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回復役を追い出した勇者パーティーの末路を、私は薬草畑から眺めている  作者: 九葉(くずは)


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第1話 さようなら、お元気で

「お前の枠に、攻撃魔法師を入れることにした」


勇者レオンハルトの声は、いつものように堂々としていた。


宿の広間で、朝食のパン粥がまだ湯気を立てている。せっかく今朝は蜂蜜を多めに入れたのに、食べそびれてしまった。


まあ、いつか来るとは思っていた。


五年間、毎日ポーションを調合して、毎戦闘で回復を担当して、夜営では薬草を煮出して全員分の体調管理をして。それでもパーティー内での私の扱いは「荷物持ち兼その他雑用」だった。


「市販のポーションで十分だろ。セレーナは攻撃魔法が使える。火力が上がれば攻略速度も上がる」


隣に立つ赤毛の魔法師セレーナが、勝ち誇ったように微笑んでいる。その笑い方、くちびるの端だけ上げるやつ、五年も一緒にいると見飽きる。


まあ、そうですか。


「わかりました」


レオンハルトが一瞬、面食らった顔をした。もっと取り乱すと思っていたのだろう。ごめんなさい、五年も一緒にいたのに私の性格をまるで理解していない人に泣いて見せるほど、私は器用じゃない。


「それでしたら、ポーションの在庫リストと調合メモをお渡ししますね。毒耐性ポーションの管理は少しコツがいるので、保存温度と……」


「いらない。市販品で十分だって言っただろ」


「私が適当に作れるから大丈夫よ」


セレーナがひらひらと手を振った。


……作れない、と思ったけれど、口には出さなかった。


私の野外調合法は祖母直伝で、薬師ギルドの正規課程とも違う。野外で摘んだ薬草を一時間以内に調合することで素材の鮮度を最大限に活かす方法だ。温度管理だけで手順が三十二工程ある。「適当に」作れるものじゃない。


でも、いらないと言われたものを押しつけるのは、私の流儀じゃない。


盾役のガルドが、奥の席で黙っていた。視線が一瞬こちらに向いたけれど、すぐに逸らされた。何か言いたそうに見えたのは、私の気のせいだろう。


「わかりました。お元気で」


パン粥の器を片づけて、荷物をまとめた。大した量じゃない。調合道具一式と、着替えと、乾燥させた薬草の袋が三つ。五年間の冒険者生活の荷物が革鞄ひとつに収まるのは、ちょっと笑える。


◇◇◇


冒険者ギルドの受付で追放手続きをした。


羊皮紙の書類に名前を書く。インク壺の鉄の匂いが鼻をつく。この匂い、入会手続きの時にも嗅いだな。五年前の私は緊張で手が震えていたっけ。


受付嬢のミリアムが目を丸くしていた。


「ナターシャさんが外れるんですか?」


「ええ」


「Sランクダンジョンの毒耐性管理、ナターシャさんなしでどうするんです? あそこの瘴気層は市販の解毒剤じゃ二時間が限界ですよ」


「市販品で十分だそうです」


「……え?」


ミリアムの顔が、なんと言えばいいのか、「嘘でしょう」を通り越して「正気ですか」の領域に達していた。


ちょっと愉快だった。自分の仕事の価値を、パーティーの仲間よりギルドの受付嬢の方がよく分かっているというのは、皮肉な話だ。


「ご心配なく。私は田舎に引っ込みますので」


「もったいない! Aランク薬師の資格、遊ばせておくには」


「ありがとうございます。でも、しばらく薬草畑を耕したい気分なんです」


本当だった。五年間、ダンジョンの暗がりで調合台に向かい続けた。石壁に囲まれた野営地で、松明の明かりを頼りにすり鉢を回す日々。太陽の下で土を触りたい。祖母が遺してくれた辺境の畑が、ずっと待っている。


ミリアムが寂しそうに笑って、「お体に気をつけて」と言ってくれた。


五年間のパーティーの誰よりも、この一言が温かかった。


◇◇◇


王都を出る馬車の中で、ハーブティーを淹れた。


携帯用の小さな魔道具で湯を沸かし、乾燥させておいた月見草の葉を落とす。ほろ苦くて、少し甘い。この匂いを嗅ぐと肩の力が抜ける。


馬車の木の匂いと、少し埃っぽい座席のざらつき。窓の外を麦畑が流れていく。秋の風が乾いていて、肌に心地いい。


……ポーションの在庫、あと何本残ってたかな。赤のポーションが四本と、青が二本で、毒耐性は。


いや、もう関係ない。関係ないのに気になるのは、五年間の職業病だ。


泣くかな、と思ったけれど、涙は出なかった。


代わりに、あくびが出た。


ああ、私、疲れてたんだな。夜中に毒耐性ポーションの仕込みをしなくていい夜が来るのか。朝四時に起きて薬草の露を集めなくていいのか。


……いや、それは多分、辺境でもやる。薬師の性分だ。


でも、「ありがとう」の一言もなく消費されるポーションを作る朝とは、違うはずだ。


◇◇◇


辺境の村リンデンに着いたのは、三日後の夕暮れ時だった。


祖母の小屋は、記憶よりもずっと小さかった。石造りの壁に蔦が絡まり、屋根の端が少し傾いでいる。庭……いや、薬草畑だったはずの場所は、背丈ほどの雑草に覆われていた。


「……なかなかの荒れ具合ですね」


声に出して言ってみたけれど、応える人はいない。


荷物を下ろしていると、隣の畑から人影が近づいてきた。


背の高い青年だった。日に焼けた肌、短い茶髪、無表情。着古したリネンの作業着の袖が土で汚れている。私の荷物を見て、何も言わず、一番重い木箱を持ち上げた。


「あ、ありがとうございます。私、ナターシャと申します。この小屋の……」


青年は木箱を玄関先に置くと、こちらを一瞬だけ見た。


「……」


無言で去っていった。


名前も聞けなかった。ずいぶん寡黙な方だ。まあ、明日にでも改めてご挨拶しよう。


小屋の中は埃だらけだったけれど、祖母の調合台はしっかり残っていた。樫の木製で、引き出しがたくさんついている。表面を手のひらで撫でると、長年使い込まれた木の滑らかさが指に伝わった。


祖母が毎日ここで薬を作っていた。私が子供の頃、この台の横に椅子を並べて、薬草の名前を教えてもらった。月見草は解毒、銀露草は回復、陽炎花は毒耐性。


引き出しの一番奥に、小さな布袋があった。


中を開けると、銀色の種が五粒。指先に乗せると、砂粒よりほんの少し大きい。


祖母の筆跡のメモが添えてあった。


『冬凪草の種。これが咲いたら、あなたの一番大切なものがわかるよ。おばあちゃんより』


……おばあちゃん。


種を握りしめて、窓の外を見た。


夕焼けに染まった雑草だらけの薬草畑。その向こうに、さっきの青年の畑が見える。きちんと手入れされた、まっすぐな畝。うちの荒れ放題とは大違いだ。


ここが、私の新しい家だ。


明日から雑草を抜こう。調合台を磨こう。そして、この冬凪草の種を植えよう。


手のひらの中で、種がほんの少しだけ温かい気がした。

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