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回復役を追い出した勇者パーティーの末路を、私は薬草畑から眺めている  作者: 九葉(くずは)


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6/10

第6話 泣いてもいいですか

あの毒は、私のポーションなら治せた。そのことが、頭から離れない。


三日が経っても、ガルドの容態が好転したという知らせはない。マーサが商人経由で仕入れた情報によると、王都の薬師ギルドが解毒に当たっているが、上級ダンジョンの瘴気毒は特殊で、標準的な手法では核を分解できないらしい。


私の野外調合法なら、核を分解できる。


陽炎花の花粉を触媒にした低温抽出法。祖母から教わったあの技術は、薬師ギルドの正規課程にはない。私しか知らない調合法だ。


「ナターシャ」


マーサの雑貨屋で、ぼんやりとハーブティーを飲んでいた。味がしない。いつもはほろ苦くて好きなのに。


「あんた、三日前からずっとその顔よ。顔色が悪い」


「……そうですか」


「元パーティーの盾役さんのこと?」


頷いた。マーサは何でも知っている。


マーサが棚から蜂蜜の瓶を取り出して、私のカップに垂らした。甘い匂いが広がる。


「それとね、もうひとつニュースがあるの。勇者パーティーのスポンサー、二社が撤退したって。攻略速度が落ちて、成果が出ないから契約更新しなかったらしいわ」


スポンサー撤退。冒険者パーティーの運営費は高い。武器の修理、宿代、消耗品の補充。Sランクダンジョンの攻略には金がかかる。スポンサーが抜ければ、活動そのものが制限される。


「助けに行きたいの?」


「わかりません」


本当にわからなかった。助けに行くべきだ、という気持ちと、なぜ私が助けなければならないのか、という気持ちが、薬草のすり鉢みたいにぐるぐる回っている。


「『市販品で十分だ』って言って追い出したのは向こうでしょう」


マーサの言葉は正論だった。


「それに、引き継ぎメモを渡そうとしたのも断られたんでしょう? あんたのせいじゃないわよ」


そう。私のせいじゃない。


でもガルドは、追放に反対していた側の人だったかもしれない。あの時、奥の席で何か言いたそうにしていた。何も言わなかったけれど。


◇◇◇


夕方、畑で薬草の手入れをしていた。


手が荒れている。ここ数日、まともに調合していない。いつもならポーションの仕込みで忙しい時間なのに、調合台に向かう気力がない。


ルークが隣の畑から歩いてきた。手にスコップを持ったまま、私の畑の柵の前で立ち止まった。


「……助けに行かないのか」


唐突だった。


ルークがこんなことを聞くのは初めてだ。いつも何も聞かない人なのに。


私は銀露草の葉をむしっていた手を止めた。


「行けば助けられます。たぶん」


「たぶん?」


「私の調合法なら、ガルドさんの毒を解毒できると思います。確証はないけれど、可能性は高い」


「なら」


「行きません」


自分の声が、思ったより硬かった。


「私が『役に立たない』って言ったのはあの人たちでしょう!」


叫んでいた。


五年分の何かが、喉の奥から噴き出した。ルークの目が大きくなった。私も自分に驚いた。


「五年間、毎日。毎日ポーション作って。命張って回復して。それでも荷物持ちで。市販品で十分だって。いらないって。いらないって言ったのはそっちでしょう。なのにどうして。今さら。今さら私に」


止まらない。文が壊れている。自分でもわかっている。でも止められない。


奥歯を噛み締めすぎて、顎の付け根がじんじん痛い。


言葉が詰まった。


手の中の銀露草がぐしゃりと潰れた。


「……あ」


潰れた葉から、青い汁がぽたぽたと土に落ちる。銀露草は繊細な薬草だ。こんな乱暴に扱ったら、薬効が台無しになる。


「ごめんなさい……」


銀露草に謝った。


潰れた葉を丁寧に拾い上げて、手のひらに乗せた。指が青い汁で染まっている。


「ごめんなさい。八つ当たりしました。あなたは悪くないのに」


ルークに謝ったのか、銀露草に謝ったのか、自分でもわからない。


沈黙が長かった。


ルークが畑の柵を越えて、こちらに歩いてきた。目の前で立ち止まって、手のひらに何かを乗せた。


不格好なパンだった。


表面が焦げていて、形がいびつで、明らかに素人が焼いたパンだ。でもまだ温かい。


「……無理に行かなくていい」


ルークの声は低くて、静かだった。


パンを一口齧った。


外側がぱりっとしていて、中はもちもちしている。焦げた部分がほろ苦い。焼き加減が絶妙に失敗しているのが、逆においしい。調合で言えば、偶然生まれた新レシピみたいな味だ。


「……おいしい」


涙が出た。


泣かないと決めていたのに。追放された日も泣かなかったのに。勇者の手紙を肥料にした時も泣かなかったのに。


不格好なパンの温かさで、泣いた。


ルークは何も言わずに、隣に座っていた。私が泣き止むまで、ずっと。


夜風が冷たかった。でもパンは温かくて、隣に人がいるだけで、ひとりぼっちじゃなかった。五年間パーティーにいたのに、こんなふうに隣にいてくれる人はいなかった。


◇◇◇


翌朝、目が覚めた時、決めていた。


助けに行かない。でも、何もしないわけでもない。


調合台に向かって、魔瘴毒の解毒レシピを書き出した。陽炎花の花粉を触媒にした低温抽出法。手順は三十二工程。温度管理の注意点、素材の鮮度の見極め方、すべてを羊皮紙に書いた。


私の代わりに、このレシピが行けばいい。


「戻る」のではなく「知識を渡す」。完全な無関心でもなく、元の関係に戻るのでもない。距離を保ったまま、できることだけをする。


マーサの雑貨屋に駆け込んだ。


「マーサさん、お願いがあります。王都にいるお孫さんに、これを届けてもらえませんか。薬師ギルド宛に。匿名で」


「匿名?」


「私の名前は出したくないんです。ただ、このレシピがあれば、ガルドさんの毒は解毒できるはずです」


マーサは眼鏡を押し上げて、レシピに目を通した。


「……あんた、これ、自分しか知らない技術でしょう」


「ええ」


「それを渡していいの?」


少し迷った。この調合法は、祖母から私だけに伝えられたものだ。私の薬師としての最大の武器。


でも、人が死ぬかもしれない。


「いいんです。薬草は一人で抱え込むものじゃないって、祖母も言っていました」


嘘だ。祖母はそんなこと言っていない。でも、言いそうだな、と思った。


マーサが笑った。


「おばあちゃんに似てきたわね」


レシピを託して、雑貨屋を出た。


畑に戻ると、ルークがいつもの場所で鍬を振っていた。こちらをちらりと見て、すぐに視線を戻した。


「ルークさん」


「……なんだ」


「昨日のパン、また焼いてくれますか」


長い沈黙。


「……考えておく」


鍬を握る手の甲が、ほんのり赤い。


まあ、それは「はい」ということにしておこう。

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