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1-1

 物事っていうものは、常に原因があって結果があるもので。


 だから何でおれがこんな目にあう破目になったのかってことをちゃんとわかってもらうためには、やっぱり最初から話をしないといけない。


 だからまずはその話から始めることにする。つまりおれがまだ『普通』だったころの話からということ。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 ピピピッ! という電子音とジリリリ! というベルの音。けたたましいまでに騒ぎたてる携帯と目覚ましのアラームの二重奏で、おれはその日も目を覚ました。

 

 最初に目に入ってきたのは、いつものように慣れ親しんだ自分の部屋の景色。我ながら片づけが悪い感じの部屋と、それを照らすベージュのカーテンの隙間からこぼれる朝の光と。


 そのまぶしさに元々寝起きで糸のようになっていた目がさらに細くなる。基本目尻が下がり気味のおれの場合、糸っぽくなくてどじょうみたいなんだけど。


 そんなほとんど目が開いていない状態で、ぎゃんぎゃんうるさい時計たちを止めるべくおれは手さぐりでその音の発生源二つを見事探しあて、朝から絶妙な不協和音を奏でる携帯と目覚ましを黙らせた。


 そうしてぼんやりとした思考のまま、二度寝がしたいなぁという欲求に負けそうになったんだけど、ちらりと手に持ったままだった目覚ましを見て、そしてすぐに二度寝を諦めた。


 時計の針がさしているのは七時五十五分。やばい。リミットいっぱいである。何のリミットかって? それは当然遅刻のリミットだ。


 慌ててふとんをはねのけて立ち上がり、そのままの勢いで自分の部屋のドアを勢いよく開け、そのままの勢いで階段を駆け下り、そのままの勢いでトイレにかけこんで、立ったまま用をたした。


 ふ~、とあの小のほう特有のすっきりした気持ちを味わっていると、「薫~」と俺を呼ぶ声が聞こえた。少し間延びした感じがするやさしげなその声に「は~い」とだけ答えて、俺はトイレから声がしたであろうキッチンへと向かう。


 キッチンに近づくとおれの鼻腔をくすぐるいい味噌汁のいい匂いと、そしておれの足音か気配に振り返った母さんが笑顔で出迎えてくれた。


「おはよう、薫ちゃん」


「おはよう、母さん、悪いけどご飯早く!」


 おれの理不尽ともいえる食事の催促にのんびりとした声であらまぁ、といいながら朝ごはんの用意を始めてくれたのが、おれの母である、本条幸子ほんじょうさちこさん。もうすぐアラフォー。


 但しその見た目はとてもではないがおれのような十代半ばを過ぎた子供がいるようには見えない。百五十センチにわずかに足りない身長、おれのしっかり遺伝しているやさしげな下がり気味の目尻と、年齢詐称としか思えないレベルの童顔があいまって、とても年齢どおりにはみえないのだ。我が母ながら恐ろしい。


「はいはいちょっとまってね~」


 毎朝の事だからであろう、おれの焦りは感じているだろうに母さんはのんびりとした声を返す。


 ちらりと時計を見ると、既に八時十分を過ぎていた。これではうちから学校まで歩いて十分しかかららないとはいえ本当にギリギリになってしまう。


 そうやっておれが時計にめをやっているうちに、魔法のようにおれの前に用意されていたその日の朝食は、ごはん、味噌汁、卵焼きと弁当の為に作ったであろうおかずだろう塩鮭や温野菜のはしっこの部分といういつものもの。気持ちが急いていたので感じなかった空腹感だったが、目の前の湯気を立てる食事を目にすると一気に湧き出してきた。我ながら現金である。


