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28.決戦 始まり 【華琳視点】

昨日の今日で、投稿できましたね。


黄巾の乱、最終決戦の始まりです。


これからもよろしくお願いします。

「・・・・・そぅ、黄巾の乱はそうなっていたのね」

 私は一人、私室にて黒陽から調べさせていた件の報告を受けていた。

 内容は黄巾党の現在の実情と指揮者。そして、それを裏から操っているらしき者たちの影。

「はい」

 真桜が作った真名にあわせて色を塗られている顔の上半分を隠す鬼の面をずらし、黒陽らしくもなくその顔は曇る。

 おそらく冬雲がこの話を聞いたときのことを、想定しているのだろう。だが、それも瞬時にいつもの笑みを浮かべたものに戻った。

 この子は本当に、感情を殺すことに長けた子ね。

「ご苦労だったわね、黒陽。今日はゆっくり休みなさい。

 おそらくは遠くないうち・・・・ いいえ、明日にでも動き出す可能性がある今、情報の要であるあなた達にはしっかり休んでもらわないと困るわ」

「ですが、これからを考えるのならば、少しでも情報を集めたほうが良いのでは?」

 黒陽のことも一理ある。けれど、本来兵数の把握だけもいいと言ったのに私が欲しい情報を得てきてくれた。

「あなたがもしもの時に動けない方が問題だわ。

 あなたは最高の結果を持って帰ってきたのだし、今はこれで十分よ。

 それにだいぶあちらの数も減ってきていることもわかったのだし、次は大きな戦いになることでしょうね」

 既に黄巾党も集まりつつあるとの情報まであり、中身が如何に腐敗しつつも建前として討伐を命じざる得ない状況になっている。そして、彼女たちが行動を移すのもおそらくはこの混乱に乗じて、だろう。

