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リアル  作者: けせらせら
15/38

3.記憶・5

 美夕は授業が終わると雛子と誘い合わせ、駅裏にあるファミレスへと向かった。

 雛子はどこかそわそわと落ち着きなく見える。

「どうしようかなぁ」

 チラチラと何度も美夕に視線を投げながら、まるで独り言のように呟く。

「何? どうしたの?」

「美夕ちゃんになら言ってもいいかなぁ」

 そう言って雛子はニコニコと笑った。

「何かあったの?」

「ちょっとねぇ」

 嬉しいことを無理に隠そうとするような表情をして雛子は言った。

「何よ。気持ち悪いなぁ」

「だってぇ。一応、内緒ってことになってるしさ」

「だったら話さないほうがいいわよ」

「でも、話したいんだもん」

 まるで幼い子供のようだ。

「じゃあ話せば?」

「でも、内緒なんだよなぁ」

「変なの」

 雛子のその仕草に美夕はクスリと笑った。

 ちょうどファミレスのドアを開けようとした時、白いセダンが駐車場に滑り込んでくるのが見えた。

 助手席には白いシャツを着た拓也の姿が見える。

 美夕はドアから手を離して、その車を目で追いかけた。

 車が駐車場に止まると、その助手席から拓也が、そして、後部座席から背の低い少年が出てくるのが見えた。幼い顔立ちをして詰襟の学生服を着ている。まだ中学生なのだろうか、手には大きな紙袋をぶら下げている。運転席からはダークグリーンのスーツを着た若い男の人が姿を現す。

「みんなゲームの参加者なのかしら」

 雛子が拓也たちの姿を眺めながら呟いた。

「やぁ」

 と、拓也が駆け足で美夕たちに近づいてくる。美夕は彼らに向かって軽く頭を下げた。

「その人たちみんなゲームの参加者なの?」

 雛子が拓也に声をかける。

「いや、そういうわけじゃないよ」

 拓也は美夕たちの前で足を止めると振り返った。拓也の後ろからやってきたダークグリーンのスーツを着た男が頭を下げると太い声で言った。

「中尾竜平といいます。私はゲームに参加していた中尾雅彦の兄です」

「中尾雅彦?」

 どこかで聞いた記憶があったが、すぐには思い出せなかった。それは雛子も同じらしく、首を傾げている。

 それを見て拓也が言葉を継ぎ足した。

「先日の事故で亡くなった中学生だよ」

 その言葉でやっと先日の事故を報じる新聞記事を思い出す。

「なぜ弟があんな事故のために死ななければならなかったのか知りたくて調べているんです。ぜひ協力お願いします」

 中尾はぶっきらぼうに言った。野太い声にギョロリとした大きな目。こういう男はちょっと苦手だ。

「俺たちにしても他人事じゃないからね」

 そう言うと拓也は中尾の隣に立つ中学生を指差した。「彼は――」

「澤村信彦です」

 ペコリと頭を下げる。背はまだ低く、大人しそうな顔をしている。

「麗澤中学の2年生だそうだ。彼もゲームで事故にあった一人だ」

 そして、拓也は次に中尾と澤村の二人に美夕と雛子のことを簡単に紹介した。

「よろしくお願いします」

 美夕と雛子も頭を下げる。

「これで全員なの?」

 雛子が拓也に訊いた。

「いや――」

 中尾が答える。「小笠原さんが来ることになってるんだけどな……」

 大きな目をギョロギョロさせて、周囲を見回す。

「もう来てるんじゃありませんか? 小笠原さんが遅れてくることはないと思いますから」

 と澤村がかぼそい声で言った。

「そうだね、とりあえず中に入ろうか」

「仲崎君は?」雛子が訊く。

「仲崎君なら今日は用事があって遅れるらしいよ」

 拓也が先頭になって店のなかに入っていく。美夕たちはその後に続いた。

「ああ、あそこですよ」

 店に入ると窓際の奥の席を中尾が指さした。

 グレイのパンツスーツ姿の女性が右手を振っている。30歳前後だろうか。黒ぶちの眼鏡をかけ、パーマをかけた長めの髪を後ろで無造作に結んでいる。

 美夕たちはその女性のところに近づいて行った。

「遅いよぉ。お腹減ってたから先にご飯食べちゃったからね」

 女性はよく響く声で言うと、カラカラと声を立てて笑った。テーブルの上には食べ終わったスパゲッティの皿が置かれている。

「小笠原さんが早過ぎるんですよ」

 中尾はそう言いながら誰も座っていない隣のテーブルを寄せた。拓也と澤村がそれを手伝う。

「はじめまして」

 美夕と雛子が頭を下げる。女性はタバコに火をつけると、美夕たちを指差した。

「えっと、長瀬美夕さんと杉村雛子さんだよね。西岡君から話は聞いてるわ。私は小笠原礼子。インターネットで雑貨の輸入販売をしているの。何か欲しいものがあったら言ってね。安くしておくからさ」

