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リアル  作者: けせらせら
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2.ソウルメイト・5

 雛子の仲介によって拓也に会うことになったのは二日後のことだった。

 授業が終わると、美夕は雛子に連れられて駅前にある『ノエル』という名前の喫茶店で拓也が現われるのを待っていた。アップルパイの甘い香りが漂う店内は割と広く、白い壁にシンプルな家具はいかにも女性に好まれやすいだろう。店内には他校の女子高生や若い大学生らしき姿が見える。

 少し緊張しながら紅茶を啜る美夕の前で、雛子はさっきから店の自慢らしいアップルパイを美味しそうに口に運んでいる。

 美夕は携帯電話を取り出し、ちらりと時間を確認した。

 午後4時40分。

 約束した時間をすでに10分過ぎている。

「4時半だったわよね」

 ソワソワしながら、美夕は雛子に声をかけた。

「心配しなくても大丈夫よ。拓ちゃんが遅刻してくるのはいつものことだから。それに拓ちゃん、美夕ちゃんと話すのすごく楽しみにしてたから絶対来るよ」

 のんびりとした口調で雛子が答える。

「それならいいんだけど……」

 美夕は隣に座る雛子に視線を向けた。「それにしても雛子がゲームに詳しいなんて思わなかったな。パソコンとか詳しいの?」

「そんなに詳しいわけじゃないよ。ゲームは前から好きだったけど、パソコンはまだ1年くらいしか経験ないし。もともとはもっと違うことのためにパソコン買ってもらったんだけどね」

「何?」

「美夕ちゃんには喋っちゃおうかなぁ。他の人には内緒にしてくれる?」

 雛子は身体をくねらせると上目遣いに美夕を見た。一見、可愛子ぶったそんな仕草も雛子がやると本当に愛らしく見えるから不思議だ。

 ひょっとしたら波長が自分と雛子とは元々合っているのかもしれない。

「何なの?」

「あたしね。歌手になるのが夢なの」

 わずかに気恥ずかしそうに胸の前で手を合わせる。

「歌手?」

 驚いて美夕は雛子の顔をマジマジと見つめた。「本気なの?」

「うん。あたしね、子供の頃から歌とか大好きだったんだぁ。でね。自分で歌とか作りたくて、高校に入学したお祝いってことでパソコンを買ってもらったの」

 どうやら真剣に言っているらしい。それは美夕にとってはあまりに突飛な話で現実味のないもののように思えた。それでもそんな夢を持っている雛子を少し羨ましく思えた。

「すごいね」

「そお? なんか美夕ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな」

「今度、聴かせてよ」

「うん」

 雛子は嬉しそうにニコニコ笑顔を見せた。

 無邪気に笑う雛子の笑顔を見ていると、どこか心が和む気がする。思えばこんな気持ちで人と接するのも久しぶりだ。ここ一年は心のなかから誰かと付き合うことなどまったくなかった。

 雛子は皿に残っていたアップルパイの最後のひとかけらを口に放り込むと、フォークを皿の上に置いて胸の前で手を合わせた。

「ごちそうさまぁ」

 その時、カランと扉の鐘が音を立てた。

 視線を向けると白いパーカーに青いジーンズを履いた拓也の姿が見えた。拓也はすぐに軽く手をあげながら近づいてきた。

「ごめん、ごめん。遅れちゃったね」

 腕時計を見ながら拓也は言った。走ってきたらしくわずかに息をきらせている。

「大丈夫よ。慣れてるから」

 雛子がすかさず答える。

「キツイなぁ」

 笑いながら拓也は雛子の隣に座った。

「この前はすいませんでした」

 美夕は拓也に頭を下げた。

「いや、とんでもないよ。突然、あんなふうに見知らぬ男から声をかけられたら普通びっくりして当然だよ。仕方ないよ」

「そうよ。いきなり会いに行くなんて、あたしも思ってなかった」

 雛子が言った。

「なんか同じ仲間がいると思うといてもたってもいられなくなってさ」

「仲間って?」

 拓也の表現に美夕は聞き返した。

「ゲームに参加していたのは約1000人。そのうち事故に遭ったのはほんの数人。『仲間』って呼んでもいいんじゃないかな」

 そう言うと拓也は近づいてきた髪の長いウェイトレスにコーヒーを注文して、再び視線を美夕に向けた。

「仲間って言ってもわかっているのは私と西岡さんだけですよね」

「まあ、今のところはね」

 拓也は苦笑した。「でも、他の仲間もいずれ見つかるかもしれないじゃないか」

「見つけてどうするんですか?」

「わかんない。でも、ひょっとしたら事故に遭った人にはそれなりの理由があったかもしれないじゃないか。知りたいと思わない?」

「それはきっとゲーム会社の人が調べてくれますよ」

「そりゃ確かにそうだろう。技術的なミスかもしれないし、もっと違う理由があるかもしれない。でも、俺が言っているのはそういう意味じゃないんだ。俺はなんかその理由に『運命』みたいなものを感じるんだ」

