Piece 4. 雨の日も晴れ
「絶望した! 努力が報われない世界に絶望した!」
「なんか新見くん、最近キャラ変わってきたよねー」
あれから二週間。僕は桐さんの美容院にて髪を切ってもらいに来ていた。
理由はもちろん、慰めてもらうためだ。桐さんは美容師さんであるからして、根っからの癒し系なのだ。……いや、職業柄そんな性格を演じている可能性もあるんだけど、この人に限ってはそうじゃないと思う。色々正直だし。初対面から変人なとこも隠さずフルオープンだし。
「まぁ、世の中不況だしね~。……ただ、バイトでそんなに落ちるのは珍しいかもだけど」
「うぐっ……!」
後半ボソっと付け足した一言で見事に心を抉られる。
桐さんだけは信じていたのに……。ただ優しく、傷ついた男心を癒してくれる天使だと信じていたのに……。
ニート師匠にカフェでのバイト作戦を提案してから二週間が経った。その間に応募したカフェバイトは五件。その全てに、僕は落ちた。
バイトって、こんなに落ちるものだったんだ……。高校時代、僕以外にバイトしている同級生もたくさんいたけど、不採用になったという話は一度も聞かなかったのに……。
「やっぱり、カフェのバイトって高学歴のイケメンじゃないとダメなんですかね……?」
「学歴は関係ないんじゃないかなー。確かに、カフェのスタッフさんはカッコいい男の人やキレイな女の人が多いけど」
チョキ、チョキと桐さんは慎重に僕の髪を切る。約束通り週一でお店に顔を出しているため、切る長さは2cmくらいだ。そんな短い長さを高頻度で切るのは面倒じゃないかと危惧したんだけど、本人は真顔で「毎日でも切らせてほしい」と言っていた。
「でも、新見くんも普通にカッコいいと思うんだけどねー」
「お世辞をどうもありがとうございます。ちょっとだけ元気出ました」
「いやーお世辞じゃないよー。なんてったって、新見くんの髪形、あたし的に超好みだからねっ! だから、新見くんはすごくタイプだよ!」
「……ちょっと待ってください。確か『京都の女の子に好感を持たれるように』とオーダーしたハズですが?」
「うん? だって、あたしも京都の女の子だもん」
「あんたの趣味かっ!」
どうりでおかしいと思った。その後、ヘアカタログなんかも立ち読みしてみたけれど、僕の髪形と似たようなタイプは全然載ってなかったのだ。
「大丈夫だよー。カッコいいのはほんとだし、あたしの趣味ってことは他の女の子にも好かれるはずだから」
「本当でしょうね……」
「うんうん。そうだねー。出会いを求めるなら、イベント系のバイトとかいいかも」
「イベント系ですか」
「そうそう。アーティストのライブとかね!」
ライブ……。なんか、別世界だ。
僕だって音楽くらいは聞くけど、さすがにライブとかは行ったことがない。地元が田舎だったからというのもあるけど。
「それで、汗だくになった新見くんの髪を洗髪して一気にカット……。萌えるよぅ~~」
……萌えるんだ。新ジャンル過ぎて全くついて行けない。
ていうか、僕的には桐さんが彼女になってくれれば万事オッケーなんだけど。例の髪形を書いた紙を渡したため、僕が恋人探しを頑張っていることは知っているハズなんだけど……自分のことはすっかり除外してしまっているらしい。もっとも、僕のことが好みじゃないという可能性も大だけどさ。いや、髪形は置いといて。
「ねえねえ。伸びてる2cmの範囲内で軽くシャギー入れてみてもいい? バランスは崩さないし、嫌だったらすぐに戻してあげるから。お願いっ。キミの髪をシャギーにしたいの!」
「なんかもう、変人過ぎてこれはこれで僕的にもアウトかもしれん……」
「え? なになに?」
「なんでもないっす。いいですよ。好きにしてください……」
「わーい。ありがとー。うへへー」
可愛い顔を台無しにしかねない不気味な笑みで僕の髪を切っていく。本日も桐さんは絶好調だ。
どうして僕の周りには残念系美人ばかり集まるんだろう……。
「…………はぁ」
四条河原町にある桐さんの美容院から外に出ると、どんよりと曇った空から雨が降り出していた。
もうすぐ六月も終わろうとしているのに、今年の梅雨はなかなか終わろうとしない。
僕は雨が嫌いだ。鬱陶しいし、なんとなく陰鬱な気分になる。傘持つのも面倒だし、傘を忘れた日なんて最悪だろう。今日は事前に天気予報をチェックしていたから、しっかり持参しているけど。