「はぁ……」

「さ、とりあえず座って座って」

 堂々とした仕草で声をかける。サバサバとしたその物言いには好感が持てる。その声に促されるように美夕たちは席についた。その美夕の左隣に拓也が座る。

 ウェイトレスにそれぞれ飲み物を注文すると、まず口を開いたのは拓也だった。

「では始めましょうか……と言っても何から話せばいいものかな」

「みなさんは知り合いなんですか?」

 雛子が中尾に訊いた。

「西岡さんと同じですよ。私も弟を事故で亡くして、その原因を調べようとインターネットで同じように事故に遭った人たちを捜していたんです。そこで小笠原さんと澤村君と知り合いました」

「それにしてもこれだけ人数が揃うとは思わなかったなぁ」

 礼子が皆の顔を見回しながら言った。

「小笠原さんもゲームなんてやるんですかぁ?」雛子が訊く。

「うん。私は息子と一緒にゲームしてたんだけどね。二人で事故に遭っちゃってさ」

「息子さん? それじゃ小笠原さんって結婚してるんですか?」

「ううん。結婚はしてない」

 礼子は指輪をしていないこと証明しようとするように美夕たちに向けて左手をかざして見せた。「バツイチってわけでもないよ。もともと私は未婚の母親を選んだからね」

「未婚……」

 美夕は思わず雛子と顔を合わせた。

「珍しい? 確かに世間体は良くないって親にもさんざん言われたけどねぇ。でも、私の人生だし好きにさせてもらってるわ。息子も可愛いしね」

 礼子は携帯電話の裏側を美夕たちに向けて見せた。礼子と小さな男の子が映ったプリクラのシールが貼られている。

「何歳ですか?」

「今年、小学4年生。可愛いよ。秀雄っていうんだ。最近はちょっと生意気になってきたけどね」

 そう言った礼子の目は母親らしい優しい光に溢れていた。

「あのぉ」

 不機嫌そうに中尾が礼子に声をかける。「本題に戻って良いですか?」

「本題って?」

「事故のことですよ」

「中尾さんは固いなぁ。もう少し余裕を持たなきゃ」

 からかうように礼子は言った。

「弟を殺した奴を見つけたいんです! 私は遊びで来ているわけじゃありません」

 むっとした顔で中尾が言う。亡くなった弟のことで気がたっているのかもしれないが、どこかその物言いには馴染む事が出来ない。

 だが、礼子はまるで気にも止めない様子で、カラカラと大きな口を開けて笑った。

「わかったわかった。話したかったらいくらでも話しなさいよ。私はべつに邪魔してるわけじゃないんだから」

「それじゃ――」

 と言って中尾が口を開こうとした時、店のドアが開き仲崎が姿を現した。拓也がすぐにそれに気づき手をあげる。

「ああ、仲崎君!」

 中尾は喋るのを止め、ムスッとした顔をしながら仲崎が近づいてくるのを待った。仲崎は決して急ぐことなく、ゆっくりと近づいてくるとぐるりと皆の顔を見回した。

「へぇ、ずいぶん集まったもんですね」

 冷めた口調で一言だけ言うと、仲崎はゆっくりと腰を降ろした。

「彼が仲崎君です」

 まるで拓也が代わりをするように仲崎を紹介する。

「これで全員揃ったわけだ。さ、それじゃ議長さん。進行してちょうだいよ」

 礼子が茶化すように、中尾を促す。

 中尾は小さく頷くと、再び口を開いた。

「先ほどもお話したように、私は先日の事故で弟を無くしました。なぜあんなことが起きたのか、私はどうしてもそれが知りたいんです。皆さんと情報を交換することで、ぜひ事故の原因を見つけ出したいと思います」

