38,反董卓連合 魏陣営 冬雲の幕にて(続)
もう書けましたよー。
前回の混沌を回収(?)します。
「なるほどね・・・」
現在俺の幕では華琳を中心にそれぞれの陣営に分かれ、そこにいる誰もが姿勢を正して座っている。
沙和は遊撃隊の仕事が残っているとのことで凪によって隊へと強制回収され、先程まで殺気をまき散らしていた白陽は黒陽によって大人しくされ、今は幕の片隅で眠っている。同様に接吻等の問題を起こした黄蓋殿は甘寧殿によって縛られ、白陽とは逆の隅へと転がされていた。
「まず、舞蓮。
あなたには陳留に戻るか、これを機会に自分のいるべき場所へ帰ってほしいのだけれど?」
華琳がまず切り出したのは、本来この場に居てはいけない舞蓮からだった。
だが、流石華琳。真名を呼ぶことと、『娘』や『部下』という言葉を使わないことで舞蓮が何者であるかまでは言及されることのないようにしている辺り、心遣いが細やかだ。
もっともあんな混沌の後に、はたしてすぐさま勢力やら他陣営のことを探ろうとする者がこの場に居るかどうかは微妙だが。
「えー? まず、私ー?」
不満げに頬を膨らませる舞蓮に対して華琳は怒る様子もなく視線を向け、腕を組んで笑顔を向ける。
華琳のこの笑顔懐かしいなぁ、俺も昔怒られたりするときよくやられたものだった。
「ここに居る者の中で、あなたの存在が最も不適切だから言ったのよ。
それでどちらを選ぶのかしら?
こちらとしては後者でも一向にかまわないのだけど?」
「ぶー。言い繕っているけれど、結局それって嫉妬じゃない。
華琳たら、かーわい!」
その一言に周囲の空気が凍りつき、蓮華殿がすぐさま舞蓮を睨みつけるが睨まれた当人は気にした様子もなくケラケラと笑っている。華琳も一見は表情が変わったようには見えないが、ほんの一瞬だけ眉が釣り上がったのを俺は見てしまった。
いろんな意味で華琳にこんなことを平気で言えるのって、舞蓮ぐらいだとしみじみと実感する。あんまり嬉しくないけどな。
「それに前にも言ったでしょう?
ここに居るのはもう虎じゃない、一人の恋する女だもの。
帰ってあげないわよ? 冬雲の傍が今の私の住処だもの」
そう言って俺へと片目を瞬かせ、指先に唇を当てた後俺へと投げつけるような動作をする。
本当に舞蓮って、この手の動作を自然にやるよな・・・・ その行動が今この場に相応しいかどうかは別として。今の行動でさらに華琳の目が厳しくなったし、挙句華琳が視線を俺の方にも向けてきたんだが?
「そう・・・ わかったわ。
あなたに何を言っても無駄なことぐらい、わかっているもの。
あなたへの話が、あとでいくらでも出来るということもね」
それ、俺も出席かな? 出席だよね・・・
舞蓮に関しては俺が責任者みたいなもんだし、今回の当事者俺だし。
「次に黄蓋との接吻の件については・・・・ そう、ね。
冬雲、私の傍に来なさい」
他陣営を流石に怒るわけにもいかないだろうし、接吻に関しては俺が油断しきっていた責任もある。黄蓋殿に唇を奪われた瞬間から、一人一発ずつの張り手ぐらいは覚悟していた。
「・・・了解」
返事をして華琳の傍へ寄ると自分の前を指差し、笑顔で『ここに座りなさい』と示してくる。無論、俺はそれに従い、華琳が何をしてもいいように片膝立ちの姿勢をとる。
「黄蓋に奪われたのは唇だったわね?」
「あぁ」
ここで言い訳を口にするのも、彼女の性にするのも筋違いだ。
形はどうあれ俺はこの陣営以外の女性に唇を奪われてしまったし、俺も客だからと言って拒まなかった。
「そう・・・」
華琳は指先で俺の頬をなぞり、顎を掴んで自分の顔の方へと向ける。その手があまりにも優しく触れてきたことに驚き、華琳は心底楽しそうに笑っていた。
華琳さん? 何でそんな悪戯を思いついた子どものように、それでいて当然の権利だとでも言うように笑っていらっしゃられるのでしょうか?
