67,水鏡女学院へ 道中 出会い
サブタイトルが微妙ですが・・・ 仕方ない。
さぁ、書けました。どうぞ。
「ねぇ、樹枝。
ちょっと不思議に思ったこと、聞いてもいいかしら?」
「何ですか? 詠さん」
俺と雛里、樹枝と詠殿の前後二人ずつに分かれて水鏡女学院へと馬を進めながら、会話する二人の声へ少し意識を向けておく。
仕事を共にしていただけあって二人の会話は多く、無意識なんだろうが男女でありながら距離感も近く、お互いそれなりに信頼している様子は同僚という括りこそ抜けていないようだが仲睦まじいことに変わりはない。
このまま順調にいけば、華琳と話していたことは杞憂に終わるかもしれないなぁ。
「あんた、なんで男物の服を着てるの?」
「え?」
その発言に俺のみならず隣に並んでいた雛里も振り返るが、詠殿の目はあくまで真剣そのもので、その視線にさらされる樹枝の精神力が減っていくのがこちらから見ても明らかだった。
「これが通常ですから!」
樹枝はすり減った精神力のものともせずにツッコミ返すが、詠殿はそうではないというように首を振って、何故か前の雛里を指差す。
「いや、流石にそれはわかっているわよ。
けど、水鏡女学院について知ってる人の話を聞きに千里とあんたの叔母の所に行ったら、前の時は女学院の制服を着て行ったってことを聞いたのよ。
あんたがどうして最初に訪れた時に性別を偽ったかは知らないけど、顔見知りとしていくなら女装をしないといけないんじゃないの?」
「姉上えぇぇぇーーーー!
というか、千里さんはほんの少し見かけただけですよね?! 何で僕が女装してたって知ってるんですか?!」
ツッコミをいれるべき点はそこじゃない気もするが、樹枝の中で一番理不尽なのはその辺りだろうな。
というか、そんなことした・・・ んじゃなくて、桂花がさせたんだろなぁ・・・
「詠さん、あれは姉上の悪い冗談でして、けして僕の意志ではありません!
というか、洛陽での女装の件もしっかり説明しましたよね?!」
「千里じゃないんだから、普通は公式の場でそんなことをさせるわけないじゃない。
洛陽の件もそうだけど悪ふざけにしては度が過ぎてるし、女装をさせる意味がこれと言って浮かばない以上は何かの策なんでしょ?」
詠殿から出た思わぬ言葉に、それどころではない樹枝に替わって頭を抱える。
そりゃ、華琳達の人となりをまだ理解しきれてない詠殿にはほとんど全部が悪乗りだとは思わないだろう。
そもそも洛陽に入ること自体『出来たら良い』程度の希望でしかなく、もし仮に洛陽で仕官できなかった場合は水鏡女学院に派遣して、多くを学ばせようとするつもりだったということも華琳と桂花の口から聞いている。その際に樹枝が洛陽に入り女官に採用されるまでの詳細を聞いたが、あれは酷かった。
「あとで説明させてください・・・」
「では、僭越ながら私が説明を・・・」
「緑陽! お願いですから、あなたは黙っていてもらえますかね!」
げんなりと肩を落としかけた樹枝へと追い打ちをかけるのは影から飛び出て来たのは緑陽であり、この子も樹枝の話題となると嬉々として影から出てくるよな。洛陽関係で何かと供をするようになってからその距離感も他と比べればいくらか近いように感じるし、まさかな。
現に今も肩を落としかけた樹枝は彼女の一言によって持ち直し、怒鳴る元気を得てるように見える。勿論、けして褒められた方法ではないが。
「よ、よくお似合いでしたよ?」
「嬉しくない褒め言葉ありがとうございます!」
雛里なりの助け舟を出すが、傷口に塩を塗る行為でしかない。
「ま、まぁ! そうでなくても卒業生である雛里も居るし、桂花にも一筆書いてもらってるから大丈夫だろ。
それでも駄目な時のために、千里殿からも一筆貰ってるしな」
場の空気を誤魔化すように俺が言えば、なんとか樹枝への追い打ちは終わってくれた。
念入りしすぎだとは思うが、劉弁様と劉協様をお迎えに行く以上失態はないに越したことはない。護衛という面での不安は拭えないが、下手に厳重な警戒をして侵略行動と思われても厄介だ。
そのため今回は常に俺の影に居る白陽の他に、青陽と緑陽もついて来てくれている。現在、樟夏と共に幽州との連絡役を担うために橙陽も陳留を離れ、残りの四名が留守番という割り振りとなっている。
「劉協様、か・・・」
ほんのわずかな間だけ関わったあの時の劉協様のことを思い出し、思い出を探すよう視線を遠くに向けてしまう。
魏の将ではない千重が記憶を持っている可能性は低く、おそらくは同じ名前・同じ時代の、違う時の流れの別人だろう。
この大陸でもっとも尊い帝の血を引いた高貴なる方に、俺はあの時とは違う立場で向き合うことになる。
「冬雲さん? どうかしたんでしゅか?」
「いや、なんでもないよ」
寂しくないなんて言ったら嘘になる。だけど俺にそんなこと言う権利はないし、華琳達に記憶があるのが既に過剰な幸福なんだ。これ以上望むなんてあまりにも贅沢が過ぎるだろう。
これからの関係がどうなろうと、あの時のように言葉を交わすことが出来なくても、俺は俺に出来ることを全力で行うことに変わりはない。それにかつて彼女が負い目に感じていた劉弁様の死がなくなったことを考えれば、事態は好転していると言っていい。なら、それでいいんだ。
「そう言えば雛里、この後の道はどんな感じなんだ?」
「あっ、はい!