 中尾は鞄のなかからスクラップブックを取り出した。

「それ、何ですか?」と拓也。

「私なりに事故のことを調べてみました」

 中尾はスクラップブックを皆の前に広げてみせた。 そこには事故を報じる新聞記事の切り抜きが貼られていた。拓也がそれをパラパラと捲る。そのなかから一枚の写真がパラリと落ちる。

 小学生くらいの男の子二人が家の前で並んでいる写真だった。

「これは?」と美夕が訊く。

「私と弟の写真です。私にとっては何よりの宝物です」

 一瞬、中尾の表情が和らいだ。その表情からいかに中尾が弟のことを大切に思っていたかが感じ取れる。

「調べてみて何かわかりましたか? ここにあるのはただの新聞記事ばかりで目新しいものはないようですが」

 スクラップブックから視線をあげると拓也が訊いた。たちまち中尾の表情が固くなる。

「確かに……私としても手を尽くしてはいるのですが、今のところ原因といえるものは何もつかめていません」

「ゲームを主催したアークシステムには訊いてみたんですか?」

「もちろんです。ですが、ゲーム会社からは満足するような答えがなかなかもらえません。彼らは口を揃えてシステムトラブルとしか言わない。けどね、私には弟が事故で死んだのは単純にあのシステムに問題があるとは思えないんです」

「それってどういう意味ですか?」

「先日、アークシステムの名波さんにお話を聞いた時、あの人は『ロードされるはずのないモジュールがロードされたために起こった事故だ』と話してくれました。なぜ、そんなことになったんでしょう? それに事故にあったのもほんのわずかの人だけ。おかしいと思いませんか?」

 美夕も名波が訪ねてきた時のことを思い出す。確かに名波はそんなようなことを話していた。

「それじゃ中尾さんは何が原因だというんですか?」

「……それはわかりませんが――しかし、あの時、何らかのトラブルが発生したことは間違いないんじゃないでしょうか?」

「それじゃアークシステムの人たちが言うのと変わらないじゃないですか。それがシステムトラブルってことじゃないんですか?」

 その時、ウェイトレスがコーヒーを運んできた。皆、押し黙ってテーブルの上に置かれるコーヒーを見つめる。

 やがて、ウェイトレスが去ると再び中尾が口を開いた。

「――あれは人為的なトラブルじゃないかと私は考えています」

「人為的なもの?」

 拓也が中尾の顔を見た。

「誰かが何らかの目的を持ってシステムを暴走させたんです」

「なぜそんなふうに思うんですか?」

「それは――」

「ただの勘でしょ」礼子が口を挟んだ。

「そんな……ただの勘なんかじゃありません」

「だったら何か根拠があるの? 事故は本当に可哀想だと思うわ。私だってもし息子がそんなことになったら、あなたみたいに犯人を捜そうとするかもしれない。でもさ。誰かが意図的にそんなことしたなんて、それは考えすぎじゃないの?」

「じゃあただの事故だっていうんですか? そんなの私は納得出来ません。あれは人為的なものです。そうに決まっています」

 中尾は強い口調で言った。

「それって……誰かがわざと事故が起こるように仕向けたってことですか?」

 思わず美夕は口を挟んだ。

「それはいろんなケースが考えられると思います。例えばゲームだとプレイヤーが予想外のことをすることでシステムトラブルとなるケースがあるじゃありませんか」

「それじゃあなたはゲームプレイヤーがシステムの想定外の行動をしたために、あの事故が起こったと考えているのですか?」

「可能性はあるんじゃないでしょうか」

「そんなバカな」

 拓也は軽く笑った。

「それじゃあなたはどう考えているんです? あなただって事故の原因を調べたいって言ってたじゃないですか」

 中尾が拓也を睨みながら言った。その口調は険しかった。

「いや……それは俺にもわからないけど……でも、そんな難しく考えなくてもいいと思いますけどね」

 拓也は視線を避けるように目を伏せると、コーヒーを一口飲んだ。

「あのぉ……」

 と、恐る恐る澤村が小さく手をあげた。「ちょっといいですか?」

「どうぞ。別に手をあげなくても自由に発言してもらっていいんだよ」

 拓也が笑いながら言う。

「皆さんが集まる目的って何なんでしょうか? 僕はただあのゲームのことを話し合う仲間……ってだけのつもりだったんですけど……」

 澤村の言葉に皆、一瞬口を噤んでお互いの顔を見渡す。だが、すぐに礼子が口を開いた。

「みんながどう考えているかはわからないけど、少なくとも私はそんなに堅苦しく考えたくないな。もちろん事故の原因を探ることには反対しないよ。私たちにとっても大切なことだからね」

