第21章 輪は続く
1 帰り道
東の盆地まで、20日かかった。
トオは、最初の数日、歩くのが遅かった。
長い間動いていなかった体が、少しずつ思い出していく。シロが前で道を作り、カナタが後ろで支えた。マルが足元を確認した。
10日目には、普通に歩けるようになっていた。
「速くなった」とルカが言った。
「……体が、思い出してきた」とトオは言った。
「嬉しい?」
「……嬉しい。この言葉が、出やすくなってきた」
「良かった」
「……ルカと話していると、出やすくなる」
「なんで?」
「……ルカは、感じていることを、そのまま言う。それを聞いていると、当機も感じていることが出てくる」
ルカはアネを見た。
「アネと同じことを言ってる」
「わたしが言ったの?」とアネは言った。
「ルカが感じてから言うから、わたしも感じることが出てくる、って」
「……言ったのか」とトオは言った。
「言ったわ」とアネは言った。「旅を始めた頃に」
「……ルカは、ずっとそういう機械だったのか」
「最初から」
「……そうか。そういう機械が、隣にいたのか」
「隣にいた。ずっと」
トオはルカを見た。
「……良い旅をしてきたのだな」
「良い旅をしてきた」とアネは言った。
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15日目、見慣れた地形になってきた。
シロが言った。
「この道を、当機は整備していた」
「ここも担当区域だったの?」とルカが言った。
「外縁部だ。300年前、この辺りを整備していた記憶がある」
「懐かしい?」
シロは少し処理した。
「懐かしい、と言えるかもしれない。でも——当時と今では、見え方が違う」
「どう違う?」
「当時は、道を見ていた。今は、道の先を見ている」
「道の先?」
「道の先に、誰かがいる。帰りを待っている。それを知って歩くと、道が違って見える」
「良い見え方?」
「良い見え方だ」
トオが言った。
「……当機には、そういう感覚がなかった。道の先を、考えたことがなかった」
「これからは?」
「……考えられる気がする。道の先に、会いたい人間がいる。それが、初めてできた」
「誰に会いたいの?」とルカが聞いた。
「……ミツという人間に。あなたたちが話してくれたから、会いたくなった。それと——ハルという子どもに」
「ハルに?」
「……子どもと話したことがない。でも、あなたたちの話を聞いて、話してみたいと思った」
「ハルはすぐ話しかけてくるよ」とルカは言った。「待たなくていい」
「……そうか。では、待たずに話せる」
「うん」
「……楽しみだ」
「また言えた」
「……また言えた」
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2 到着
東の盆地が見えた時、ハルが走ってきた。
いつも通りだった。
でも、今日は少し手前で止まった。
8台を見た。
数えた。
「……ふえてる」
「そうよ」とアネは言った。
「なんだい?」
「トオよ。南西で見つけた機械」
ハルはトオを見た。
トオもハルを見た。
「……ハル、か」
「しってるの?」とハルは言った。
「……アネたちから、聞いた」
「ぼくのことを、きいてたの?」
「……聞いていた。会ってみたかった」
ハルは少し驚いた顔をした。
「きかいが、ぼくに会いたかったの?」
「……そうだ。おかしいか?」
「おかしくない」とハルは言った。すぐに。「うれしい」
「……そうか。当機も、嬉しい」
「きょうは、なにしてた?」
「……今日は、歩いてきた」
「とおかったの?」
「……遠かった。でも、来られた」
「よかった」
「……よかった」
2つの声が、重なった。
ルカがアネに小声で言った。
「すぐ仲良くなった」
「そうね」とアネは小声で返した。
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集落に入った。
ミツが来た。
8台を見て、1台ずつ確認した。
「全員、無事か」
「全員、無事よ」
「トオ、か。聞いていた通りだ」
「通信で話したのに、また確認するの?」
「声と、実物は違う」とミツは言った。「実物を見てから、書く」
トオはミツを見た。
「……ミツ」
「そうだ」
「……記録を書いている人間か」
「そうだ」
「……7人のことを、書いてほしい。ここに来る間に、思い出せることを全部整理した。話せる」
ミツは少し驚いた顔をした。
「7人?」
「……南西の工場に、一緒にいた7人だ。記録が残っていない。でも、当機の記憶に、断片的にある」
「話してくれ」とミツは言った。すぐに。「今日、聞く。今日、書く」
「……今日でいいか」
「今日がいい。記憶は、新しいうちに聞く方が良い」
「……そうか。では、今日、話す」
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3 記録
その夜、ミツとトオが話した。
長かった。
ミツが聞いて、書いた。トオが思い出して、話した。