もう少し行けば一つだけ大きな集落があって、そこから半日ほど馬で進んでいけば水鏡女学院に到着します」
思考を切り替えるために雛里にこの後のことを聞けば、答えは簡潔なものだった。
教え子達によって実力だけを世に知らしめながら、その所在も、師である司馬微も謎に包まれたままの水鏡女学院。近くの集落に行くのに片道半日もかかる場所にある女学院はやはり辺境だと思うが、そんなところにあるからこそ才ある者を守ることも出来たのかもしれない。
「じゃ、一度そこで休憩してから水鏡女学院に行くか。
帰りのために馬か、馬車を調達することになるだろうし、その下見も兼ねて集落を軽く見て回っておこう」
俺の言葉に三人が頷くのを確認してから、この先にある集落へと進んでいった。
集落についてからは馬と馬車を確認する俺と雛里、市場を確認する樹枝と詠殿に分かれて行動することにし、集合場所と決めた茶屋で解散した。
「だけど、暇だな・・・」
女学院時代、月に数度あった買い出しなどで雛里はここを訪れていたらしく、知り合いを通してさっさと馬と馬車の手配を終えてしまい、一足早く雛里と茶屋でくつろぐとなった。
「私は・・・ 嬉しいです。
その、役に立てたこともですけど・・・ 冬雲さんをこうして独り占めすることが出来て・・・」
言いながらも大きな帽子で恥ずかしそうに顔を隠す雛里の嬉しい不意打ちに頬が緩んでしまい、帽子越しに頭を撫でてしまった。
「じゃぁ、暇とか言って申し訳なかったかな?
雛里とこうして過ごすことが出来てるんだから」
「い、いえ! そんな・・・ 謝られるようなことじゃないでしゅから!」
「うーん・・・ 何かお詫びしないと」
「そ、そんな大袈裟にしなくていいです・・・」
当然本気だが、言葉的にはやや大袈裟にしている自覚はある。だけどそれは、目の前で慌てたように手を動かす雛里が可愛いから仕方ない。
でも、何がいいだろう?
どうせ贈るなら常に身につけられるものがいいけど、制服とか帽子は気に入ってるようだし、雛里は文官だしなぁ。
「冬雲さん? その、聞いてますか?」
「大丈夫大丈夫、聞いてる」
目元につけてる仮面に触れつつ、雛里をじっと見ながら贈り物を模索する。
文官だから筆の類でもいいんだろうけど、常に使うものだから上等な物を持ってそうだしなぁ。お菓子を作るのが趣味だから材料とかでもいいんだろうけど、それだと多分俺達に振る舞って終わるだろうし、かといって俺の権限じゃ休みとかを得ることは出来ない。となると装飾品が妥当なんだけど・・・
首元は作業するのに邪魔かもしれない。指輪はいいかもしれないけど、俺が照れくさいからまだ贈れない。
「帽子飾り、かな・・・」
「冬雲さん、聞いてませんよね?」
「大したものじゃないから、贈らせてくれよ。
ちょっとしたお詫びなんだからさ」
注文した茶菓子を摘みながら笑えば、雛里もようやく観念したらしく呆れたような溜息を零していく。
「はぁ・・・ 一つ一つにお詫びなんてしてたら、冬雲さんはすぐに破産しちゃいますよ?」
「そこら辺は考えながらやってるから、大丈夫さ」
俺のことを皆して無欲っていうけど、欲しいものを尋ねたら『冬雲一日占有権』とかを素で答える皆も大概無欲だと思う。あっちじゃ『物より思い出』とか何かで言ってたけど、物を贈ってもらったっていうのも一つの思い出なんだから両方あってこそのものだと思うんだけどなぁ。
「お客さん、すみません。
お一人の方と相席になってもよろしいでしょうか?」
店員からの言葉に人見知りの強い雛里に一応視線で確認すれば頷いてくれたので、俺も笑顔で了承する。
すると、店員の影から現れたのは
「ごめんなさいね」
薄紫の長い髪を揺らし、鮮やかな肩掛けを羽織り、豊満な胸を揺らしながら、布に包まれた背丈ほどの何かを手にした女性が立っていた。
そこに居たのはかつて秋蘭と共に弓の名手として知られた黄漢升、その人であった。
「いてっ」
「冬雲さん・・・」
突然走った手の甲の痛みを確認しようとすれば、俺の手の甲を伸ばしていた雛里の指があり、指先から雛里の顔へと視線を辿れば何故かその頬は風船のように膨れている。
