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回復役を追い出した勇者パーティーの末路を、私は薬草畑から眺めている  作者: 九葉(くずは)


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3/10

第3話 お手紙は肥料にいたしました

追放されて二週間。驚くほど、毎日が穏やかだ。


朝は日の出とともに起きて、薬草畑に水をやる。月見草の根株から新しい葉が伸び始めた。銀露草の球根はまだ眠っているけれど、土の表面にほんのり緑が見える。もう少しだ。


雑草を全部抜き終えた畑は、祖母の時代の四分の一くらいしか使えていない。それでも、自分の手で土を耕して、自分の畑から薬草が育つのを見るのは、ダンジョンの暗がりで調合する日々とは全然違った。


今日は初めて、傷薬を作った。


銀露草の葉を細かく刻んで、蜂蜜と混ぜて煮詰める。祖母のレシピ通りだ。完成した軟膏は淡い緑色で、すーっとした清涼感がある。


「いい匂い……って、自分で言うのもなんですけど」


村の子供が転んで膝を擦りむいたと聞いて、持っていった。子供の母親が何度も頭を下げてくれた。


「薬師さんが来てくれて本当に助かります。一番近いお医者様は馬車で半日かかるんですよ」


ああ、そうか。この村には医者がいないのか。


五年間、勇者パーティーの「役に立たない荷物持ち」だった私の薬が、ここでは喜ばれている。それだけで、朝が少し楽しくなった。


◇◇◇


異変のニュースが届いたのは、マーサの雑貨屋でだった。


「ナターシャ、聞いた? 勇者パーティー、大変なことになってるらしいわよ」


マーサが商人から仕入れた情報を、山羊乳のチーズをスライスしながら語ってくれた。


冒険者ギルドの掲示板に載ったらしい。レオンハルトの勇者パーティーが、Sランクダンジョンで苦戦している。原因は「状態異常の回復が追いつかない」。


市販のポーションでは、あのダンジョンの毒は中和しきれない。私の特製ポーションには毒耐性付与の効果があったから、パーティー全員が毒を受けにくかった。それがなくなった今、毎回の戦闘で毒に倒れるメンバーが出て、攻略速度が半分以下に落ちたという。


「あら、大変ですねぇ」


チーズをひと切れもらって、口に入れた。塩気が強くて、パンと一緒に食べたい味だ。


「攻略速度が半分以下って、スポンサーにも影響が出るでしょうねえ」


他人事だ。完全に他人事だ。


少し前までは毎晩毒耐性ポーションの仕込みで寝不足だったのに、今は薬草の芽の成長を見守って、チーズを齧りながら元パーティーの苦戦のニュースを聞いている。人生何が起こるかわからない。


「ナターシャ、なんだか楽しそうね」


「そうですか? 私、いつもこんな顔ですけど」


「おばあちゃんもそういう顔するのよ。穏やかなのに、目の奥がちょっと意地悪な顔」


……否定できない。


「あら、って。あなたのパーティーでしょう?」


「元、ですね。もう関係ありません」


マーサが目を細めた。


「……そう。まあ、自業自得ね」


うん。自業自得だ。


◇◇◇


三日後、手紙が届いた。


馬便の配達人が「王都から」と言って置いていった封筒は、立派な羊皮紙で、レオンハルトの署名入りだった。


『ナターシャ 市販のポーションの調子が悪い。調合のコツを教えてくれ。短い手紙でいいから。 レオンハルト』


読み終わって、まず思ったのは、字がきれいだな、ということだった。レオンハルトは何だかんだ言って教養のある人だ。剣だけの脳筋ではない。だからこそ、ポーションの価値がわからなかったことが余計に腹立たしい。


次に思ったのは、「市販品で十分だ」と言ったのは誰でしたっけ、ということ。


それから、「調合のコツを教えてくれ」の一文に目が止まった。コツ。コツで作れるものじゃない。あの野外調合法を習得するのに、私は祖母のもとで三年かかった。その三年を「コツ」の一言で済ませるあたりが、実にレオンハルトらしい。


そして最後に思ったのは、この羊皮紙、なかなか良い紙だな、ということだった。


厚みがあって、しっかりしている。水を弾く加工もされている。分解すれば土壌に良い成分が残るタイプの革だ。


……肥料にちょうどいい。


私は手紙を細かくちぎって、薬草畑の冬凪草の苗に被せた。


「栄養になってくださいね。勇者様からの高級肥料ですよ」


冬凪草の芽が小さく揺れた。風だろう。でも、喜んでいるように見えた。


◇◇◇


その日の夕方、玄関先に籠が置いてあった。


中には、ニンジンとカブと、小ぶりだけど真っ赤なトマトが入っていた。どれも土がついたまま。収穫したてだ。


ルークだ。


彼以外にこんな無言の差し入れをする人を、私は知らない。トマトを一つ手に取った。まだほんのり太陽の温かさが残っている。齧ると、甘い汁がじわっと口の中に広がった。


……おいしい。


パーティーにいた頃の食事は、干し肉と硬いパンとポーション。仕事道具だ。


「食べるもの」を「おいしい」と思う時間すら、五年間あまりなかった気がする。


翌朝、完成した虫除けポーションを瓶に詰めて、ルークの畑に持っていった。


ルークは畝の間にしゃがんで、何かの苗を植えていた。


「おはようございます。虫除けポーション、お持ちしました。畑の四隅に撒いていただければ、ひと月は虫が寄りません」


「……」


ルークが手を止めて、瓶を受け取った。蓋を開けて匂いを嗅ぐ。


「ハッカ?」


「はい。ハッカと月見草のエキスを混ぜてあります。ルークさんのお野菜、虫除けで使ってください。あ、お野菜のお礼です。昨日のトマト、甘くておいしかったです」


「……そうか」


ルークはそれだけ言って、また苗を植える作業に戻った。


でも、耳が少しだけ赤かった。


気のせいかもしれないけれど。


◇◇◇


夜、小屋の調合台で新しい薬草の種を仕分けしていたら、窓の外でかすかな音がした。


カン、カン、と金属が石を叩くような規則的な音。


何かの工事だろうか。村の整備かもしれない。こんな夜遅くに? ちょっと気になったけれど、暗い中を出歩く勇気はない。方向音痴が夜道に出たら遭難する。


気にせず仕分けを続けた。月見草の種は三十粒、銀露草の種は二十粒、陽炎花の種は……あ、これはまだ時期が早い。春まで待とう。陽炎花は夏の薬草だから、今植えても寒さで枯れてしまう。


窓の外の音はしばらく続いて、やがて止んだ。


冬凪草の芽が、ほんの少し大きくなっていた。二枚の小さな葉が、月明かりの中で銀色に光っている。レオンハルトの手紙の肥料が効いたのか、単に季節が合っていたのか。


まあ、どちらでもいい。


元気に育ってくれれば、それで。

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