「大袈裟だなぁ」

 雛子は笑った。「拓ちゃんはすぐそういう方に話を持っていくんだから」

「冗談で言ってるわけじゃないよ。人は皆、それぞれ『運命』を持って生きてるんだ。それぞれの運命があの時、一つに交差したんだ。それに……俺はあの事故の後、思ったんだ。ひょっとしたら死んでいたのは俺だったかもしれないって」

 その言葉に美夕はドキリとした。それは自分も考えていたことだ。もし、運命の歯車が違っていれば、死んでいたのは自分かもしれない。

「だから自分でその原因を調べるって言うの?」

 相変わらず舌足らずの幼い口調で雛子は訊いた。

「うん。こんなこと言うとまた笑われるかもしれないけど、それが俺のやらなきゃいけないことのような気がしてね」

「それが『使命』とかって言うわけ?」

「そういうこと。俺たちはあの時一つの空間に存在した。こういうのも一つのソウルメイトって呼べるんじゃないかな」

「ソウルメイト? それって赤い糸で結ばれたカップルのことじゃないの?」

 雛子は声をあげて笑った。

「そういう意味もあるけど、広い意味では過去世を共に過ごし、深く関わった友人、恋人のことをソウルメイトって言うんだ」

「ソウルメイトっていうよりもゲームメイトっていうほうが合ってるんじゃない?」

 茶化すように雛子が言う。

「どうやって他の人たちを捜すんですか? あのゲーム会社の人に訊くんですか?」

 美夕は訊いた。おそらくアークシステムの社員ならば、誰が事故に遭ったかを掴んでいることだろう。

「いや、彼らは教えてくれなかった」

 残念そうに拓也は答えた。

「もう訊いてみたんですか?」

「うん。事故のお詫びに来た時に訊いてみたんだ。でも、断られたよ」

「じゃ、どうやって?」

「そんな難しいことじゃないんだ」

 と、拓也は一度言葉を切った。ウェイトレスが拓也の前にコーヒーを差し出す。拓也はウェイトレスが離れていくのを目で確認してから再び口を開いた。

「実は俺、インターネットの掲示板に書き込んでみたんだ」

「インターネット?」

「ああいうオンラインゲームをするような人間だからさ。あるネットゲームのファンサイトだよ。そういう掲示板に書き込んでおけば連絡がくるかもしれないだろ」

「何か反応はありましたか?」

「いや、まだそれらしい人からの連絡はないよ。でも、そのうち絶対見つけられると思うんだ」

 その自信がどこからくるのかはわからないが、それでも拓也の話を聞いているとしだいに美夕もそんな気になってくる。

「そういえば西岡さんは私のことをゲームのなかで見たって言ってましたよね。どうしてそんなことが言えるんですか? ゲームのなかじゃそれぞれ作ったキャラクターでしか判別出来ませんよね。私、写真なんて使わなかったし」

「うん。長瀬さんの言う通りなんだけどね。でも、俺にもよくわからないんだけど、君に会った瞬間、そんなふうに思ったんだ」

 拓也は少し自信なさそうに言った。「それに事故の影響だと思うけど、俺もそれほど多くのことは憶えていないんだ」

「え? 拓ちゃんもなの?」

 雛子が驚いたように拓也に訊いた。「この前話した時は結構憶えてなかった?」

「ああ……ゲームの全体的な流れはともかく、事故の時のことはダメなんだ。でも、あの事故が起きる前……いや、事故の直前に俺は君を見たような気がする」

 拓也はそう言って美夕を見つめた。

「それってどんな場面?」

 雛子が身を乗り出して訊いた。

「そうだな……確かどこかの塔の中だったと思う」

「それってひょっとしてマーテルの塔?」

「そう。そうだ。雛ちゃん、ゲームもしてなかったのによく知ってるなぁ。で、俺たちは――」

「ちょっと待ってください」

 美夕は慌てて二人の会話を遮った。「あの……すいませんが私にもわかるように話してもらえませんか?」

「ああ、そうだね。長瀬さんはゲームのストーリー自体憶えていないんだったね。それじゃ全体的なゲームの流れを説明しようか。ゲームの設定については知ってる?」

「それはあとで説明書を読みました。えっと最初は今の日本がそのまま舞台になって、その後でテンプルムいう架空の国に変わるんですよね」

「うん。正確には次元の歪みによって、この世界とテンプルムという国が融合してしまうんだ。まあ、こんなものはゲームをそれらしく見せるための小道具みたいなものだから、気にする必要はないよ。今までのRPGとは違って、ゲームプレイヤーは今までの自分自身の存在のままでゲームを始めることになるんだ」

「プレイヤーのなかにはね。プレイヤー同士に何らかの関係を持たされてる人もいるのよ」

 雛子が後に続けて言った。

「君は? 何か憶えていない?」

「ええ……全然」

 自分も誰かの他のプレイヤーと何かしら関係を持たされていたのだろうか。

「拓ちゃんには恋人がいたって言ったわよね」

「ああ……そんなような気がしただけで、はっきりとは憶えてないよ」

 拓也はそう言ってコーヒーを一口飲むと、さらに続けた。

「ゲームプレイヤーはテンプルム王国の人々と協力しながら、世界を元の状態に戻そうとする。これがゲームの目的だ。さまざまな場所を尋ね、何が原因でそのような世界になったかを調べ、そして、世界を元に戻すんだ」

