3.記憶・4
午前7時。
制服に着替えると、眠い目を擦りながらキッチンへ降りる。
すでに父の修一は出勤したらしく、母の咲子が一人キッチンでコーヒーを飲んでいた。
リビングではテレビが朝のニュースを伝えている。
美夕に気づき、咲子が声をかける。
「あら、めずらしく早いじゃないの。何か食べる?」
「ううん。いらない」
美夕はリビングのソファに腰掛けると、テーブルの上に置かれた新聞に手を伸ばした。
1面記事ではつい先日デビューしたアーティストのCDがミリオンセラーとなっていることを報じている。
美夕は新聞を広げ、テレビ欄に視線を向けた。
ぼんやりと紙面に視線を向けながらも、美夕は昨夜の夢のことを思い出していた。
(真奈美……)
なぜあんな夢を見たのだろう。
真奈美とは中学を卒業してから一度も会っていない。卒業してすぐ何度か真奈美から連絡があったが、美夕は何かしら理由をつけて真奈美を避けていた。
――もう私のことはほっといて!
電話で思わずそう叫んでしまったその時から真奈美とは話をしていない。
ふと、テレビから聞こえてくる声が耳に入る。
――今朝早く、新宿の雑居ビルの裏口で男性が刺され倒れているのが発見されました。警察によると死亡した男性は杉並区に住むアークシステムの名波勝行さんと見られています。
はっとして顔をあげてテレビに視線を向けた。
(アークシステム? 名波?)
間違いない。事故のことを詫びるために、家にやってきた二人のうち若い男のほうだ。
――名波さんは背中から数箇所鋭利な刃物で刺されており、警察では殺人事件として捜査を進めています。
殺人事件。
先日の事故と何か関係があるのだろうか。
その時、上着のポケットのなかに入れていた携帯電話がブルブルと震えだした。新聞をテーブルの上に置くと、携帯電話を取り出す。サブディスプレイに『西岡拓也』の文字が浮かび上がっている。
「――はい」
――長瀬さん、ニュースは見た?
拓也は興奮を押さえるかのように低い声を出した。美夕にはそれがすぐに今のニュースのことを言っているのだとわかった。
「はい。ゲーム会社の人のことですよね」
――ああ……こんなことになるなんてな。
その言葉に美夕はドキリとした。拓也が事件に関係しているのだろうか。
「西岡さん、何か知っているんですか?」
――いや、誤解しないでくれ。事件には何も関係ない。ただ……名波さんとは、今日、会う約束をしていたんだ。
リビングのドアが開き、ジャージ姿の康平が姿を現す。康平は大きく背伸びをしながら、美夕の前にどっかと腰を下ろすと、新聞に手を伸ばした。
美夕はわずかに横を向いて拓也との会話を続けた。
「何故?」
――この前の事故について改めて話を聞かせてもらおうと思ったんだ。やはりゲームデザイナーである名波さんに話を聞くのが一番良いからね。でも、これでダメになっちまった。いや……もっとまずいことになるかもな。
「まずいこと? それってどういうことです?」
――いや……なんでもない。それより、今日、学校が終わったらまた会えないかな? また新しい人たちが見つかったんだ。
「新しい人たち? ゲームで事故に遭った人のことですか?」
その言葉に新聞を読んでいた康平が視線を上げた。
――向こうも俺たちのことを捜していたみたいなんだ。出来ればみんなで会って話をしたいんだけど。
「それは構いませんが……」
美夕は躊躇いがちに答えた。その雰囲気に拓也も気づく。
――何? なにか気になることでも?
「名波さんが殺されたことと事件とは何か関係があるんでしょうか?」
――なぜそんなふうに思うの?
「いえ……理由はありません。ただ、なんとなく。怖い気がして……」
――気のせいだよ。あれはただの事故に過ぎないじゃないか。
「ええ……そうですよね」
――それじゃ、今日の4時に駅裏にあるファミレスに集まろう。
拓也はそう言って電話を切った。
「ゲームって何?」
電話を切った途端、康平が訊いた。
「この前のゲームのことよ。『ファンタジーロードX』。あのゲームで事故に遭った人たちと会ってるの」
「なんで? なんか問題でもあったの? 身体の調子が悪いとか?」
康平は真剣な顔で訊いた。自分の代わりに参加した美夕がゲームで事故にあったことで、少しは責任を感じているのだろう。
「違うわよ。ただ、あの事故がどうして起こったのか知るために集まって話をしてるだけよ」
美夕の返事に康平はわずかにほっとした顔を見せた。
「ふぅん……物好きだな」
康平はただそう呟くと視線を新聞に落とした。