「いや、あの・・・ 別に見惚れてたとかそう言うんじゃないんだけどなぁー?」
聞き入れてもらえないことを承知で口にすれば、当然雛里は拗ねたようにそっぽを向いて本当に小さな声で『知りません』なんて言ってくる。
こういう時だけ、この面子の中で記憶を持ってるのが俺だけというのが辛い。説明できないし、言い訳出来ない。
「ふふっ、なんだか別の意味でもごめんなさいね」
笑ってる時点であんまり悪いとは思ってないだろうし、むしろ面白がってるようにしか感じられない。
「いや、こちらこそ不躾に見つめたりなどして申し訳ない」
「どうかお気になさらず。
彼の英雄である方に見惚れられるなんて、友人に自慢したくなるようなことですから」
あー・・・ やっぱりばれるよなぁ。
この仮面も目立つし、白髪も目立つ。劉協様達を迎えに行くのに身分を隠すような服装は出来ないし、旅時において完全な正装も出来ないから外套を被って隠す程度しか出来なかった。かといって仮面を取ったら傷のせいで人相が悪いとかで悪目立ちし、目立たないで行動するということは出来ない。
英雄という所でやや声量を押さえてくれたのが、黄忠殿の優しさだろう。
「申し遅れました。
私は黄忠。つい最近まで劉璋様の元に仕え、太守をしていたものです。
お二人は曹仁様と、『鳳雛』である鳳統様でよろしいですか?」
ん? していた?
「お辞めになられたのですか?」
俺達の正体を当てていく黄忠さんの言葉に頷き、互いに軽く頭を下げ合うが途中の言葉に引っ掛かりを感じておもわず問い返す。
「えぇ。ある方の薦めもあり、娘を連れて一線を引こうと思いまして。
一度は娘を連れて女学院まで行ったんですが、引継ぎなどに少し時間がかかってしまいいまして・・・ なので、久し振りに娘と会えるんです」
娘さんのことを語る黄忠殿は本当に嬉しそうで、つい先程見せた微笑みよりも母としての表情の方が好きだなぁと思ってしまった。
「それがいいかもしれませんね。
女学院はとても安全な所ですから」
周囲から隔絶した場所と、荀家という名家に守られる以前からその実力を持って一つの聖域として成り立ってきた私塾。それがどれだけの偉業であり、不可解なことなのかは語るまでもない。創設者である司馬微には、底知れない恐ろしさを感じる。
「こんな辺境に英雄であるあなたが何の御用で?」
「少々水鏡女学院に用がありまして、ここで義弟と仲間を待っているんですよ」
この辺りで他にあるものは水鏡女学院しかないので、黄忠殿も俺達が向かう場所には察しがついていただろう。
「行く場所が同じなら、同行してもかまいませんか?
情報の入りにくい山の奥にいたもので、隠居前に大陸の現状についてもお聞きしたいので」
黄忠殿の言葉に俺は少し考えかけるが、馬車について聞かれても雛里の私物を運ぶことにすればいいだろうし、劉協様達についても語る必要はない。
それにしても弓の名手である黄忠が隠居、か。
「かまいませんよ。
では、義弟達が来るまでの間、三人で交流を深めるとしましょうか」
「ふふっ、本当に噂に聞く通りの方なのね」
「噂?」
「曹の名の下に仁を持ち、まさにその名の通りの方。
自他の隔てをおかず、一切のものに対して親しみ、慈しみ、情け深くある方だと山の奥を訪れる商人まで口を揃えてそう語る。
持ちうる武を人のために振るい、持ちし智を民のために使う。彼こそ正に英雄だ、と」
持ち上げられすぎて最早自分の事とは思えず、他人事のように聞こえてくる。
天和達の効果かなー? それとも司馬姉妹の情報関係なのか、はたまた華琳の狙いなのかはわからないけど、広まりすぎじゃね? というか、やめよう?! あんまり持ち上げすぎると、本人に会って実際に話したりしたらがっかりするからさぁ!
机に肘をついて腕に頭を預けて俯く俺を見て、二人が笑った気がした。
まだまだ、水鏡女学院に続きます。
次も本編。この続きを書いていきます。
来週はいろいろ用事がつまってますが、週一投稿頑張りますよー。




