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31,決戦 本陣帰還

クリスマス番外よりも先に、本編を。

今夜か、遅くとも明日までには番外も投稿できるように頑張りたいと思います。


読者の皆様、いつもありがとうございます。

「冬雲ーーーー!!」

 戦場に溢れる音をものともせずに響いたその声に、俺は振り返る。

 見慣れた黒髪に広い(ひたい)、紅の瞳を炎のように燃やし、大剣を振り回しながらまっすぐにこちらに突き進んでくる春蘭。

 すぐ後ろから、その背を必死に追うのは季衣。

 春蘭同様に先陣をきる者としての役目を果たすかたわらで、後陣が続きやすいように得物である『岩打武反魔(いわだむはんま)』を大きく振るって道を広げていく。

「春蘭様と季衣殿が怖すぎる!?

 兄上のように仮面を被っているわけでもないのに、角を幻視しましたよ?!」

「樹枝に激しく同意!

 あの姿を見たら、地獄の鬼すら裸足で逃げ出すでしょう?!

 というか、味方でなければ私ならば逃げだしますね」

 そんな雄々しい姿に見惚れる間もなく、義弟二人からいつも通りの言葉が叫ばれる。

 戦場にいても変わらないその余計なひと言。安心する時もあるけど、いろいろと心配になるときがあるな。

 そして俺は、春蘭と季衣が二人を見てから一瞬の間、異常なほど晴れやかな笑みを浮かべたのを見逃さなかった。自業自得の面が大きいので、俺は他人事のように笑うしかない。

 俺、知ーらないっと。

「・・・・お二人は私が言うまでもなく、自ら墓穴を掘られるのですね」

 白陽もそれを見えていたようで、苦笑している。

 どれほどの時間が流れたかはわからないが、あれほど多く隠し持っていた暗器が尽きたらしく、今はさらに身軽になった状態で速さを生かしながら、小剣のみの戦闘方法へと変更していた。

 だが、軽口を言いながらも三人の表情にはわずかに疲労が見える。

 軽口でも叩いていないと、疲労を隠していられないのだろう。

「だな!」

 同意しつつ、俺はさらにその後方から来ている秋蘭たちの姿を確認し、安堵する。

「まっ、俺にはこんなところまで勝利の加護を届けに来てくれた、戦女神に映ったけどな!」

「「あんな荒々しい女神が居てたまりますか!!!」」

「荒々しいじゃなく、あぁいうのは猛々しいっていうんだよ!

 戦場に強く、美しく咲く華は最高だろ?」

 っていうか、秋蘭とかに聞こえてたら、戦が終わった後の方が二人ともボロボロになる可能性が高いんだが?

 二人と怒鳴り合うような形で言いあいながら、最後の一押しをするように援護を白陽に任せて三人で道を斬り開く。そうして作った道に季衣を始めとした兵たちがなだれ込み、俺たち四人を守るように囲む。

 そして、そんな中で春蘭が俺の胸へと、文字通り飛び込んできた。

「しゅ、春蘭? ここ、戦場だからな?」

 突然且つ、春蘭がここまで俺に行動的に抱きついてくることはなくおもわず戸惑っていると、春蘭は小さな声で何かを呟いた。

「・・・ぁくなるかと思った」

「えっ?」

 うまく聞こえなかったのでおもわず問い返すと、頭を押し付けるようにして下を向いた春蘭がいつもの行動からは想像できないような弱い拳で胸を叩いてくる。

「またお前が、いなくなるのかと思った・・・・」

 その言葉と拳には、あの日俺が居なくなってからの春蘭の思いが込められているようだった。

 馬鹿だ、馬鹿だと言われる春蘭だが、春蘭はけして馬鹿じゃない。

 智という面において情けなく見えるのは、それが智に特化する軍師のみんなやそれなりの知識があることが前提である者たちに傍に居たからであって、むしろあの環境に居ながら難しい論理にとらわれずにいる春蘭という存在は希少とすら言えるだろう。

 その素直な考えには、複雑に考えすぎる桂花辺りは不意を打たれることすらある。

 血に濡れた俺の体を離さぬようにしっかりと抱きつかれ、俺はその頭を軽く撫でるにとどめた。

「いなくならないさ。

 俺は、ここに居るよ」

 そう言ってすぐさま、やや乱暴に春蘭の頭を撫でた。

「さっ、我らの惇将軍が戦場の真ん中でこんな姿をしてたら、兵の士気にかかわるだろう?

