3.記憶・2
「なんかあの人好きになれないなぁ」
仲崎たちと別れた帰り道、雛子は空を仰ぎながら呟いた。
「どうして?」
肩を並べて歩きながら美夕は訊いた。
「……なんとなく」
「ひょっとして『レクス』って人が原因?」
『レクス』の話になった時、雛子が珍しくムキになって言い返していたことを思い出す。
「だって、あんな言い方するなんてさ」
雛子は頬を膨らませた。
「雛子は『レクス』って人のこと知ってるの?」
「よく技術系のサイトでチャットとかすると、その名前を聞くことが多いよ。3年くらい前にネットの世界に現われたんだけど、その技術はグンを抜いてるって噂なんだ。カッコ良いよねぇ」
「カッコ良い? 顔、知ってるの?」
雛子はすぐに首を振った。
「まさかぁ。名前しか知らないわよ」
「それじゃカッコ良いかどうかなんてわかんないじゃないの」
「違うの。見た目はどーでもいいの。あたしはその存在に憧れてるの」
「存在? ただ噂でしか知らない人の存在?」
その雛子の感覚がわからず、美夕は首を捻った。
「あたしが憧れるのはあたしとは違う存在感なんだ。あたしはそんな人より秀でたものなんて持ってないから」
呟くように言った一言に美夕はドキリとした。自分とは違う存在に憧れる気持ち。それは美夕にもよくわかる。
「雛子には雛子しか持ってないものあるじゃないの」
そう……
雛子は自分とは違う。ずっと特別な存在に見える。
「そんなことないよぉ。あたしは美夕ちゃんとは違うもの」
雛子は大きく首を振った。
「私?」
「あたし、去年、美夕ちゃんを見てて思ったんだ。この人はあたしなんかとは全然違う人なんだって。あたしみたいに周りに流されるだけじゃなく、自分自身をすごく強く持ってる人なんだって」
雛子はそう言って美夕をじっと見つめた。
(違う)
自分はそんな人間じゃない。そう叫びたくなるのをぐっと押さえながら、美夕は顔を反らした。
「何言ってるのよ。雛子は私を誤解してるのよ」
「違うよ。あたしは――」
「やめて!」
思わず声をあげた。
雛子の言葉はただのお世辞かもしれない。それでも、今の自分を誤解して見ている雛子の視線に耐えられなかった。
違う。
自分が望んでいるのはこんな自分自身じゃない。
(私が憧れていたのは――)
ふと頭に浮かぶ真奈美の姿。
それをどう言葉にしていいかわからず、驚いている雛子の視線を避けるように美夕は俯いた。