アーケードを過ぎると商店街の天井がなくなるため、横断歩道手前で傘を開く。大通りを往来するサラリーマンやOLさん、学生さん達も同じく面倒そうな表情で雨を睨みつけていた。
「……ハッ!? いかん、いかん」
どんな時でも笑うと、ニート師匠に約束したんだった。しんどくても面倒でも不幸でも、何かしら笑えるはずだ。もし笑える要素がなくても、無理矢理に笑ってみよう。
「…………(にっごり)」
楽しくないのに無理矢理に笑う僕の笑顔は、よっぽど歪だったんだろう。横断歩道の真ん中ですれ違ったお姉さんが、とても不快なものを見たような目で僕を一瞥した後、舌打ちまでして足早に去っていった。
「……なるほど。実に面白い」
そんなことを一人呟いてみる。
我ながらアホ過ぎて笑えた。今度は歪な笑顔じゃなく自然な笑顔だと思う。……自虐的な笑みかもしれないけど。
「よし。面白いことをしよう。こんな時、ニート師匠ならどうするか?」
雨が降っている。気分が塞ぎ込みそうだ。さっさとバスに乗って自宅に帰りたい。だからこそ、あえて……。
「あえて、歩いて家に帰る!」
そう決めた僕は、四条河原町のバス停を華麗にスルーし、徒歩だと三十分はかかる自宅までの道程を元気良く歩き始めた。
ちなみに出掛けに確認した天気予報によると、本日の京都市は一時的に集中豪雨が降るらしい。その時間帯は確か16時付近だったハズだ。
ちなみに現在時刻は15時45分。
「なにしてんだろう、僕……。バカなのかな……」
心底そう思う。そう思ったら、また笑えた。
カフェのバイトに五件連続で落ち、頼みの綱の桐さんにはあまり慰めてもらえず、もうすぐ集中豪雨が降る京都の街を無駄に徒歩で自宅へ向かっている。これまでの僕だったら、絶対にあり得ない行動だ。
だからこそ笑える。笑う角には福が来る。……たぶん。
そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、五条通に差し掛かった所で雨が本格的に強くなった。
集中豪雨の時に外に出ることなんて一度もなかったから分からなかったけど、集中豪雨ってマジですごい。ほんと、お風呂で浴びるシャワーよりも強いくらいの水圧で雨が降ってくる。なにこれ。足下とか超ぐちゃぐちゃだけど、逆に楽しい。
ただ、このまま歩行を続けるとマジで着衣泳みたいなことになるため、五条通を渡った先で軒下に避難させてもらった。建物の中へと続くドアには『フラミンゴ ダンス レッスン受付中!』とある。ほんの少しだけ検討する代わりに雨宿りさせてもらうことにしよう。
ぼんやりと道路を見つめていると、信号待ちで原付に乗っているおじさんが泣きそうな顔をしていた。……原付だと、どうしようもないよね。横断歩道には、この強雨の中、果敢にも進撃を中止しないOLさんが佇んでいる。傘は持っているけど、そんなものは役に立たない。足下はぐしょ濡れだ。
――と、そんな風にぼんやりと見守っていたOLさんの隣に、セーラー服を来た小さな女の子が並んだ。どうやら傘は持っていないようで、このシャワーみたいな豪雨の中、鞄を頭の上にやっただけで赤信号を待とうとしている。
非常事態なんだから、見知らぬ人でも傘に入れてあげればいいのに……とOLさんを見るも、お姉さんは知らん振りで前を見つめている。ひょっとしたら、気づいていないのかもしれない。
「あー…………」
別に、邪な気持ちはない。ただ、この雨の中、男である僕がのん気に雨宿りして、小さな女の子を強雨に晒すっていうのは……なんとなく、気分が悪かった。
僕は不審者と思われるのも覚悟して、女の子に近づいていく。
「あの、こっち! 屋根があるから、雨宿りしよう!」
「……え?」
軒下から出て傘の半分に女の子を入れると、びしょ濡れになっていた女の子がとても驚いたような顔をした。
だけど、この雨の中で屋根はありがたかったのか、大人しく僕の指示に従ってくれる。二人で横断歩道からダンス教室の軒下へと移動した。
「すごい雨だよねー。大丈夫?」
「は、はい……」
世間話を振ってみるも、女の子は恥ずかしそうに俯いてしまう。
どうしてだろうと視線を下げると……。
「す、透け……っ!」
「~~~~っ!!」
「あ、いや、あの……ごめん……」
そりゃあ、雨だもんね! セーラー服って薄いし、白いもんね! 濡れちゃったら、そりゃあ透けちゃったりもするよね!
