44,泗水関にて 英雄
この後、すぐにもう一本投稿します。
華雄殿と関羽殿による泗水関での一戦から早数日、先兵隊に出された劉備・白の遣い軍や、関への探索などを行った袁紹軍以外の陣営は暇を持て余し、もっぱら日々の雑事やそれぞれがある一定の節度を持ってしたいようにしているのが現状だった。
当然、俺もその中の一人なのだが、『英雄』という肩書きによって自由に動きが取れるような状況ではなかった。何せ他諸侯は『英雄殿に挨拶をしたい』ということを理由に、こちらへと足を運んでくる。人を出迎えるのに汗だくというわけにもいかず、隊のことを牛金に任せ、俺はずっと本陣で書簡仕事を行うこととなった。
「俺なんか見て、何が楽しいんだかな・・・・」
この数日、数えるのも嫌になるほど多くの者と会い、流石にげんなりとしてきた俺は机に突っ伏す。
書簡仕事を行うと言っても、そのほとんどは来る諸侯たちに関する情報を頭に入れ、軽い腹の探り合いなどを行う羽目になってしまった。
「あら、それをあなたのことを見て一番楽しんでいる私達の前で言うのね?」
そんな俺を見て楽しそうに笑う華琳と、『仕事をしなさい』とでも言うように強く視線を向けてくる桂花に対し、俺も力無く視線を向ける。
「あの人たちが見てるのは『冬雲』じゃなくて、『英雄』だから華琳たちとは根本的に違うだろ。
いや、英雄の重要性はわかってるし、そう言うもんだっていうのはわかるけど・・・ 俺はただの野郎だし、見てて面白くもなんともないと思うんだけどな」
あちこちで俺を引き抜こうとする動きはあるようだし、実際今回もいくつかそう言う話は存在した。
「まぁ逆に、他が俺をどう見ているのかもよくわかったけどな」
他諸侯からしてみれば、赤の遣いである俺がここに居る理由なんて『拾われた恩を返すため』としか見えていない。
その上、今回が以前のような一兵からの叩き上げでなく、初めからそれなりの立場を与えられたことによって、俺が権力や金・・・・ そして、華琳たちの体によって籠絡されたとみなされていることもよくわかった。
もっとも、そんなことを言った諸侯に対して俺がどんな印象を抱いたかは言うまでもないが。
「ハッ! そんなことはどうだっていいわよ!
いいから、シャキッとしなさい!!」
言葉と同時に背後から背中に平手打ちを貰い、俺の背筋は強制的に伸ばされる。
「ていうか、前よりも平手打ちの痛さが比べ物にならないぐらいに強くなってるのは気のせいか?! 桂花!?」
「鍛えてんのよ!! 脳筋にならない程度には!
いい? 一度しか言わないから、よく聞きなさい」
想像していなかった強さにおもわず声が大きくなったけど、それに負けないぐらいの大声で返され、振り返った俺の鼻先に書簡を突き付けられた。
「あんたのことをどの陣営の誰が・・・ この大陸中の、天の世界の人間がどう語って、笑って、馬鹿にしても!」
ほんの一瞬だけ、説教している時の桂花らしくない悲しげな表情見えたのは何故だろう。
だけど、その言葉には力があって、俺は圧倒されるように桂花から目を逸らすことが出来なかった。
「あんたの事ばっか見て、もうあんたのことしか考えられなくて、あんたのことを離したくないっていう人間がここにどんだけいるかを数えてみなさいよ!
っていうか! わざわざ言わなくても察しなさいよ! この馬鹿!!」
とても桂花らしくて、でも前よりもずっと素直で、想いは真っ直ぐで。
いや、違うか。桂花はずっと素直だった。
ただ少しだけわかりにくくて、その真っ直ぐな思いに耐え切れない奴が多いだけ。
「あんたがなんて言われようと、あたし達がそうじゃないって知ってんのよ!