 曹孟徳が大剣の力を、見せつけないとな」

 無理やり春蘭の顔をあげさせ、ほんの少しだけ潤んだ紅の瞳を見ていた。

 俺はどうしたってみんなを不安にさせてしまうし、心配させてしまう。

 けれど、それは争いが続く限りは誰もが、常に感じてしまうこと。

 『心配しないでくれ』とは互いに言う権利はなく、『生きて再会を果たす』という結果をもってでしかその思いは拭えない。

 だからせめて、この一瞬だけでもその不安を誤魔化せるように、見えないようにするために俺は笑う。

「フンッ! 言われるまでもない!!」

 俺へと背を向け、その肩に『七星餓狼』を乗せて、無意識なのだろうが気を放ち、わずかに髪を浮かせていた。

「それに、あの三人を随分好き勝手に使ってくれたようだしなぁ!

 その落とし前はきっちり払ってもらおうかぁ!!」

 うん、言葉的には落とし前はつける(・・・)ものな? いや、払うでも間違ってなくもないんだが。

「春蘭が言葉を間違えると、なんだかなごむ自分がいる」

 これ、もうある種の病気だと思う。

 でも多分、華琳や秋蘭も同じ病気を発症してると思うんだ。

「冬雲様、その発言はどうかと思われます・・・・」

 俺のその正直な言葉に、白陽から珍しく心底呆れたような視線を向けられた。

「その気持ちには深く同意だが、ここは戦場だぞ?

 ここは我々に任せて、四人は本陣へと下がるといい」

 その言葉と共に駆けていく春蘭とは入れ違いに、秋蘭が俺たちの傍に樟夏と樹枝の愛馬、そして二頭の馬を連れてくる。

「筆頭軍師のお考えかな?」

 俺が苦笑しつつそう言うと、軽く頭を小突かれた。

「全員の総意であり、軍としても疲労しきった将を働かせて失うわけにはいかないさ。

 それから冬雲、何度か言っているがお前は少し自重することを知るといい。

 今回は仕方ない面もあるとはいえ、な」

 何度も聞かされている言葉だが、俺の辞書の『自重』という文字は赤文字で書いてあるから怒りで我を忘れた時とか、危険な時には見えなくなるようになってるしなぁ。

「と・う・う・ん・さ・ん?」

 そんなことを考えているのを見透かされたのか、今度は斗詩から拳骨が落ちた。避けずに受けたのは、これくらいはされるべきだと思ったため。

「悪かったってば、そう怒らないでくれよ」

 さすが大槌を振り回しているだけはあり、春蘭並に痛い。

「樟夏、よく冬雲を守ってくれたな」

「秋蘭?

 珍しいですね、あなたがそんなことを言うなど」

「フフ、感謝しているさ。

 お前たちのおかげで、冬雲が生き残る可能性は格段に上がり、無茶を最後までやり通すこともなかった」

 目を開き驚く樟夏を見ながら、秋蘭はどうということもないように答え、俺がしようとしていたことを予測されていたことはもう諦めた。

 俺はみんなに感情を隠せるほど、器用ではないんだろうさ。

「僕は?! ブフゥッ?!」

 秋蘭が樟夏へと投げかける労いの言葉に、樹枝が入り、白陽がそんな樹枝の腹に拳を叩き込んだ。

「桂花にでも言って貰うといい。

 今回の戦、一番の功労者は間違いなくお前たちだろうさ」

「ですが、公になったら厄介なことが起きると思うので・・・・ 早く本陣へと戻ってくだしゃい」

 秋蘭の後ろから顔を出した雛里の言葉にいろいろと納得しつつ、流琉が驚いた様子で後方を見ていた。

「兄様! 兄様の夕雲がこちらに向かってきています!!」

 流琉のその報告に驚きよりも先に来るのは、安堵の思い。

「三人が無事着いたんだな・・・ あー、よかった」

「兄上、普通はそっちよりも先に驚くべきでしょう?!

 実に兄上らしいですが・・・・」

 樹枝の驚きと苦笑を聞こえないふりをしつつ、一直線に書けてくる夕雲に、夕雲(あいつ)がすることを理解して、俺はにやりと笑う。

 剣を二本とも鞘に納め、立っている位置を通るだろう道のぎりぎりに立つように微調整する。

「じゃ、みんな。後は頼むな?