「承知いたしました。

 それでは失礼させていただきます」

「えぇ、しっかり休みなさい」

 そう言って彼女が天井へと飛び、去っていく姿を確認してから私も部屋を出る。

 急ぎの書簡も片付き、かといって眠気はない。

 私は何かに呼ばれるようにして城壁へと歩を進めていた。



 城壁に辿り着くと、舞蓮がまるでここが自分の城だとでもいうかのように杯を傾けていた。

「あら、珍しいわね。華琳」

「・・・・あなたは何をやっているのかしらね? 舞蓮。

 自分が身を隠すためにここに居ることを忘れているのかしら?」

 おもわず皮肉を入れながら、私は彼女から少し離れた位置で町を見る。

 月が昇り、星が輝く時間、とても静かな夜。

 それを眺めているのは私と彼女だけ、仕事に追われる私と町という範囲だけではあるが自由を満喫している彼女が並ぶのは初めてのことだ。

「あなたも飲む?」

 そう言って懐からもう一つ杯を出して私へと向けてくるが、私はそれに首を振った。

「遠慮しておくわ、今日は気分じゃないの」

 視線を上に向けると満月がそこに在り、私はあの日を思い出していた。

 月の明るい、まるでそこだけが音をなくしたような静けさの夜はあの日々を思い出してから、どうしても好きにはなれない。

 それに今回一番期待していたあの子たち(張三姉妹)の情報は、まったく得られなかった。

 考えることが多すぎる今、酒を楽しむ余裕はない。

「難しい顔をしているわね。

 黄巾党のことかしら?」

「えぇ、だいぶ数は減らしたから、一か所に集まってきているわ。

 けれど、それ以外の情報はさっぱりよ」

 私が肩をすくめて、苦笑する。

 確かにいる筈の兵を集めているらしい彼女たちの情報が、あまりにも少なすぎる。

「あとはそれとの大きな戦を待つだけってところ、ね。

 それにしてもおかしいわよねー、この戦」

 舞蓮は口元に酒と肴を運びながら、とても楽しそうに笑っていた。

「ただの百姓の集まりが、どうしてここまで長期に戦えているのかしらね?」

 やはり彼女は気づいていた。

 そして、舞蓮の暗殺も黒陽が持ち込んだ情報通りだと仮定するのならば、全てが繋がる。

「えぇ、それに情報の統制が出来すぎているわ。

 何故、百姓に過ぎない彼らが砦の位置を知り、軍を持つ諸侯相手にここまで戦えているのか。おかしなところばかり」

 どちらともなくクスクスと笑いあい、自分たちの答えが同じであることを確信する。

 私は情報で、そして恐らく彼女は孫家の者が持つ勘でそれを感じ取ったのだろう。

「華琳との会話は楽しいわね。

 友とは少し違うけれど・・・・ 同朋、いいえ同類なのかしらね?」

 目を細め、意味深な言葉を呟く舞蓮に私もまた笑う。

「かも知れないわね」

 私は一度、人生を終えた『私』の分の記憶を所持している。だが、彼のいない生も確かに存在していた。

 『覇王』として生き、三国の王と共に生きたあの生に悔いはない。

 私は私として生き、後悔することなく、果てたのだと今でも胸を張って言える。

 子を残し、次の世にすらあの平和を残すこともした。

 だが、常に心に居たのは彼だけ。

 私を『王』でなく『少女』としたのは彼だけだった。

 あの後、彼が居なくなっても、それはけして変わることはなかった。

「舞蓮・・・・ あなたの前の夫はどんな方だったのかしら?」

 私は自然と舞蓮に問うていた。

 夫を亡くした彼女は、一体何を思っていたのか。

 単なる興味と言ってしまえばそれで終わりだが、形は違えどかつての私と同じように失った者は何を思ったのかを知りたかった。

「そうねぇ?」

 その問いに彼女はその場で立ちあがり、私の真意を探るように、何の意味があるのかを知るように目を覗きこんできた。

 やがて、私の中に見た何かに満足したのか彼女は背を向け、月を仰ぐ。

「私の旦那は、海みたいな人だったわよ」

 月を背にして笑う彼女に、悲しみなどなかった。

「海、ね」

「そう、海。

 一見は凪いでいて、大きな寛大な心を持っているように誰もが思う。けど、それは一面だけだったわ。

 戦場に限らず彼の内面は誰よりも激しく、目の前に広がる全てに対して嵐のように戦う人だった」

 亡き夫を語る舞蓮の声に悲しみはなく、むしろ今もなお愛していることがその言葉から伝わってきた。

 それはまるで、我が子に彼のことを語るあの日の私がかぶって映る。

 かつての彼の生き方を、他人事のように書に残すことは距離感が近すぎた私たちには出来ず、子たちに言葉で語ることしか出来なかった。

 それも英雄譚のような美談ではなく、彼がしたこと、失敗したこと、私たちを呆れさせたことばかり。けれど、子たちはよく彼の話を私たちにせがんだ。

 どこにでもいるようでいない、何かを明確に残したわけでもない男の話。

 だが、平和の基礎の一端を作った、平凡極まりない一警邏隊長であった彼の話を。

「愛していたのね?」

「えぇ、当然じゃない。三人の娘を残すほど、愛し合った仲だもの。

 けれど、もうあの人を想ってなんかやらないわ。

 私は生きて、冬雲のことを愛するのよ」

「あげないわよ?