気まずくなったので、全力で女の子とは反対側を向く僕。
ああ……最近の女子中学生ってライトグリーンの下着とか着けたりするんだ……って、僕のバカっ! いくらなんでも未成年に手を出したら犯罪だぞ!? 見るだけでもたぶんアウト!
そんなことをごちゃごちゃ考えていると、視界の端で交差点の反対側の信号が黄色になるのが見えた。もうすぐ、横断歩道の信号は青になるだろう。
「あの……これ、あげるよ」
「……え?」
大きな通りだけあって、右折専用の青信号が点灯している。横断報道の信号が青になるまでには、もう少しだけ時間がありそうだ。
僕は、なんか色々な謝罪の意味も込めて、持っていた傘を女の子に向けて差し出した。
「僕の家、すぐ近くなんだ。それにこの雨、予報だともう少ししたら上がるはずだし。僕はもう少しここで雨宿りしていくから、急いでいる君に、この傘あげるよ」
「で、でも……」
女の子が逡巡する気配が伝わってくる。気配しかわからないのはもちろん、僕がそっぽを向いているからだ。
「大丈夫。僕は何も困らないから。……それにほら。このまま君を放り出したら、僕が色々と不審者っぽいじゃないか。だから、僕を助けるという意味でも受け取って欲しい」
自分でも何を言っているのかよく分からなかった。だから、隣の少女にはもっと訳がわからなかったと思う。……白状すれば、彼女の透けた下着を見てしまった罪悪感を紛らわすためという、非常に利己的な理由だったのだけど、それでもこの少女が助かるならそれでいいと思ったり……って、ほんとに混乱してるな、僕。
「お願いします、受け取ってください」
横断歩道の信号が青になる。長い信号待ちにイライラしていたOLのお姉さんが歩き出したのを見て、隣の小さな女の子も心を決めたようだった。
「……ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて使わせて頂きます」
「うん。安物だから、捨てちゃっていいからね」
本当はコンビニで千円もしたお気に入りのビニール傘だったけど、あえて僕はそう言った。
視界の端でぺこりと少女がお辞儀をし、まだ一向に弱まらない雨の中へと踏み出していく。その背中に、少女には不釣合いなほど大きな鞄が背負われていることに、今さらながら気づいた。
「あれは……ギターケース?」
余程急いでいるのか、この豪雨を全く気にしないといった勢いで駆けて行く。
集中豪雨が弱まったのは、それから二十分後のことだった。
「……ってことがあったんです」
「おい、マジかよ! お前、どうしてそこで連絡先聞かねぇかな~っ! 向こうの連絡先が聞けなかったとしても、傘を口実にお前の連絡先を渡せば済む話だろうが! まったく、それでも一流のナンパ師かよっ!」
「いや、僕は一流のナンパ師じゃないですし、そもそもナンパ目的でもなかったと言いますか……」
雨が弱まったタイミングを見計らって帰宅し、待ち構えていた師匠に事の成り行きを説明すると、そのまま説教が始まった。
「ナンパというと晴れの日に二人組とかでやるのを想像する奴が多いかもしれねーが、一人でソロ狩りするなら、雨の日ってのは結構有利なんだ。今回もそうだったけど、雨宿りや傘なんかでいくらでもきっかけ作れるしな。結局、ナンパってのはきっかけ作りなんだ。自然に話しかけて知り合うきっかけさえ手に入れば、その後の方法なんざ、どーとでもなる」
相変わらず一般ピープルが知りえない知識を熱弁する師匠。今回は完全にまぐれとは言え、経験値ゼロでレベル1の僕がスムーズに知らない女の子と接点を持てたため、その熱意もいつも以上だ。
「かぁ~~っ! だが、過ぎちまったモンは仕方ねー! 今後は気をつけるんだぞ!」
「はあ、わかりました……」
僕はといえば、なんとなく釈然としない感じである。誰がなんと言おうと、あれは善意百パーセントの行動であり、ナンパしようなんて邪な思いは微塵もなかったのだから。もっとも、結果としてちょっぴり邪なハプニングも起きちゃったけどさ。
「で、だ。次の作戦はどーする?」
「次、と言いますと……?」
「次っつったら、次だよ。新たな女と知り合うための作戦ってやつ。お前、カフェのバイト全部落ちたんだろ?」
「……ぎゃふん」
お願いだから、もっと優しく接してください。心の傷はまだ癒えてません。
「なんだよ、落ち込んでんのか? たかだか五回失敗しただけだろーが。エジソンなんて丸い電球作るために一万回も失敗してんだぞ? あいつは真性のアホだ」