それともあんたは、あたし達のだけじゃ不満なわけ?」
現に今も、暗くなりかけた俺の思考を払うように叱咤をくれた。
「ちゃんと聞いてんでしょうね! 馬鹿冬雲!!」
「聞いてるって・・・ みんなにはいつも本当に世話になってるし、本当に感謝してる」
桂花の説教中だというのについつい考えたことから顔が緩みそうになり、顔を背けて相槌を打つ。
「なら、しっかりこっちを向きなさい!」
「それは勘弁してくれ!」
緩んだ顔を引き締める努力をしつつ、桂花との攻防を繰り返していると華琳からの生暖かい視線を感じ、そちらからも必死に目を逸らす。
絶対俺が考えてること、理解してますよね? 華琳。
「桂花、ほどほどにしてあげなさい。
冬雲はあなたのことが可愛くて仕方がなくて、顔が緩んでいるんだから」
「ですが華琳様! って・・・ え?」
華琳?! 何言っちゃってくれてんの?!
桂花が俺の顔見て固まっちゃったじゃん!
「あ、あんたねぇ・・・」
「本当に、誠に申し訳ございません」
想像していた通り、呆れと戸惑いが混ざったような表情で睨まれ、俺は謝ることしか出来ない。
「・・・・馬鹿」
目を逸らして、終わったはずの書簡を開きだす桂花を可愛いと思ってしまった俺に、反省の色は実はないのかもしれない。
あぁもう・・・ みんなが可愛すぎて、生きるのが楽しい。
「「華琳様、失礼します」」
俺も誤魔化すように近くにあった書簡に目を通そうとした時に幕が開き、斗詩と雛里が入ってくるのが見える。
が、片や斗詩は不自然なほどの笑顔、片や雛里は自分を責めるように顔を俯ていた。
「二人とも、どうかしたのかしら?」
「あの・・・・ その・・・」
「では、まず私から」
何かを言おうとして口籠ってしまう雛里に、斗詩は肩を叩いて後ろへと下がらせる。どう見ても笑っていない笑顔をしていても、こうしたささやかな気遣いを忘れないのが斗詩の良い所だと思う。
「華琳様、樟夏さんを月まで吹き飛ばしていいですか?」
いや、何でだよ。
会話に口を挟まずに内心でツッコみを入れつつ、書簡に書かれていることを頭に叩き込んでいく。
まぁ、樟夏が吹き飛ばされるなんて恒例行事だから仕方ないけど、斗詩がここまで怒ってるのなんて珍しいなぁ。
「昨日、こっちに訪問してきた猪々子に関することね」
「はい。
文ちゃんがようやく自覚したこともですけど、あの鈍感男が何気ない一言で文ちゃんを傷つけたのは許せません。ただでさえ、今回の一件は麗羽様も・・・!」
「あの子が想いに自覚したのは祝福すべきことね。
無自覚で終わり、『気のせい』で終わってしまう恋よりもずっといいわ。
それに猪々子も、『諦める』とは口にしていないのでしょう?」
俺にはよくわからない上に、絶対に割って入ってはいけない乙女の会話が始まり、意識を書簡に集中させる。
「文ちゃんも自覚するのが遅すぎますけど、樟夏さんは鈍すぎます。
いろいろな方に想いを寄せられていたにもかかわらず、自分から恋をしたときにだけ気づくなんて・・・
あれではあまりにも・・・ 想った側が不憫です・・・」
「寄せられた想いの全てが綺麗なものばかりではなかったけれど、ね・・・
擁護するわけではないけれど、樟夏があぁなった原因は私にもあるわ。あまり責めないでやって頂戴」
言葉のあちこちに、俺が知らない今のことが垣間見えていく。
今も、前も俺は袁紹殿と華琳の関係を全く知らないし、あえて聞くこともなかった。高い地位に生まれたから顔見知りということは想像が出来たし、袁紹殿のことを知っているわけでもない俺が話題に出すことはおかしかった。何より、あの頃は自分のことで精一杯だったし。
「あなたが親友を想っていることはわかるけれど、恋する者を憐れむことだけはやめなさい。それは彼女たちへの最大の侮辱だわ。
許可書を出してあげるから、虎牢関で忙しくなるまでの間は親友として傍に居ておあげなさい」
「華琳様・・・! ありがとうございます!!」
華琳はあらかじめ用意していたらしい書簡を斗詩に手渡し、斗詩は深く頭を下げたと後に幕を飛び出していく。
仕事に関して一切触れないのは華琳の優しさか、それとも既に終えていることが前提のどっちかなんだろうなぁ。
