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 非常に残念なことであるが、めでたく今年で十七年目を迎えた俺の人生において『北里真琴』という名前の目の前の女の存在を無視する事はできない。無視するにはあまりにも存在感がありすぎる上に、あまりに多くの時間をこの女と共有しているからである。


 今も「何か文句あんの?」というとげとげしい意思を視線にのせおれを責めたててきていた。ギラリという擬音がぴったりだと思わせるその目に小さく後ずさる。


 身長はおれと同じくらい。男子の平均より少しだけ(ほんの少しだけ!)小さなおれと同じぐらいのこいつは女子にしては長身の部類に入る。そのすらっとした長身を部活である陸上で絞った結果、カモシカのような細くてしなやかで、そして鍛え上げられた暴力的な足と、スポーツマンらしい引き締まったスタイルをしている。髪は型の辺りで切りそろえられたショートヘア。顔は小さくて、目が大きく、そしてちょっとネコのようにつりあがった目をしている。胸は……まぁそれなり。この話題になると口に出してなくても何故か理不尽極まりない容赦のない蹴りが飛んでくるのでこのくらいにしておこうと思う。


 次に性格だが、見た目そのままで短気で暴力的としかいいようがない女である。言葉よりも先に手が出るのだ。おれ限定なのが余計に腹が立つ。そんな暴力女以外の何者でもないこの女の評価なのだが、何故だかおれ以外のやつの意見は違うようだ。


 曰く、「正義感が強くてかっこいい」だの、「いざという時頼りになる」、「男の子より男の子らしい」だの。最後のだけは認めなくはないが、基本みんな眼科にいったほうがいのではないか? とおれは思っている。あの女○ャイアンのどこに「正義感」などという高尚なものが存在しているのだろうか? あいつにあるのはおれに対する情け容赦のない遠慮のなさだけで充分だ。


 つまり、ともかく……そんな女だ。


 さて、おれとこの女の関係だけどさっきもいった通り不本意ながらもおれと真琴は正真正銘の『幼馴染』である。さきほど中学以来のツレである雄二のことを『腐れ縁』っていったが、この女も腐れ縁といえば腐れ縁だろう。ただし真琴のそれとは文字通り桁が違う。雄二は長くて四年くらいだが、真琴の場合、生まれた次の年からの知り合いだからだ。


 おれの家の三軒隣に北里家というお宅がある。うちとほぼ同じ時期に引っ越してきたらしいご近所さんで、母親同士の歳も近くお互い手のかかる同じ年に生まれた子供を抱えていた。そんなことからごく普通におれと真琴はほとんど兄妹同然に育てられた。おれが赤ん坊の時、名前を覚えた順番を早いほうから数えていったら、五番目か六番目には「まこ~」といっていたというのだから筋金入りだろう。無論それは似たようなもので、「じじ」や「ばば」よりも「かおりゅ~」と先にいっていたらしいけど。自分でいってて恥ずかしくなる話だが、事実だから仕方ない。


 そんな記憶と自我というものがまったくなかった時代から、以来幼稚園も一緒、小学校も一緒、中学も一緒、そして高校も一緒、ついでに今年は小学校低学年以来のクラスも一緒ときた、超ヘビー級の腐れ縁。雄二が荒縄レベルなら、真琴はおそらく死ぬほど硬い金属製の極太ワイヤーじゃなかろうかと思う。


 そんな女が今おれの前で仁王立ちから、獰猛な雌虎のの咆哮のような怒鳴り声をぶつけてきた。


「松原ぁ! あんたはいつもいつもでかい声でくだらないこといってんじゃないわよ! んで、薫! ちょっとはこの馬鹿止めなさいよ。何の為のお守り役なのよ! あんたまで一緒になって馬鹿やってんじゃないわよ!」


 おれと同じ中学の同級生だった雄二はもちろん真琴とも同級生であり、そして雄二のようなキャラのやつお決まり通り、いざとなれば女にヘタレな雄二は真琴にまったく頭が上がらない。まるで蛇に睨まれたカエル、いやアナコンダに睨まれたアマガエルかな。パクリと食う前に睨まれただけで死んでしまいかねない圧倒的な実力差である。


 そんな震え上がってかわいそうなおれ達二人を、情け容赦の欠片もなく一気呵成にばっさりと切ってすてる。誰がお守りだと突っ込みたかったが、この剣幕の時のこいつにそんなことがいえるはずもなく。


 火のついたような様子の真琴はそれでもお怒りが収まらなかったのだろう、さらに声を張り上げた。


「まったく、あんた達ときたら中学時代となんにも変わってないじゃない! いちいちくだらないことで周りビックリさせるようなことするんじゃないわよ! もう高校二年生にもなったんだからちょっとは大人になんなさいよ、この馬鹿! 分かった? 分かったら返事!」