「いやいや! たった一万回の失敗で電球作れるなんて、完全に天才でしょう!」
「ほう。なら、たった五回くらいの失敗で彼女ができるなら、安いもんだと思わねーか?」
ニヤッ、と悪どく笑うニート。返す言葉もない。
「しゃーなしだな。バイトは引き続き女が多そうなやつに応募するとして、それ以外の出会い……そうだな。次はセミナーとか、行ってみるか!」
「セミナー?」
「ああ。色々あるんだけど、最近、私の好きなビジネス書の作者が京都で安めのセミナーを開くことになってんだ。それに行こう!」
「別にいいですけど……。セミナーって、何なんですか?」
「まっ、平たく言うと勉強会みたいなもんだな。費用はピンキリだが、今回は三千円だ」
お金払ってまで勉強するとか、意味が分からない……。
そんな思いが頭に浮かんだけど、何事も楽しむと決めていたので、僕は必死に笑うことにした。
「う、うおおおお! テンション上がってキターーーーー!!」
「おおっ! 我が弟子もかなり成長してきたなー!」
無理矢理元気を出す僕に満足そうな師匠。
……まあ、『笑う角には福来る』っていうのもどうやら本当のようだし、これはこれで悪くないのかもしれない。
「というわけで、人間関係というのはこの表の斜めの関係で成り立つのです。具体的に言えば――」
翌週土曜日。
僕は師匠が誘ってくれたセミナーとやらに参加していた。
テーマは人間関係らしい。人の感情の状態を四分類して表に示し、それの相関関係について講師が解説をしている。例えば、部下をコントロールしようとして檄を飛ばす上司のような人間に相対してしまうと、大抵の人は無力感を感じて思考停止みたいな状態に陥るらしい。
一見、当たり前のような気もするけど、面白いのは、そうやって激を飛ばしている上司にもこの原則が当てはまるということだ。つまり、その上司も似たようなタイプから怒られたりすると、部下のように無力感を感じて思考停止に陥る、と。
同様に、ポジティブなことを言って未来ばかり語る前向きな人と、ネガティブでうじうじと過去を嘆く人もワンセット。……確かに、レストランとかでこんな関係の夫婦を見たことがあるような気がする。やたらと陽気で料理を褒めちぎる旦那と、食事の代金を気にして文句を言う奥さんという感じだ。
普通はその関係が固定されて続くわけだけど、もしここで旦那さんが奥さんの気持ちを心底考えて「そうだよね……。ごめんね……。うちにはこんな余裕が無いのに……。ああ、未来は真っ暗だ……」とか超ネガティブになると、それをフォローする奥さんが今度はポジティブになるという。
うーん。深い。休日に、わざわざお金を払って勉強するなんて意味分からんとか思っていたけど、こんな風に面白いことを教えてもらえるなら、セミナーも悪くないかもしれない。
参加者は一人も居眠りなどせず、みんな真剣に講師の話に耳を傾けていた。学校じゃあ信じられない光景だ。『大学を卒業してから真の勉強が始まる』みたいな言葉も聞いたことがあるけど、こういうことだったのかもしれない。
「それでは、自分が普段どのポジションにいるかと、自分が家族からどのような影響を受けたかなど、自由にシェアしてください。そうですね、近くのテーブルのメンバー四人ずつくらいでお願いします」
講師がそう言うと、僕の前のテーブルに座っていた二人が振り返った。……げっ。もしかして、グループディスカッションみたいなことをするのだろうか。
「……頑張れよ?」
隣のテーブルに座っていた師匠がニヤリと笑って、別の方向を向く。なんで一つのテーブルに座らず、隣のテーブルの席に着いたのか疑問に思っていたけど……その謎は今、完全に氷解した。師匠はこのセミナーでこんなワークが行われることを知っていたのだ。
ぐぅっ……あくまで自分の力で女友達は作れということか……。
「それでは、私からシェアさせていただきますね。あ、これ私の名刺です。寺町通の奥でアロマセラピーをやっておりますの」
そう言って名刺と一緒にカタログみたいなのを渡してくるおばさん。……関西的には『おねーさん』と言うべきなんだろうけど、どう見ても30代後半~40台前半の女性を『おねーさん』と呼ぶのには抵抗がある。
というか、今さら気づいたけど、僕のグループってこのおばさんの他にはおじさんと大学生風の女の人が一人だけだ。ってことは、最初から可能性が低すぎじゃないか。