「では、消毒しなければならないわね」
そう言って俺は、再び唇を奪われる。
みんなの前だとか、見せつけすぎだとか、いろいろ言いたいことはあるが口は塞がれているため何かを言えるわけがない。
「それでこそ華琳様。
我々を魅了してやまない、実にあなたらしい行動です」
「あっ! 華琳、ずっるーい!」
「これが! 格差社会か!!」
「・・・・羨ましい」
周囲の戸惑いが伝わり、称える声、抜け駆けを責める声、落ち込む声、羨む声など多く聞こえてくる。
だが、華琳を止めるような挑戦者はここには居ないだろう。
何よりも最愛の女性との接吻を拒む男がいるだろうか。
いや、いる筈がない。もし居たら、俺はそいつが本当に男かどうかすら疑う。
唇が離れ、顔を赤らめることもなく、俺を見る華琳におもわず微笑んだ。
「華琳は嫉妬深いな」
「嫉妬じゃないわ。
あなたは私の物であり、あの子たちも私の物。だからあなたはあの子たちの物であり、私達もあなたの物。あなたの所持者の代表である私が、他の女に匂いを付けられたあなたを消毒するのは当然の権利であり、義務だわ」
「あぁ・・・
俺の全てはみんなの物で、華琳の物だよ」
まるで子どものような独占欲をわざとわかりにくく告げてくる華琳に苦笑しながら、顎へと伸ばされていた手をそっと掴み、手の甲へと口づけを落とした。
「心から愛してるよ、華琳」
「私もよ、冬雲」
華琳と見つめ合い、互いに笑みを浮かべて立ちあがる。
多分これは嫉妬半分もあるんだろうが、俺が華琳の物であることの見せつけためでもあるのだろう。そんなことせずとも、俺は何を言われても華琳たちのところから離れる気なんてさらさらないが。
立ち上がって周りを見てみれば、何故か膝をついて静かに号泣する北郷と、何やら眉間に皺を寄せて考え込んでいる王平と呼ばれた女性。
「どう見ても北郷と変わらないか若干年上にしか見えないのにこの落ち着きと熟年夫婦ぶり、そして何よりこの老成した風格。仮面で隠れてなおもわかる優しい眼差し、動きの一つ一つから伝わってくる鍛えられた体、行動から垣間見えるのは一途な愛と揺るがぬ信念!
今回は被害者と言ってもいい状況下ですら女性を言い訳にせず、自ら罰せられるかもしれないところに踏み込む潔さまで持ち合わせいるなんて、あなたかっこよすぎでしょ!!
しかも突然の口づけも拒むこともしなければ、流れるような動作で手の甲に接吻とか、超・う・ら・や・ま・し・い!!!
この際、どうしてその年齢にもかかわらずそんな素晴らしい風格を所持しているのかなんてどうでもいい!
こんな素敵な熟成された雰囲気を持つ男性に私が言うことはひとーつ!!」
え・・・・ この人、どうすればいいの?
結構いろんな人に会ってきたつもりだけどこんな人は初めてだし、しかもよく聞いてると自分の欲望だけで俺の重要機密も言える部分に無自覚に近づいてきてないかこの人?!
「北郷・・・ 苦労してるんだな・・・」
この人と同じ陣営に居るってだけで、北郷が苦労しているだろうことが容易に想像できてしまい、樹枝や樟夏を見るような気持ちになってしまった。
彼女からそっと目を逸らし、蓮華殿と甘寧殿へと視線を向けてみれば、何故か二人揃って頬を赤らめ、俺を見つめていた。何故だ?
最後に舞蓮を確認しようとしたその瞬間
「冬雲ーーー!
私にも接吻してーーー!!」
「この唇に今一度、貴殿の熱を感じさせていただきたい!」
横っ飛びで俺の腰へと、二頭の虎が抱きついてきた。
黄蓋殿、あなたはついさっきまで部屋の隅で芋虫みたいになっていたにもかかわらず、どうやってあれを解いたのかと疑問に思うが、そんなツッコミをしている余裕は俺にはない。
腰を挟まれる形での強打にわずかによろめくが、華琳が後ろにいる以上倒れるわけにもいかず、どうにか足を踏ん張る。意地で体勢を保つ俺へと追い打ちをかけるように、目の前で王平殿は膝を折り、真剣な顔をして口を開いた。
「生まれる前から好きでした!
あなたの妾にしてください!!」
だから、この人は一体何なんだよ?!
発言の一つ一つが俺の想像の斜め上すぎて、心臓に悪すぎるんだけど?!