「そのための旅?」

「そういうこと。もちろんRPGだから、そのためにはさまざまな冒険が必要なんだ。旅の途中、洞窟に巣食うドラゴンと戦ったり、竜巻に巻き込まれ砂漠に飛ばされたり……モンスターとも戦わなければならないし、盗賊だっている。だから、ゲームプレイヤーはそれぞれチームを組んだりして、その難関を乗り越えなきゃいけない」

「チーム? それじゃ私も誰かと組んでいたのかしら?」

「――かもしれない。もちろん単独でプレイすることも可能だけど、オンラインゲームの醍醐味は見知らぬ人と知り合うことだからね」

「ひょっとして西岡さんと?」

「さあ……どうかなぁ。確かに俺はゲームのなかで君を見たような気がするけど、それがどこだったかは思い出せない」

「拓ちゃんはどんな人とチームを組んでいたの?」

 美夕より先に雛子が訊いた。

「わかんないよ。さっきも言ったろ。俺も事故のせいかゲームのことはそんなに憶えてないんだ」

「そっかぁ。あたしが参加出来ていればなぁ」

 ツンと鼻を突き上げて雛子は言った。「ねえ、スキルも憶えてないの?」

「何だったかなぁ……」

 拓也が首を捻る。

「それって何ですか?」

 突然の意味不明な言葉に美夕はまごついた。

「プレイヤーは旅に出る時にそれぞれ好きな『職業』につくことが出来るんだ。何の職業になるかによって、特性が変わってくる。中には何のスキルも持たずにプレイする人もいるけどね。長瀬さん、そのことも憶えてないの?」

「ごめんなさい」

「いや。謝ることなんてないよ。記憶なんて急にふっと思い出したりするもんだからね」

 拓也は慰めるように言った。

「それでゲームはどうなるんですか?」

「隣国目指してそれぞれのプレイヤーが進んでいくんだ。その中盤にマーテルの塔でのイベントがあるんだ」

「さっき話していたところですね」

「マーテルの塔でプレイヤーはゲームの鍵を握る人間と出会うことになる。つまりそこが重要ポイントなんだ。当然、俺は仲間たちとその塔に向かった。だけど、生憎、あの事故が起きてね。俺が記憶しているのはそこまでさ」

「マーテルの塔……」

 まったく思い出せなかった。「本当にそこで私のことを?」

「いや、もちろん俺もそこで見たのが絶対君だと断言することは出来ない。皆、それぞれのキャラクターの扮装をしていたわけだし、顔を隠している者だって多かったからね。それに仲間になるキャラクターの中には実際のゲームプレイヤーではなく、ゲームのオリジナルキャラクターも存在している。しかも、写真を使った人でも、皆、デジタル処理が施されているから顔を見てもはっきりとその人を判別するのは難しいよ。そもそも俺だってあの塔のなかでのことは、あんまりしっかり憶えているとは言えないし。むしろゲームに参加していない雛ちゃんのほうが詳しいくらいさ」

 そう言って拓也は雛子を見た。

「無理言わないでよぉ。あたしはネットで情報を集めただけなんだから」

「それでいいよ。何か塔のなかで変わったことはなかったのかな? 誰かネットで話してなかった?」

「そこまではわからないわよぉ」

 雛子は困ったように首を捻った。

「一緒にチームを組んでいた人は? その人たち、何か知らないかしら?」

「それは無理だなぁ」

 美夕の質問に拓也が答える。「いくらチームを組んだとはいっても、それがどこの誰かまではっきりと聞いたわけじゃないからね。オンラインゲームなんてそんなもんさ。相手のことを詳しくは訊かないのが暗黙のルールだからね」

「でも、あのマーテルの塔ってさ。なんか気味悪い感じだったわよね」

 雛子はそう言って肩を窄めた。「あたしもマニュアルに描かれたイラストでしか知らないけどさ。もう何百年も人っ子一人住んでないようで、お化けでも出てきそうな感じ」

 その言葉を聞いた瞬間――

 美夕の頭の中に一つの光景が浮かび上がった。

 町から遠く離れたマーテルの塔。外壁には苔が蔓延り、門には大きく蔦が絡まっている。その石階段をゆっくりと昇っていく。

「あ……」

 美夕は思わず声を出した。その瞬間にその光景がプツリと消える。

「何?」

 拓也が驚いたように美夕の顔を見る。雛子も同じように視線を美夕に向けた。

「わかんない……でも、私もその塔に行ったような気がする」

「思い出したの?」

「わかんない……わかんないけど……」

 目を閉じ、あの時のことを思い出そうとする。

 闇を切り裂くような叫び声。

(そう……)

 確かに自分もその塔に登った記憶が残っている。

 そして、誰かの手の感触。

 あの時、手をひいてくれていたのは誰だったのだろう。


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