アロマセラピストさんが自分と顧客の関係について長々と語り、その後おじさんが電気製品の修理をしながら如何に顧客のクレームと家族の文句に対応するのが大変かということを切実に、泣きながら語った。……おじさん、頑張って。
そして、次が僕の番。面白い内容だったけど、まだ大した年数を生きてない僕には語ることが無いという旨を正直に発言すると、セラピストさんと電気修理屋さんが優しげに微笑んだ。
……で。大学生さんのターンだ。
薄いナチュラル系のメイクに、地のままの黒髪。涼しそうな素材のワンピースを着ていて、足下は上品なサンダルだった。なんだか、どことなく育ちのいいお嬢様といった雰囲気がある。
「あ。こんにちは。わたしは東城由果と言います。21歳です。今日のセミナー聞いてて思ったのは……そうですねー。わたし、彼氏がいるんですけど、すっごい大雑把と言うか配慮のない彼で。で、普段は大人しくしてるんですけど、一度だけ逆ギレしたことがあるんです。そしたら彼、その時は随分と気を遣ってくれて……。あの表って、そういうことなのかなーて思います」
……なんか、色んな意味で『今時の大学生』という感じだ。それよりももっと衝撃的な事実として、この人、普通に彼氏持ちだった。それはそうか。なんていうか、男受けが良さそうなタイプの美人だし。
その後、講師が各グループに対して意見の発表を求め、全グループの発表後に講師自らまとめを述べてセミナーは終了した。
「おう。どうだった?」
ニッコニッコと楽しそうなニート師匠。
「最悪です。唯一可能性があった大学生風の人は普通に彼氏持ちでした。……ていうか、事前に言っておいてくださいよ……。僕だってあんな風にグループで話し合うことが分かってれば、それなりのポジションを確保したのに……」
「あーん? まぁ確かに同じグループになってれば楽だけどな。でも、他のグループの人にだって普通に話しかりゃいいじゃねーか。ほら、路上ナンパだと難しいけど、今この部屋にいる人間には『セミナーの内容』っつー共通の話題があんだろ」
「それは……そうですけど……」
無理だ。難易度が高すぎる。
先日の女子中学生は非常時&守備範囲外の年齢ということでなんとかなったけど、僕は未だにコミュ障なのだから。
「……ったく。仕方ねーやつだなー。この後飲み会あるらしいけど、そこで目当ての女からアドレス聞くか?」
「いや……あんまりこの会場に好みのタイプはいないと言いますか、いたけど彼氏持ちだったと言いますか……もっと言えば、僕はまだ未成年です」
「つまんねー奴だなー。今時、大学生で酒の年齢気にしてる奴なんていねーだろ」
いや、それは色々とアウトな発言なんじゃないのか。僕はきっちりと法令を遵守しているし、大学に落ちちゃったから実際の現場は分からないけど。
「まあいい。帰るか。何枚か名刺はもらったんだろ?」
「え? はい」
セラピストさんと電器工事士さんが名刺を渡すもんだから、大学生のお姉さんや僕も紙にアドレスを書いて渡したのだ。結果、僕もお姉さん――東城由果さんのアドレスゲット。……彼氏持ちだけどね。
「はん。いいじゃねーか。彼氏がいようがいまいが関係ねー。必要だったら、奪ってやればいいんだよ」
さすが師匠。男よりも漢らしい。
そんなこんなで、僕は人生初のセミナー会場を後にした。……と、そこで僕のポケットの中に入れていたケータイが震えた。
「お、おわぁっ!? な、なんだケータイか。久しぶりに鳴ったもんだから、テロ攻撃かと思っちゃった……」
「お前……ほんとに友達いないんだな……」
師匠が哀れみの目を向ける。激しく放っておいてほしい。
というか、このニートもすごく時間あるはずなのに、僕以外の人間と遊んでいるところを一度も見たことがないぞ。たぶん、この人もぼっちだ。
「あ、えーっと。もしもし?」
『もしもし。新見秀樹さんですか? 先日のカラオケ店の者なのですが、ぜひとも新見さんを採用させて頂きたいと思いまして――』
「…………」
なおも声が流れ続けているケータイから顔を離す。
「……師匠。なんか、電話の向こう側の人が僕を採用したいって言ってるんですけど」
「おー。マジで? よかったなー。バイト決まったのかー」
「……僕が、バイト採用に……? そんな……嘘だ……」
「……おい。バイトくらい、決まるのがフツーなんだよ」
それはそうなんだけど、ここのところ不採用続きで、自分が採用されたことが信じられなかった。
不景気って、やだよね。