「はい……」


 この状態の真琴におれも雄二も逆らえるはずもなく。二人分の反省の気持ちを含んで落ち込んだ声が、怒声が吹き荒れて一時的に真空状態になったような教室に妙に大きく響いた。それを見届けた真琴は、ヨシとばかりに満足そうな猫科の笑顔を浮かべる。


「よし! ……じゃあ~♪ いただきっ!」


 そういって何かを口に頬張って廊下側の自分の友達の待つ席に戻っていく。一瞬間が空いてから意識を取り戻したおれは視線を下に、具体的にはさっきまで取り掛かっていた弁当箱に向けた。そうしてよく見てみると、何故だかおれの弁当箱から好物の唐揚げが消えていた。うちの母のお手製かつおれの大好物である唐揚げが、である。おかしいな? と思い、さらにもう一瞬の思考の空白をへて、おれのあんまりよくない頭脳はようやく答えを得た。犯人はあいつだと。


「てめ! ちょっと待て、真琴。何いきなり人の好物ぶんどってやがる!」


「ふふ~ん。だって私、おばさんの唐揚げ大好きなんだもん。いいじゃん、一個くらい。あんたのものはわたしのもの~♪」


「よくねぇ! せっかく最後まで取っておいたのに! おれは好物は最後まで取っておくほうなんだよ! ていうかお前はどこのいじめっ子だ!」


「え? もちろんココよ。コ・コ♪」


 そうして得意そうにふふ~んと笑う真琴。哀れ、おれの唐揚げは既にやつの胃袋の中。


 そうして行き場のない食い物の怒りをどすんと椅子に音を立てて座ることであらわすおれに、クラスのみんなが解き放たれたかのようにクスクスと笑い出す。


 それをみてさらに大きな声で笑うショートカットの女が一人。


「……なんつーか、うん。わりぃ、薫ちゃん」


「薫ちゃんいうな!」


 非常に不本意ながらいつも通りの一連のネタの流れ。さらに巻き起こる爆笑。



 思い出すとかなりむかつくんだけど、懐かしくもあるほんの二週間ちょっと前の話だ。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 そしてその日の放課後。学校を後にしたおれは家には帰らず、そのまま駅前にいった。特に用事が理由があったわけじゃない。


 とくにこれといった趣味のないおれだが、だからこそなのだろう。適当にその辺をぶらぶらと歩くのが好きなのだ。そして色々と寄り道をする。それがたまらなく好きなのだ。だいたいコースも決まっており、最初は昔ながらの小さな本屋さん。そこでは真っ白な髪をしたおばちゃんが、いくたびにおれを出迎えてくれるのが何気に嬉しい。その日はTVでやっていたドラマの原作小説を買った。なんか科学者が出てくる推理のやつ。


 おばちゃんの本屋を出たら次に、角にあるマ○ドナルドのほうに向かう。前を通りがかる時に100円で何か食べるか頭を捻り、財布の紐を緩めるか悩む。ちなみにその日は我慢した。おれのこづかいはけっして多くはないのだ。そのあとは日によって違うけど、どっちみちあっちをちょろちょろ、こっちをぶらぶらして、最終的に駅近にある大型音楽店が終着点だ。おれは学校の友達のように最近のアイドルにはほとんど興味はなくて(それでもさすがに代表曲ぐらいは歌えるけど)、それよりもちょっと昔の日本や海外のスタンダードなんかが好きだ。それにこの店は大型店舗だから、店の半分くらいを楽器が埋め尽くしていてそれをみているだけで飽きないのだ。


 そうしていつもとほぼ同じコースを『巡回』し終えたおれが、どこか心に満足感を得て家路を歩きだしたその数分後、おれはいつも通りの何の変哲も日常の中に、想像もしなかったおかしな場面に出くわすこととなった。


 思えばこれがケチのつき始め、あるいは運のツキか。つまりおれの身に、交通事故で死ぬよりも、エレベーター事故に巻き込まれるよりも、いやそんなレベルじゃないな、空から隕石が降ってきて頭に突き刺さるよりも確率の低い事故が襲い掛かったのである。


 ぶらぶらと薄暗くなりはじめた家までの道を歩いていたら、ガードレールの上をよちよち歩いているちっちゃい女の子をみつけるなんて。


 ――そしてその中身が人間の皮をかぶった自称『神様』、実質『悪魔』だなんて誰も想像すらできるわけがないと思わないか?  

ご意見、ご感想、誤字脱字の指摘など幅広くお待ちしております。

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