 彼は私の、私たちのものだもの」

 彼が全てを受け入れるほどの器を持っていたとしても、その心は私だけのもの。

 彼の隣だけは、誰にも譲らない。

 もう天にだって、彼を奪わせない。

 彼だけじゃなく、私は欲しいものの全てをこの手に掴んでみせる。

「フフ、愛とは勝ち取るものよ。

 その愛も、私は当たり前すぎて忘れていたけれどね」

 どこか遠い目をしてから、彼女はそれを誤魔化すように背を向けて城へと歩き出す。

「あなたは忘れないことね、人生の先輩からの忠告よ」

「・・・・えぇ、大事な者を失う悲しみは私もよく知っているわ」

 彼女に聞こえたかどうかはわからない。

 聞こえていようといまいと、この言葉の真意をわかる者などこの世界には一握りしか存在はしない。

「天和、地和、人和」

 町の先に広がる荒野へと目を向け、彼女たちを思う。

 私たちの中で唯一、何の力も持たない彼女たち。ただ歌の才に溢れ、その歌を歌っていたかっただけのあの子たちがこの騒乱の中にいる。

 記憶を持ちながらこの事態が起きた時点で、彼女たちの身に何かがあったのは明白。

 何よりも司馬八達の力を使っても集めることの出来た情報は、『三人の歌姫が兵を集めている』ことだけだった。

「三人とも、無事でいなさい。

 あなた達が死んだら、彼は今度こそ壊れてしまうわ」

 冬雲が三十年という長い間、ここに戻るためだけに努力を続け、あらゆるものを捨て、縋り、利用してでも得たかった私たちとの日々。

 それを己の無力から失ったら、彼はどうなってしまうのか。想像することも恐ろしい。

「生きていなさい」

 願うことしか出来ない現状に、私はこの生で初めて無力を噛み締めた。




「華琳様!!」

 その翌日、私たちが朝の会議を行っているところに朝の警邏をしていた筈の凪が一人の男を担いで飛び込んできた。

「何事かしら?」

「はっ! たった今、数十名の負傷者が町へと飛び込んできたので警戒しつつ保護したのですが・・・・」

「赤の御使いってのはどいつだ!!」

 凪の言葉の途中に割り込むように傷だらけ、泥だらけの男は叫んだ。特徴的な薄桃色の法被(はっぴ)には三人の真名が書かれ、その額には『親衛隊 隊長』と書かれた鉢巻を巻いている。

 男の言葉に冬雲は医者の準備を指示してから、その男の元へと駆け寄った。

 すると男は突然、冬雲の胸倉を掴み、頭を下げた。

「頼む!! 天和ちゃんを、地和ちゃんを、人和ちゃんを助けてくれ!!

 俺たちじゃ、何もできねぇんだよ!

 救ってもらったのに、生きる希望を貰ったのに、俺たちじゃこの恩の欠片すらあの三人にゃぁ返せねぇんだ!」

「っ! 三人に何かあったのか!?」

「俺は波才(はさい)、彼女たちにアンタに書簡を渡すように頼まれたんだ!

 頼むから早く三人の元へ行ってくれ・・・ アンタにしか頼めねぇんだよ!

 そうしねぇと三人は・・・・ 三人は・・・!」

 そう言って泣き崩れ、その場で糸が切れたように気絶する波才を受け止める。

「この勇士たちを休ませろ!

 彼らを生かすことに最善を尽くせ!!」

 冬雲が叫ぶのに、近くにいた兵士たちが走っていく。

 周りの関係を知らない樟夏、樹枝、雛里、斗詩たちがよくわからない顔をしているが、それを聞ける事態ではなかった。何故ならその場にいた三人を知る全ての者が深刻な顔をし、その言葉に耳を傾けていた。

「華琳様、これを」

「・・・・これは?」

「内容は確認していませんが、この筆跡はおそらくあの三人のものかと思われます」

 凪が書簡を手渡し、一番上に来ていたところに書かれた字。

 『我が王と友 そして愛しき方へ』

 それは三人の筆跡であり、その字は涙で滲んでいた。思わず力が籠りかけるのを懸命に我慢し、冬雲へと投げる。

「冬雲、彼女たちからよ」

「俺が読んでいいのか?」

 ここに居る全員に宛てたものだが、彼女たちが読むことを望んでいたのは私ではない。

 内容を見ずとも彼女たちが誰を思って書いたのかは、一目瞭然だった。

「早くなさい」

 私がせかすと、彼は震えた手で書簡を開いた。



『ごめんね、みんな。

 こんなつもりじゃなかったのに、またこうして乱を生んでしまって、あれだけみんなの生き方を見てきたのに、ごめんねぇ。

 私たちが歌わなければ、こんな乱は生まれなかったのに、また歌いたいと思ってごめん。

 何にも出来なくて、むしろ酷いことになってごめんね。


 天和姉さんがまともに書ける状態じゃないから、ここからはちぃが書くわ。

 私たち、うまく出来ると思ってた。

 あの言葉を『大陸が欲しい』って言葉を使わずに、ただみんなのところに辿り着くまで、他の人たちを歌で癒せたらって、思って歌ってたの。

 けど、馬元義の奴があの太平要術の書を持って現れて・・・ いつの間にか兵士を集めるようなことをさせられて、全部を台無しにされて、何とか止めようとしたんだけど・・・・ 力で脅されて、誰にも助けも求められなくて、ごめん。ごめんね。こんなんじゃ、みんなに会わせる顔なんてないよ。