でも一つだけ、はっきりと伝えておかなくてはいけないことがある。
「初対面である俺に好意を抱き、告白をしてくれるのは凄く嬉しい。
だが俺はこの軍に、そして主である曹孟徳に全てを捧げているんだ。
友となることは出来ても、この先どうなるかわからない現状の中で他陣営であるあなたの気持ちに応えることは出来ない。
身勝手且つ守りきれる根拠のない契りを結び、あなたを縛る権利は俺にはない。それに・・・」
真名を許し、あれほど言葉を交わし、触れ合う中でも俺は舞蓮にも唇を許していない。
他陣営で唇を奪われたのは本当に今回が初めての事であり、俺はこの乱世が終わるまで他陣営の者とそうした関係になるつもりはなかった。
互いに剣を向き合うかもしれない相手とそうした関係になってしまうことは、どちらにとっても好ましい状況ではないだろう。
「俺よりもっといい男に会えるかもしれないだろ?」
笑いながら彼女の髪をそっと撫でると、まるで草木の若葉のように柔らかかった。
発言はともかく短く揃えた緑の髪、明るく常に笑顔の絶えない楽しげな雰囲気。こちらへと向けてくる感情に裏も表もなく、とても心地よいもの。
悪い人ではない、と俺の勘が告げていた。
「やっぱり私の目にも、勘に、嗅覚にも狂いはなかった!!
私は決してあなたの妾になることを諦めな・・・」
「冬雲ー! 接吻! 接吻! せっぷ・・・」
「曹仁殿、その唇を儂に今いち・・・」
どうしよう・・・ 俺、自分の勘に自信なくなってきたわ。
なおも諦めずに俺へと詰め寄ろうとした三人の言葉は、三つの重なりなった鈍い音によって強制終了される。
舞蓮は蓮華殿が、黄蓋殿は甘寧殿がそれぞれ一撃を入れていた。
「いったーい!
母を打ったわねー?」
「えぇ、打ちますよ?
行動があまりにも羨まし・・・ ではなく、目に余りますから」
「色惚け老将もとい黄蓋様。
今後曹仁殿にこのような行動をするたびに、鈴の音が鳴ることを心に留めておかれるように」
「フンッ、思春も蓮華様も想いのままに行動しなければ、男になど伝わりはせんのじゃ!
行動せずに後悔し、泣きを見ても知らぬぞ!」
「じゃないと、祭みたいに嫁き遅れるわよー?」
「「黙りなさい! この盛り年増共!!」」
そんなやり取りをしながら、両隣ではもう一度鈍い音が響いた。
一方、俺の前に居た王平殿の隣には雛里とよく似た服を身を包む一人の女性が立っていた。黒というよりも紺に近い髪色をした涼やかな印象を与えるその人は杖を軽く払った後、自然な動作で俺と華琳へと深く頭を下げた。
足が悪いのか右足に体重をかけないように杖をつき、杖に描かれた意匠に目がいってしまう。水仙と檜扇、まったく共通点のない・・・ いや、毒と薬という意味では真逆ともいえる花がそこには描かれていた。
「突然の訪問と入室、そしてこちらの主と同門の者が大変ご迷惑をおかけしているようで申し訳ございません。曹孟徳殿、そして乱の英雄・曹子孝殿。
私の姓は法、名は正、字は孝直と申します。現在平原の地に身を置き、劉備、そして白の遣いの元にて客将として仕えている者。
正式な謝罪は後日こちらから出向きますので、今回はこのような簡略な挨拶をお許しください」
「これはご丁寧に。
迷惑をかけたって言っても大したことじゃなかったんだし、謝罪とかあまり気にしないでほしい」
俺の唇奪われて、詰め寄られて、告白されて、大騒ぎになっただけで、誰も怪我もない。誰も謝る必要なんてない、というのが俺の結論だった。
「これほどの騒ぎになったにもかかわらず、何もなかったと?」
真意を探るようにする彼女の目を、俺はまっすぐと見つめ返す。
「俺の幕で個人的に騒がれた程度、どうと言うことはないさ」
彼女もまた俺を見つめ返し、髪と同色の瞳は俺を見定めているようだった。
しばし見つめ合った後、彼女がほんのわずかだが微笑んだように俺には映った。そして俺たちから背を向け、呟いた。
「あなたとはいずれ立場も関係なく、会話をしてみたいものだわ。曹仁殿。
いいえ、曹孟徳に愛されし赤き天の遣い殿」
俺は後半の言葉の意味が分からず首を傾げてしまうが、背後で華琳が笑ったような気がした。
彼女は右手に杖をつき、左手で王平殿を引きずりながら、いまだに蹲って静かに涙を流していた北郷へと近寄り、一切の容赦なく杖を振り下ろす。
「いっだあぁぁぁーーーー!」
「他人様の幕で、あなたは何をやっているのかしら? 北郷。