 くれぐれも無理はしないでくれよ」

「兄様にだけには言われたくありません!」

「早く行ってやるといい」

「本陣には真桜さんが待機してます。

 あとその歌姫さんたちを、紹介してくださいね?」

 俺のその言葉に、流琉、秋蘭、斗詩から返事が聞こえ、夕雲が通り過ぎる瞬間を狙って、その背に飛び乗る。無論、それを読んでいた白陽が並走しようとしたが、俺が手を引いて半ば無理やりに後ろに乗せた。


 後ろから『白陽ばっかり、ずるいっ!!』という声が聞こえたから、今後何か埋め合わせをすることを硬く決意した。




 本陣に到着してまず見えたのは、真桜が顔を怒りで真っ赤にして『螺旋槍(らせんそう)』を持って突貫しようとするところを部下に止められている姿だった。

「曹仁様! 李典隊長を止めてください!!」

「やかましっ! 止めんなや!!

 黄巾のアホ共に、ウチの親友傷つけたんを後悔させたるんや!!」

 完全に怒りに支配されている様子の真桜、怒りを露わにして奴らを斬り殺した俺には叱る権利なんてない。

 それに今も戦場を駆けている春蘭たちを始めとしたあの時を知る者たちは、その怒りを理由に武を振るっている面も小さくはないだろう。

 だが、珍しく真桜が凪と沙和と別行動しているということは桂花たち軍師の判断か、それ以外の理由があったはずだ。

 とりあえず、夕雲を白陽に任せて、俺はその場に降り立った。

「真桜、お前は何で本陣にいる?

 感情で動いていいほど、ここに居ることは軽いものだったのか」

 なら、目的を思い出させればいいだけのことだ。

 俺は兵たちの中へと入って行き、真桜の肩を叩いた。

「そりゃ、三人が・・・・! あっ、隊長・・・」

 今やっと俺に気づいた様子で俺へ見て、血まみれの服に一瞬驚いたような表情を見せる。が、俺に大きな怪我がないことがわかり、どうやら察したらしい。

「隊長・・・ 三人とも、怪我は酷くないんやけど、疲れきっとった」

 怒りの表情はどこへやら、先程の荒げた声は消え、俺に助けを求めているようだった。

「やのに、ウチに笑顔向けてくれたんや。

 『会えたね』、『久しぶり』、『ごめんなさい』って謝るんや・・・・

 三人は(なん)にも悪ぅないんに!」

 それは無力な自分に対する、悲痛な叫び。

 誰かを憎むこと以上に、己が何もしなかった・出来なかったことを責める自責の念。

「ウチ、何にも出来へんかった!

 精一杯やってるつもりやったけど、大事な親友たちのこと『信頼』なんて言葉引っ付けて、放って置いたんや!!

 ウチは悔しい! 悔しいんよ!! 隊長!

 だからお願いや、隊長。

 三人の傍に()って。救って、泣かしてあげて欲しいんや!!

 こんなん頼めるんは! あの三人救えるんは隊長だけなんや!!

 ウチは何にも、出来へんかった・・・」

 泣くことすら己に許さないように、螺旋槍を握りしめ叫ぶ真桜の姿はまるで、さっきまでの俺だった。

 だけど俺は、一つだけ間違っている真桜の頭を小突いた。

「隊長?」

 驚く真桜の頭をそのまま、乱暴に撫でる。

 三人を救えるのが俺だけ? 何も出来なかった?

 何、馬鹿なこと言ってんだ。こいつは。

「バーカ。

 お前が出迎えてくれたことだけで、三人がどれほど嬉しかったか、心強かったかなんてその場にいなかった俺にだってわかるぞ?