「雛里、あなたも私に話があるんでしょう?」
「はい。その・・・
朱里ちゃんのところへ・・・ 白の陣営のところへ向かいたいので、許可をいただきたいんでしゅ!」
途中からはもう勢いで言いきった雛里の言葉に、華琳からの返事はない。
「・・・それは、昨日袁家から通達が来た捕虜の文書に関係しているのかしら?」
「はい・・・
朱里ちゃんが今回得られるとは思っていなかった功績を得て、何か間違いを起こそうとしているのではないかって・・・・」
「そんな繊細な玉じゃないでしょ、あの臥龍は」
・・・・前から思ってたけど、桂花って孔明さんのこと好きじゃないよな。
いやまぁ、呂布さんの時とか、秋蘭の一件とか、赤壁とかのことを考えれば納得もするけど、なんかそれ以外を含んでる気がすんだよなぁ・・・ 俺の気のせいかもしれないが。
「冬雲、あなたは昨日の通達を見て、孔明の行動をどう感じたのかしら?」
「えっ・・・
あー・・・ そうだなぁ」
話を振られるとは思っていなかったから、軽く目を通したあの文書の内容を頭から引っ張り出す。
孔明さんによって行われたという情報を得るための捕虜虐待。
禁止するというまでには至っていないが、捕虜の扱いを取り決める文書が袁紹殿直筆によって各陣営へと渡されていた。
建前は『殺さずに、兵として使いなさい』という指示であり、本音はそのまま人を気遣う優しいものだということは見て取れた。
「うーん・・・
泗水関を一騎打ちによって明け渡させたことと、一番乗りしたっていうのはかなり大きい。けど、今回の功績でどのみち白と劉備陣営は後ろに下げられる。それなら少し欲をかいて功績を取りに行くのは納得・・・ ていうのが、俺の将としての意見かな」
集まった諸侯の中で駆け出しであるあの陣営が功績を得た以上、虎牢関では自分たちが功績を得ようと我先にと動く者が増える事は目に見えている。
そして、俺たちは今回と同様に本陣を守るという建前の元で、よほどのことがなければ兵を動かすことが出来ないこともわかりきっている。
「では、あなた個人としてはどうかしら?」
「犠牲を嫌うあの陣営らしくない、っていうのが率直な感想だな。
降った華雄殿からわざわざ不信や嫌悪を抱かれるようなことをしている理由も納得がいかないし、袁紹軍がどこからこの捕虜についての知ったかはわからないけど、あまりにも情報が早すぎじゃないか?」
泗水関で捕虜を劉備たちが保護したことは聞いているが、その扱いまでとなると袁紹軍が直接視察に行くか、連合内で噂となることでしか知ることは出来ない筈。
「なら、この策がどんなものなのかは調べる必要があるでしょうね。
大人しく教えてくれるとは思っていないけれど、雛里の不安を取り除くことはしなければならないわ。
冬雲、あなたは雛里と共に白と劉備の陣営に向かいなさい。
護衛にはそうね、凪を連れていきなさい」
「見てくるって、俺が動くのは不自然すぎだろ・・・
大体、もしこれが何かの手段だったら、向こうは俺たちに明かすことだって拒むだろうし」
たとえ友であっても、同じ連合に属する者であっても、自分たちの陣営に関わることをおいそれと口外にするとは思えない。
それに、孔明殿にいたっては俺を嫌ってもおかしくないからなぁ。
親友奪うし、主である二人にとんでもない物を見せてるし、俺が直接やったわけじゃないとはいえ劉備殿と白の遣いから象徴である剣と衣も奪ってる。
ざっとあげただけでも、俺は後ろから刺されそうだな。
「黄巾の乱の英雄が、彼の諸侯に泗水関での戦いに敬意を示し、挨拶に訪れる。何か不自然なところがあるかしら?
それにあなたと雛里なら、あの時のようにある程度現場を見れば想像できるでしょう?」
あの時って、随分前の事なんだけどな・・・
指示を撤回する気もないらしく、華琳は俺を促すように手を動かした。
「行ってきなさい、二人とも」
「ありがとうございます! 華琳様」
「了解っと」
雛里の感謝の言葉と、言葉と同時に立ち上がる俺に華琳は満足げに頷いて、俺たちは幕を後にした。
サブタイトルがいまいちな気もしますが、今回は冬雲を傍から見た現状を伝えたので、これで行きます。




