4.理由・1
4.理由
美夕が生まれる前年、祖父が死んだ。そして、美夕が2歳の頃に祖母が他界。もちろん美夕にはその時の記憶はない。その後、幸いなことに特別親しい関係の人の死に直面するようなことはなかった。
雛子が美夕にとって特別親しい間柄と言えるかどうかは微妙なところだ。昨年、同じクラスだったということはあるが、それほど親しいといえるわけでもなかった。だが、最近は先日のゲームを通じて、話をする機会も多くなっていた。
『親友』と呼べる存在だったかどうかは別として、その雛子の死は美夕にとっても大きなショックとなっていた。しかも、それは事故や病気などではない。『殺人』というショッキングな現実に美夕はただ途惑うばかりだった。
事件から一週間が過ぎても、未だに犯人は見つからなかった。
(なぜ? なぜあなたが殺されなきゃいけなかったの)
葬儀の席で、美夕は手を合わせながら心のなかで雛子に語りかけた。
葬儀場の前にはテレビ局の車が並び、ワイドショーのレポーターがそれぞれに葬儀の模様を放送していた。レポーターのなかにはわざと辛い質問を雛子の両親に投げかけ、涙ながらに答える姿を見て満足そうにニヤついている者さえいた。彼らにとってこの事件は格好のネタでしかないのだろう。
葬儀が終わると、美夕は他の同級生と共に葬儀場を出て、リポーターたちの間を足早に抜け、逃げるようにその場から去ろうとした。だが、その時、野次馬の向こう側に美夕は髪を真っ赤に染めた真奈美を見つけた。
(真奈美?)
ほぼ1年ぶりに見るその姿は、以前とはまるで違っている。昔の大人しそうな雰囲気は消え、今ではすっかりヤンキーといえるような風貌に見える。
黒いジーンズに真っ赤な革ジャンを着た真奈美は、離れた位置に一人立ってぼんやりと葬儀場の美夕のほうを見つめている。
美夕は思わず立ち止まった。そこにすかさず女性レポーターがマイクを差し向ける。シマッタと思った時にはすでに遅かった。同級生の姿はすでに人ごみの向こう側に隠れ、レポーターは巧みに美夕の逃げ口を塞いでいる。
「ねえ、あなたは杉村さんのお友達?」
「やめてください」
美夕はすぐに顔を背けた。
「杉村さんはどんな人だったの? どうしてこんなことになったと思う?」
何とかその場から逃れようとする美夕の動きを封じながら、レポーターは有無をいわさずに質問をなげかける。美夕は口を結び、顔を俯かせてその場から離れようとした。それでもレポーターはしつこかった。ハンディカメラを持った若い男が遠慮なくカメラを美夕に向ける。
「ちょっと……やめてください」
「少しでいいから。あなた、杉村さんのお友達なんでしょ?」
レポーターはしつこく美夕にまとわりついた。
その時――
「やめろなさいよ! 嫌がってるじゃないの!」
その声とともにカメラを持った若い男の身体が突き飛ばされた。突然の出来事に、男はカメラを抱えたまま路上に尻餅をついた。
ハッとして声の方向に視線を向ける。そこに真奈美の姿があった。
「真奈美……」
「おい。何すんだ、あんた」
テレビ局の人間らしいサングラスをかけた男が近づいてくると、真奈美の前に立った。それでも真奈美は怯まなかった。
「大の大人がみっともないと思わないの?」
ツンと顔を上げ、男を睨み返す。
「何ぃ?」
男はピクリと眉を吊り上げた。
「他人の死まで自分たちの商売に利用しようなんて情けないって言ってるの」
「何生意気なこと言ってるんだよ。世の中の人たちが知りたいことを伝えるのが俺たちの仕事なんだよ」
男はすごむように言うと、フンと鼻を鳴らした。
「みっともないと思わないの?」
「悪いが、お嬢ちゃんと議論してても意味がないんだ。そっちに行っててくれないか。それとも君も死んだ女の子と知り合いなのか? だったらぜひカメラに向かって意見を言ってくれないかな」
「ふざけんな!」
真奈美はそう言うと右手を振り上げた。美夕が止める間もなく、真奈美の拳が男の顔面に突き刺ささった。サングラスが割れ、男が小さくうめいて鼻を押さえてひっくり返る。
呆気にとられている男たちを無視して、真奈美は美夕に視線を向けた。
「さ、行くよ」
そう言うと真奈美はくるりと背を向けて歩き出した。美夕はその真奈美の行動に驚きながらも、すぐに真奈美の後を追いかけた。
誰か追ってくるのではないかと、時々振り返ってみたが、結局、誰も追いかけてくるようなことはなかった。
線路沿いの細い道を、真奈美は何も喋ろうともせずにグングン前を向いて歩いていく。赤く染めた長い髪がサラサラと風に揺れる。
右手に見える線路を電車が通り過ぎていく。
5分ほど歩いた後――
「真奈美――」
思い切って声をかけると、真奈美はピタリと足を止めクルリと振り返った。「あの……ありがとう」
「あんな奴らに遠慮することなんてないよ」
真奈美はぶっきらぼうに言った。
「うん……でも、どうして?」
「何か気になってね。殺された子って美夕の友達なの?」
「……うん」
「そっか。こんなことになるなんてね。美夕も大変だね」
「私は別に……」
「まだ犯人捕まらないんでしょう?」
真奈美は訊いた。事件以来、ワイドショーでは連日報道を続けている。
「うん」
「……そっか」
真奈美はどう話せばいいか困ったように呟いた。「……早く解決するといいね」
「でも雛子が死んじゃったことに変わりないよ」
「それは……そうだけどさ」
二人の間に沈黙が流れる。美夕も何をどう話せばいいか途惑っていた。
――私のことは放っておいて!
あの時の自分の言葉。それが今の二人を隔てていることは美夕にもはっきりとわかっている。そして、自分がそれを繕わなければいけないことも。それでも、どんな言葉でそれを伝えればいいのか、まるで言葉が浮かんでこない。
やがて、その沈黙に耐えかねたように真奈美が口を開いた。
「それじゃ。私、行くね」
「あ……うん」
「じゃ」
そう言って真奈美はゆっくりと背をむけた。
「あ……真奈美!」
美夕は慌てて声をかけた。その声に真奈美が振り返る。
「何?」
(言わなきゃいけない)
そんな重いとは裏腹に出てきたのはまったく違う言葉だった。
「あの……何かあったの?」
「何かって? どうして?」
不思議そうな顔で美夕を見る。
「……ずいぶん変わっちゃったから」
「ああ、これ?」
真奈美はそっと自分の髪に触れた。「別に……何となく……かな」
そう言った真奈美の表情はどこか寂しそうに見えた。そして、再び背を向けて歩き出した。
「ありがとね」
美夕の声に真奈美は今度は振り返ろうとはせず、軽く右手を上げながら歩いていく。その後ろ姿を美夕はぼんやりと見送っていた。