「いただきます!」


 そういってまずはいつものように味噌汁から手をつける。うん、今日もうまい。そうしている間にもゆっくりとした動作なのだが、テキパキとおれの朝の支度を整えてくれる母。


「じゃあ薫ちゃん、これお弁当だから忘れないようにね」


 そういい残し、身につけていた淡いピンク色のエプロンも残し台所を離れる。多分洗濯にでもいったんだろう、と思う暇もなく次々と朝食をかっ込む。


 味噌汁、ごはん、卵焼き、ごはん、味噌汁、次。こんな具合だ。


 急いでいるなら無理して朝食を食べなくても、といわれるかもしれないが、うちの家の教育方針は、『朝食抜くくらいなら遅刻しろ』なので朝食を食べないという選択肢は我が家には存在しない。おれにできるのはできるだけおいしくさっさとうまい朝飯を全部食うことだけなのだ。


 そして時計の針が十七分あたりを指したタイミングで、ちゃんとお茶まで一気飲みして食べ終えたおれは「ごちそうさま」といってから、急いで自分の部屋に駆け戻る。


 急いで制服に着替える。こういうとき男は簡単でいい。一気に脱いで、ズボンをはき、カッターシャツに腕を通したところで上着とカバンだけもって急いで台所に戻った。ゆっくり鏡なんて見ている時間はない。弁当袋をカバンに半ば強引につめこんで玄関へと急ぐおれに、トイレから母のお怒りの声が。


「コラ~! 薫ちゃん、トイレの便座はおしっこしたあとはちゃんと戻しておいてっていってるでしょ!」


「ゴメン、いってきます!」


 謝っているのか、そうでないのか我ながらよくわからない謝り方をして、下駄箱の上の時計をちらり。やばい、もう二十五分を過ぎてる。慌てて家を飛び出す。


 今年の春はいつもより少し遅めに来たらしく、おかげでもう四月も半ばを過ぎているのに朝はまだ少し寒めだった。そんな中を学校までのおよそ七百メートル、急いで早歩き。走るのはさすがにキツイ。


 生まれ育った住宅街を抜け長い直線道路の先に見えてくるのが、おれの学校である『県立富ヶ丘高校』だ。とくに取り立てて特徴がないのが特徴といえばいえるのかもしれない、中の上ぐらいの高校。おれがこの学校を選んだ理由は簡単、自宅から歩いて徒歩十分ほどというその抜群の立地条件が理由だ。おかげで朝ギリギリまで寝ていられるからな。そんな電車通学してるやつらからすればブチ切れものの距離を駆け抜け、三十五分を告げるチャイムが鳴ったところで何とか教室へと滑り込んだ。


「……間に合った」


 そう呟いて自分の席にすわり込む。正直くたくたである。もちろん自業自得なんだけど。そうして垂れていると斜め前の席から声がかかった。


「おはよう、薫ちゃん。今日もギリギリかよ。お前には学習能力はねえのか?」


「……おはよう。ていうか薫ちゃんいうなっていってるだろ、雄二」


 そういって声をかけてきたこいつは松原雄二まつばらゆうじ。中学時代からの腐れ縁。で、具体的にどんなやつかというと、


「……で、今日は何で寝坊したんだよ。アレか? アレのし過ぎなのか?」


 というアホ丸出しの台詞からもわかる様に、ただの馬鹿である。そもそもでかい声でそういう事を朝っぱらからいってる時点で、こいつのどうしようもなさがわかってもらえると思う。だから当然のように無視した。


「冷てぇな~。そこは友達ならちゃんと突っ込んでくれないと!」


 さらに無視。おれは朝から疲れているのだから。そして学習能力がないのはお前も同じだ。そんなのどまで出かかった罵倒を止めて無言を貫いた。こいつに突っ込むと後が長いからである。


 そんなかたや無言、かたやすごいイイ笑顔で突っ込みというご褒美待ちという不毛なやり取りを繰りひろげてうちにHRの始まりを告げるチャイムが鳴り、担任のコガセン(三十五歳独身)が入ってきて、その日も普通なおれの一日は始まった。

ご意見、ご感想、誤字脱字の指摘など幅広くお待ちしております。


色々迷いましたが、実験的にこういう形の切り方で投稿することにしました。ご意見あればお願いします。

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