表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
回復役を追い出した勇者パーティーの末路を、私は薬草畑から眺めている  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

第7話 反対方向に一時間

隣村への道は、銀露草の甘い匂いがするはずだった。


「するはず」なのに匂いがしないということは、私が今まさに見当違いの方向に歩いているということだ。


マーサから「隣村ヴァルトの鍛冶屋さんの奥さんが腰を痛めていて、湿布薬があれば助かるって」と頼まれたのが今朝のこと。隣村は北東に歩いて四十分。村を出て、林の中の一本道を行けば迷いようがない、とマーサは言っていた。


迷いようがない、と言ったのに。


私は今、どこにいるのだろう。


周囲は見覚えのない草原だ。林はとっくに抜けてしまった。太陽の位置からすると、南に向かっている気がする。北東に行きたいのに南。真逆だ。


薬草の匂いで方角を判断する作戦を試みた。銀露草は北東の斜面に多いから、匂いがする方に歩けばいいはずなのだが、風向きが変わるたびに匂いの方角が変わる。


結局、匂いに従って歩いた結果、一時間かけて反対方向に来てしまった。


足が痛い。革の靴の底が薄くて、石ころが当たるたびにじんじんする。座り込みたいけれど、座ったら二度と立てない気がする。日が高くなって、額に汗がにじんでいる。持ってきた水筒の水もそろそろ心もとない。


冒険者時代はパーティーの先頭をレオンハルトが歩いていたから、道に迷うことはなかった。後をついていけばよかった。自分で方角を考える必要がなかった。


それはそれで、なかなか情けない話だけれど。


「……これは、困りました」


困ったけれど、笑ってしまった。Sランクダンジョンの奥で毒耐性ポーションを調合できるAランク薬師が、隣村に行く道で遭難しかけている。おかしい。おかしいけれど、本当に困っている。


あ。


道の脇に、見たことのない薬草が生えていた。


しゃがみ込んで観察する。細い茎に、星型の青い花。葉の裏に銀色の産毛がある。これは、もしかして、星辰草?


鎮痛効果が高い希少種で、薬師ギルドのカタログでは「辺境でまれに自生」としか書かれていない。


「迷ったおかげで見つけた……!」


興奮して数株を丁寧に採取していると、背後から足音がした。


「……こっち」


ルークだった。


振り返ると、ルークが三歩後ろに立っていた。作業着のまま、少し息を切らしている。走ってきたのか。


「ルークさん! どうしてここに」


「畑にいなかったから」


つまり、見ていた。私が畑にいないことに気づいて、探しに来た。反対方向に一時間も歩いた私を。


「すみません。方向音痴なもので……」


「知ってる」


知ってるのか。そりゃそうだ。畑を三周した前科がある。


ルークが先を歩き、私はその背中について行った。ルークの歩幅は大きくて、少し早歩きしないと追いつけない。でも時折、ちらりとこちらを振り返って、歩調を緩めてくれる。


「あの、ルークさん。さっきの場所で星辰草を見つけたんです。鎮痛効果が高い希少種で」


「……ああ、あの青い花」


「ご存知なんですか?」


「南の草原に何箇所か生えてる。場所は教える」


「本当ですか! ありがとうございます!」


ルークの足が一瞬止まった。それから、また歩き出した。


「……迷うから一人で行くな」


「はい。あ、それって一緒に行ってくれるということですか?」


長い沈黙。


「……考えておく」


考えておく。この人の「考えておく」は、だいたい「はい」だということを、私は最近学んだ。


◇◇◇


隣村ヴァルトに着いたのは、結局ルークのおかげだった。


鍛冶屋の奥さんに湿布薬を渡すと、すごく喜ばれた。「リンデン村に薬師さんが来たって聞いて、ずっとお願いしたかったの」と言われた。


大きな仕事じゃない。湿布薬ひとつ。でも、それで痛みが楽になる人がいる。それだけで十分だ。


帰り道はルークが一緒だったので迷わなかった。道中、ルークは薬草の自生地をいくつか教えてくれた。言葉は少ないけれど、的確だ。この人は本当に薬草に詳しい。なぜだろう、とまた思ったけれど、聞かなかった。


途中、小さな川を渡った。ルークが先に岩を渡って、振り返った。手を差し出すのかと思ったけれど、差し出さなかった。代わりに、足場の良い岩を指差してくれた。


「そこ。その次は右の平たいやつ」


指示通りに渡った。一度も滑らなかった。


「ルークさん、ガイドの才能ありますよ」


「……ない」


「方向音痴の私がまったく迷わなかったのは、ルークさんが上手だからです」


ルークが足を速めた。逃げている。褒められると逃げる人だ。


◇◇◇


小屋に戻ると、一通の書状が届いていた。


薬師ギルドの正式な封蝋。中を開くと、丁寧な書体で書かれた文面が目に入った。


『辺境リンデン村在住のナターシャ・リンデル殿。先日の魔瘴熱治療の報告に基づき、薬師ギルド辺境支部の嘱託薬師としての就任を打診いたします。報酬は月額金貨三枚。職務内容はリンデン村および近隣五村の薬事相談。詳細は同封の書類をご確認ください。薬師ギルド辺境支部長』


嘱託薬師。


月額金貨三枚。冒険者時代のパーティー分配金より少ないけれど、辺境の物価を考えれば十分すぎる。それに安定している。ダンジョンに潜らなくていい。毒と隣り合わせの日々とは無縁だ。


何より、自分で選んだ仕事だ。誰かの「枠」に入れてもらうのではなく、私が私として求められている。


畑の薬草で暮らして、近隣の村の人たちの健康を守る。祖母がやっていたことと同じだ。


「……これで、やっていけるかもしれない」


声に出して言ってみた。


やっていける。ここで。この村で。この畑で。


窓の外では、ルークがいつもの場所で鍬を振っている。夕日を浴びた背中が、やけにまぶしかった。


嘱託薬師の書状を調合台の引き出しにしまった。その横に、マーサ経由で届いた小さなメモがあった。


マーサの孫からだ。


『レシピ、薬師ギルドに届けました。匿名で受理されたそうです。「画期的な手法だ」と話題になっているとのことです。マーサおばあちゃんの孫より』


ガルドが助かるかどうかは、まだわからない。でも、私にできることはした。それでいい。


夜、星辰草の花弁を乾燥ラックに吊るしながら、ふと思った。


迷子にならなかったら、星辰草は見つからなかった。


人生、どこで何が役に立つかわからない。方向音痴も悪いことばかりじゃない。


いや、やっぱり治したい。次はルークがいない時に迷ったら、本当に遭難する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