付け加えるのなら、一陣営の主を務める者がそのような姿勢であることがどういうことかもよく考えるといいでしょうね。
それと平の脱走まではかろうじて許しにしても、回収が遅すぎる。
私はあれほど平を押さえるのは縄でなく、鎖を用いなさいと言った筈だけれど?」
冷ややかに注意と正論と忠告を混ぜ合わせた言葉で北郷と話し始める彼女を見送りながら、俺は最後に視線を華琳へと戻した。
さっきから何も発言しないことには、正直嫌な予感しかしていない。
「華琳?」
「ふふっ、孫権もなかなかいい感じに育っているわね。
やはり跡取りという責任を持たざる得ないからかしら? それともあなたに出会ったからかしら? とてもいいわ。
個性的且つとんでもない行動力を見せた王平、法正の頭の回転と大胆な行動も素晴らしいものね。
香り高い南国の果実のような孫権、若木のようなしなやかさを持つ王平、儚げでありながら凛と咲く法正。
よりどりみどりの花々に、魅力的な肢体。実にそそられるわね」
華琳の目は、被食者の成長を待つ捕食者のものだった。
「華琳、よだれよだれ」
「おっと・・・」
あの華琳が俺一筋なわけがなく、むしろ趣味嗜好はかつてよりも広がりをみせ、留まるところを知らない。
だが正直俺のことしか見ない華琳なんて想像出来ず、この節操のなさに安心感すら抱いてしまう俺も大概だと思う。
「欲しいわね、全部まとめて」
「無茶言うなよ・・・」
「不可能を可能にしてこそ、行う意味があるわ。
それに今すぐでなくとも、いずれ全てが私たちの元へ揃えばそれでいい」
どこまでも先を、この中の誰よりも華琳は前を見ているのだろう。
本当に、華琳らしい。
なら俺も、その視線の先を共に見るだけ。そして、前を見る華琳の支えとなればいい。
「曹操殿、私達はこれで失礼いたします。
それで・・・ その・・・」
言いにくそうに華琳へと礼をしながら近寄る蓮華殿の手の先には、俺の荷物にかじりついてまで離れるのを拒む舞蓮の姿があった。
流石に俺でもその恰好はどうかと思うぞ? 舞蓮。
「わかっているわ。
あれはこちらが責任を持って預かっておきましょう。
ただ、余りすぎたことをしていると手が出るかもしれないけれど、それは許して頂戴」
「ありがとうございます。
というよりも放っておくと付け上がりますので、遠慮なく」
蓮華殿が最初に出会ったころよりも、大胆になってる気がするのは俺の気のせいだろうか?
「冬雲殿」
華琳から視線を俺へと変え、蓮華殿は俺の手を握り、見つめてくる。
「母でも、姉でも、父でもなく、私は私になります。
そして、他の何者でもない『蓮華』として、あなたを振り向かせてみせます」
それは彼女の一方的な宣言だった。
「それまではあなたとは、この距離で」
そう言って彼女は手を離し、甘寧殿と共に己の陣へと戻っていった。
彼女たちの後姿を見送りながら、俺は呆然とすることしかできない。
「ふふっ、次から次へと大変ね? 冬雲」
楽しげにからかう華琳の声に俺は何も返すことが出来ず、ただ肩をすくめて苦笑するのみだった。
「それはそうと華琳、洛陽に向かった樹枝は今どうしてるんだ?」
空気を誤魔化すように、俺はここに居ない樹枝の事を尋ねる。
洛陽に行かせることは聞いたが、それ以降のことを俺はまったく知らず、知っていそうな桂花や秋蘭に聞いても、何故か笑うだけで教えてはくれなかった。
まぁ、洛陽に居るなら酒屋にでも行けば霞に会えるだろうと思って手紙は渡したけど、俺が知っているのは司馬家の推薦を使ってある仕事へと捻じ込むということぐらいだ。
「洛陽の都で女官をやっているわよ?」
「はっ?」
今日何度目かの信じられないことに、俺はおもわず問い返す。
「冗談のつもりだったのだけど本当に採用されてしまうのだから、凄いものよね?」
「まさか・・・ いつだかみんなが大笑いしてたのって、それか?!」
「えぇ、そのまさかよ」
男にもかかわらず、女官として働いている時点で嫌な予感しかしない。
「樹枝の奴、無事だといいけどな・・・」
洛陽の状況のわからない俺にはここで全力を尽くすことと、弟とまだ再会を果たしていない想い人達の無事を祈ることだけだった。
法正さんが言った『曹孟徳に愛されし赤き天の遣い殿』は稟の視点を見ると、華琳が笑った理由がわかると思います。
冬雲が気づかない理由も真名のこの名を貰った時、彼が考えたことと照らし合わせるとわかるかと。
今週中にもう一本、いけるといいですなぁ。




