでいるように見えるのかもしれないね。それとも彼女のために犯人を捕まえたいと言えば満足かな? 確かに君は彼女のために犯人を見つけたいと思っているようだね」

「いけませんか?」

「君は彼女がなぜ殺されたと思う?」

 突然の質問に美夕はうろたえた。

「……そんな……わかりません」

「実は雛子君が殺される前、私に電話をかけている」

「本当ですか?」

「たぶん、君に電話をする少し前だと思う。生憎、私は電話に出ることが出来ず、留守電に彼女からのメッセージが入っていた」

「何て言ってたんですか?」

「コンピュータに意志があると思うか、と訊いていた」

「コンピュータに意志?」

「メッセージはその一言だけだ。それがどんな意味なのか私にはよくわからない。だが、おそらくその電話の直後、雛子君は殺された。私には、それが雛子君の殺された大きな理由のような気がしている」

「そのこと……警察には話したんですか?」

「いいや。そんなつもりはない」

 北条はあっさりと否定した。

「なぜですか?」

「言ってどうなるものかね」

「犯人を見つけるヒントになるかもしれないじゃないですか」

「どうかな。警察にその言葉を理解する人間がいるかな」

「日本の警察は優秀なのでしょう?」

「そういう意味ではない。警察はそんな言葉を元に捜査などはしないと言っているんだ。むしろ彼らにとってそんな意味不明な言葉は邪魔にしかならない」

「そんなのわからないじゃないですか」

「それならば君が言えばいい」

「どうして私が? 雛子が電話したのはあなたでしょう?」

「私は警察には名乗り出る事は出来ない」

「なぜ?」

「説明するのは難しいね。会ったばかりの君が私という人間の全てを理解することは無理だろう」

「言ってる意味がわかりません。そんなことを言うために私に会いに来たんですか?」

「いいや。君といろいろと話を出来たらと思ってね」

「お断ります。あなたと話をしても何の意味もないみたいですから」

 美夕は名刺を北条に突き返そうとした。

「君がそう思うなら、それはそれで仕方ない。それでも名刺くらい受け取ったらどうかな? 名刺を受け取ったからといって君が損をするわけじゃなかろう」

「……」

 北条の言葉は不愉快だったが、それでも名刺をポケットに押し込んだ。

「もし、私と話をしたいと思ったら連絡してくれたまえ」

「わかりました」

 美夕はそう言うと背をむけた。それでも心のなかでは、この男とは二度と会う事はないだろうと思っていた。


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