「そんなこと僕たちに出来るんですか? あの時のことはゲーム会社でも調べているんでしょ。いずれはっきりするでしょうし、その調査結果を聞くのが一番じゃありませんか?」

「けれど、今、中尾さんが言ったようにゲームプレイヤーのゲーム内での行動が原因だとしたら、アークシステムの人間よりも私たちが調べたほうが正確に答えが出るかもしれない」

「そう! それにアークシステムの人間が自分たちのゲームシステムについて正確な調査結果を私たちに示してくれるかどうかも疑わしいじゃないか!」

 中尾は声を大きくした。

「調べてどうするんです? まさか訴える……とか」

 今まで黙っていた仲崎が、ぼんやりと目の前のコーヒーカップを見つめながら訊いた。

「もちろん!」

 中尾がすぐに答える。「ゲーム会社を訴えて、あのゲームを製作した人間に処罰を与えるのが私の弟へしてやれる唯一のことですからね。それに『レクス』という人間もね」

「レクス? それってハッカーの?」

 雛子が驚いたように声を出す。

「そうですよ」

「どうして『レクス』が出てくるんです?」

 雛子は真剣な顔で中尾に訊いた。

「それって……この前話してた人のこと?」

 美夕も雛子に確認する。雛子は視線を中尾に向けたまま、美夕の問いかけに小さく頷いた。

「これは私の知り合いに聞いた話なんですが、ゲームを開発したのはアークシステムの人間じゃないらしいですよ。なんでもネットで『レクス』と呼ばれるフリーのプログラマーらしいんです。そんなどこの誰なのかもわからない人間が作ったシステムをあの会社は多くの人たちに使わせていたんですよ。皆で事故の原因を調べ、ゲーム会社を訴えましょう」

 中尾はわずかに頬を紅潮させながら言った。

「みなさんも同じ考えですか?」

 澤村が皆の顔を見回す。

「いや――」

 と、拓也が口を開いた。「俺はべつにそんなことは考えてないよ。俺は、ここにいる人間は同じ世界観を持った仲間だと思っているんだ。だからこそ、あのゲームの世界を皆で話し合いたいんだ。事故の原因を調べるのはそのなかの一つに過ぎないよ」

「私も西岡君に賛成だなぁ」

 礼子が言う。「中尾さんの気持ちはわからなくはないけど、まるで犯人捜しのようなことは嫌いだな。ここをそういう場にはしたくないな」

 ギョロリと目をむいて中尾が立ち上がった。

「そ、それじゃ、あたたたちはあんな事故を起したやつらを放っておいてもいいっていうのか?」

 その形相に拓也も困ったような表情になる。

「いえ、そういうわけじゃありませんよ。弟さんを亡くされた中尾さんの気持ちはよくわかります。俺だって事故の原因だけはちゃんとはっきりさせなきゃいけないと思ってますよ。でも、原因もまだはっきりしないのに訴えるとか言われても……」

「そうだよ。私たちも強力出来ることがあれば協力するよ。でも、ここではそんなに難しく考えずに単純にゲームのことや事故のことを話す場に出来ればいいんじゃないかな」

 宥めるように礼子が言った。

「そうですね」

 と、礼子の言葉を受けて拓也が言う。「とりあえず皆がゲームについて記憶していることについて話し合いませんか? そのなかで事故の原因に近づくことが出来るかもしれない。もし、中尾さんが言うようにゲームプレイヤーの行動がシステムの暴走に繋がったというなら、それぞれの行動を話し合うことで原因を突き止めることが出来ますよ」

「中尾さんも落ち着いてさ」

 礼子に言われ、中尾も渋々といった様子で再び腰を降ろす。

「あのぉ……僕、あの時のことはほとんど……」澤村が言う。

「わかってる。事故の遭った人間はほとんどあの時のことを記憶していないってことは前に名波さんから聞いているからね。俺だって同じさ。だから、少しずつ皆の記憶を繋ぎ合わせて、あの時のことを思い出したいんだ」

「それで原因がはっきりするんでしょうか?」澤村が訊く。

「まあ、そう言わないで少しやってみようよ」

 拓也が宥めるように言った。「それじゃ、とりあえず俺が記憶していることから話すよ――」


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