 お前がここに居たから、三人は泣き顔じゃなくて笑顔が出来たんだ。

 辛い時に泣きつくことが出来るのも親友だけどな。

 三人にとってお前は、どんなに辛くても思わず笑顔を向けたくなるほど大事な親友なんだよ」

 悲しみや辛さを確かに親友だから、心許せる者だから打ち明けることが出来るものだ。

 だが、そんな心許した者だからこそ心配をかけまいと強がりたいときがある。そこに再会できた喜びがあるのなら尚更だ。

 どっちが上というわけじゃない。表現の形は違っても、そこにあるのは友を想う偽りなき思いだけ。

「!!」

「わかったんなら、行ってこい。

 どうせ本陣は俺たちの部隊の一部もいるようだし、本陣の守りは平気だろ。

 まっ、この様子じゃ本陣まで来るとは思えないけどな」

 なんせ武官総出且つ、今の騒ぎに華琳がいない様子から察して、華琳自身も戦場に出ているのだろう。

 そこに加えて飛将軍、各地の諸侯が出ているなら、もう間もなくこの戦は終わる。

「三人のことは俺に任せて、その怒りを思う存分ぶつけてこい。

 なんてったって、華琳お墨付きの許可が出てるんだからな」


『その怒りがあなただけのものじゃないということを、この乱を起こした馬鹿共に刻みつけてきなさい!』


 この言葉は俺だけに向けられていたんだろうが、全員が怒りを持って行動にするには十分な許可材料になる。

 もっとも、あの戦場にあれ以上の戦力が必要かどうかは微妙だが。

「はいな!

 李典隊! 出撃するでぇー!!」

『はい! 李典隊長!!』

 そう言って出陣する真桜を見送り、俺は血に塗れた上着を脱ぎ、仮面をとる。近くに来た兵が手渡してくれた手拭いで顔を拭くと、それは真っ赤に染まっていた。そして、最低限拭き取れるところの血を拭いておく。

 血塗れ状態で会ったら、三人とも悲鳴こそ上げないだろうがいろいろ悲しい表情をさせてしまう予感がした。

 華琳の刺繍が入れられた物じゃなかったのは幸いだが、この上着はもう駄目だろうな。

 そんなことを思いつつ、兵の一人に案内を頼んで三人の元へと急ぎ足で向かった。



 休もうとしない白陽を途中で無理やり司馬家の使用人たちに預け、今は白陽と交代する形で本陣に残っていた緑陽が陰に潜んでいる。

 部屋の寝台の上で寄り添いあうようにして、三人は眠っていた。

 頬や腕に見える包帯が痛々しく、疲労を隠しきれていない目元の隈。

 自分の中で怒りが再燃することがわかり、天和の髪にそっと触れる。

 髪留めすらとっていない姿から、寝台に横になってすぐに眠ってしまったことを窺えた。三人の髪留めや眼鏡を起こさないように慎重に外し、穏やかに眠る三人を見守る。

 大事な歌姫、俺の想い人たち。

 歴史を知っていようと、かつてのここでの記憶があっても意味がないことをわかっていながら、防ぎきれなかった事態。

「くそ・・・・」

 もう起こってしまったこととはいえ、後悔は尽きない。

 三人が傷つき、悲しんだ。

 決死の覚悟すらさせ、俺があと一瞬でも遅かった時のことなど、考えたくもない。

「とう、うんさん?」

 人和が微睡(まどろ)みの中で俺へと視線を向け、俺の手を掴んできた。

 温かく、弱々しいその手が俺の手を握り、顔に持っていき、頬摺りする。

「起こしたか?」

「たくさん変わっても、あなたが好きです。

 今も、前も、どんな私たちでも支えてくれようとするあなたが、大好きです」

 寝ぼけているのか、起きているのかわからないような目。

 事実、すぐさま人和の瞼はおり、規則的な寝息をたてている。

 会話ではなく、独白であり、宣言のような言葉。だがそこに在るのは、彼女の想い。

 だが、それは逆だった。

「逆だよ、逆なんだ」

 今も、昔も、俺の心を支えてくれたのは、みんなだ。

 こんなに情けない俺を、何も出来なかった俺を、みんなが変えてくれた。

 だから、守りたいと思った。

 共に並びたいと、相応しい存在になりたかった。

 そうできずとも、せめてみんなに恥ずかしくない思いをさせないくらいにはなりたかった。

「大好きだよ、天和、地和、人和。

 ゆっくり休んでくれ」



 俺はそれからみんなが帰還するまでの間、彼女たちの傍を離れなかった。

 それが今、俺に出来る精一杯のことだと信じて、寝台の横で彼女たちの寝顔を見守り続けた。


終わるかと思ったんですが、冬雲視点でもう一本必要ですね・・・・

サブタイトルは『決戦 終わり』になるでしょう。

星視点、恋視点も書きたいんですが、年内に蜀本編書きだせますかねぇ・・・

とりあえず、次はクリスマス番外だと思います。


感想、誤字脱字お待ちしています。

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