 こんなちぃがあんたに会うなんて、恥ずかしくてできない。


 ここからは私が。

 馬元義は太平要術だけではなく、洛陽の十常侍が関わっていることがわかりました。これまでの支援や情報の統制、人員はそこから来たものです。

 今、各地に散っていた黄巾党は一か所に集まり、私たちはその本陣にいます。そして、指揮官である馬元義たちも。

 この機を逃すわけにはいきません。無謀ではありますが、私たちが始めてしまったこの乱の責任をとりたいと思います。

 この命をかけて、馬元義に一矢報いてみせます。


 あなたに会いたかった。けど、こんな私たちがあなたに会うことなんて出来ません。

 どうか皆さんと、幸せになってください』



 書簡が冬雲と手から落ち、彼が放つ気にその場にいた者たちの空気が凍る。

 そこには私たちですら初めて見る、激しい怒りを宿した彼がいた。

 あまりにも静かで、一見ではそれが恐ろしいものだと気づくことの出来ない積乱雲(雷雲)が渦巻いていた。

「『歌いたいと思ってごめん』? 『会わせる顔がない』? 

 『皆さんと幸せになってください』?

 ・・・・・ふざけるな」

 激しい怒りの一つ一つがうねりあげ、落とすべき場所を求めていた。

「三人は歌うことを望んだだけだろ? 民を自分たちの出来ることで癒そうとしただけだ。

 三人を利用した奴がいて、希望を与えた歌を道具にしやがった奴らがいる」

 拳が固く握られ、堪えきれなくなった彼は柱へとそれをぶつける。拳から血が溢れ、柱の一部を破損させた。

「会わせる顔がないっていうなら、俺こそがそうだ。

 あの時みんなを悲しませ、全てを捨ててきた俺こそがみんなに会わせる顔なんざない」

 あの時、彼はけして怒ることはなかった。

 自分の無力を嘆いても、戦場でも、定軍山の時すらも彼は一度も怒ることはしなかった。

「誰かが欠けて幸せになんて、なれるわけがない。

 俺はあの時出来なかった全てを、それ以上の幸せを得るためにここに戻ってきたんだ」

 白の遣いと会った時ですら、彼は苛立ちこそしたが怒ることはなかった。苦笑し、相手を見る余裕があった。

 だが今の彼は、違う。

「俺は、誰も失わない。

 天にも、運命にも、歴史にも、俺の大切なものを何一つとして奪わせない。

 くれてなんか、やらない」

 それは宣言であり、覚悟だとでもいうかのように私へと血が滴る左拳を向けた。

「当然だわ」

 冬雲の手から落ちた書簡から見えるのは、涙で滲んだ血文字。

 墨も用意せず、時間がなかっただろう。ところどこ掠れ、涙で震えた手で書かれただろうほとんど読むことが難しい。

 そこに彼女たちの思いがあり、決意があった。だが、そんな決意は私たちが許さない。

 死ぬことなんて、私たちが認めない。

 全員で会い、笑い、あの日叶わなかった幸福な未来(さき)を。否、それ以上に幸福は未来(さき)を共に見ることが彼女たちの義務だ。

 彼が何をする気なのか、したいのかが手に取るようにわかる。

 そして、私たちはそれを止めることはない。

 私たちの気持ちは一つだった。

「華琳、あの話は無しだ。

 この国の根元は、腐りきってる」

「えぇ、そうね。

 援護はするわ、早く行っておあげなさい。冬雲。

 あの制限もとくわ、思いっきり暴れなさい」

 私の言葉を背に聞き、冬雲が扉を開く瞬間に最後に付け足す。

「その怒りがあなただけのものじゃないということを、この乱を起こした馬鹿共に刻みつけてきなさい!」

「あぁ!!」

 私たち全員の怒りを背負った冬雲が、黄巾党を貫く一本の槍となるために飛び出していった。


次は荒れ狂う彼の視点、雲が危険なものであることを証明しましょう。


感想、誤字脱字お待ちしております。

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