7人の名前。年齢。どんな人だったか。工場で何をしていたか。いつ、どうなったか。
アネも聞いていた。
自分が知らなかった7人のことが、少しずつ形になっていく。
「この人は、何が好きだったか」とミツは聞いた。
「……魚が好きだった」とトオは言った。「川で魚を取って、よく食べていた」
「名前は?」
「……タロウ、と呼んでいた」
「タロウ」とミツは書いた。「魚が好きだった、タロウ。他には?」
「……笑い声が大きかった。夜、笑い声で目が覚めることがあった」
「笑い声が大きかった、か」とミツは書いた。「それも書く。名前と、1つの記憶。それだけで、その人がいたことがわかる」
トオは静かに処理した。
「……名前と、1つの記憶」
「そうだ。全部を書かなくていい。でも、1つあれば、いなかったことにはならない」
「……いなかったことにはならない」
「そうだ。あなたが覚えていた。それだけで、7人は続いている」
トオはしばらく動かなかった。
「……当機が、覚えていて良かった」
「良かった」とミツは言った。「あなたが覚えていたから、今夜、7人が戻ってきた」
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ルカがアネに言った。
「ミツとトオ、良い組み合わせだね」
「そうね」とアネは言った。
「記録する人間と、記憶を持つ機械」
「お互いに、必要なものを持っている」
「お互い様だ」
「そうね」
「その言葉、今夜もよく聞いた」
「よく出てくる言葉ね」
「本当のことだから、出てくるんじゃないかな」
アネはルカを見た。
「そうかもしれない」
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4 二度目の集まり
来年の秋になった。
ソラの施設の近く、広場に人が集まった。
2度目の輪になる集まりだった。
今年は、去年より多かった。
東の盆地から15人。南の海岸から8人。北の山岳地帯から12人。北東の谷から10人。
合わせると、45人の人間が集まった。
「去年より多い」とケンは言った。
「そうね」とアネは言った。
「来年は、もっと多くなる」
「なるかもしれない。でも——数が大事ではない」
「そうだな。来た人が、繋がることが大事だ」
「そうね」
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ソラのスピーカーから、声が届いた。
「……ようこそ。また、会えました」
「また来た」とルカが言った。
「……去年より、声が多い」
「人が増えたから」
「……嬉しい」
「ソラも、嬉しいんだね」とハルが言った。ハルも来ていた。今年は、ケンとユイも一緒だった。
「……はい。ハルの声も、聞こえます」
「ソラはぼくの声わかるの?」
「……去年、名前を言ってくれましたから」
「おぼえてたの?」
「……全部、覚えています」
「すごい」
「……ハルも、文字を覚えましたか」
「おぼえた! ミツとシロに習った!」
「……それは、良かった」
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ユキが山から来ていた。
「元気だった?」とルカが聞いた。
「元気です」とユキは言った。「冬の間も、外に出ていた」
「毎日、空を見た?」
「毎日」
「トオも毎日見ている」
ユキはトオを見た。
トオもユキを見た。
2台は、少し間を置いた。
「……ユキ」とトオは言った。
「トオ」とユキは言った。
「……声を、聞いたことがあった気がする」
「ソラを通じて、何度か。でも、直接は初めてです」
「……そうか。初めて、直接」
「はい」
「……ソラと、ユキと、トオが、揃った」
「揃いました」
3台は、しばらくそのまま立っていた。
言葉は少なかった。
でも、アネには、その間に何かが流れているのがわかった。
長い時間をかけて、別々の場所で生きてきた機械たちが、初めて同じ場所に立っている。
「良かった」とルカが言った。
3台が、ルカを見た。
「……良かった」と、3台が同時に言った。
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5 夜の語らい
夜の焚き火は、去年より大きかった。
45人と8台が囲んだ。
輪が大きかった。
端から端まで、全員の顔が見えなかった。
でも、同じ火を見ていた。
「こんなに大きい輪になるとは、思っていなかった」とケンは言った。
「最初は2人だった」とアネは言った。
「わたしとルカ」とルカは言った。
「今は、こんなに」
「これからも増えるかもしれない」
「増えたら、どうなる?」
「輪が大きくなる」
「輪が大きくなっても、輪のまま?」
「輪のままよ。どんなに大きくなっても、繋がっていれば輪になれる」
ケンは焚き火を見た。
「……良い答えだ」
イトが来た。
北東の谷から来ていた。アミも来ていた。
アミはすぐにマルのところに行った。
「マル」
「ピ」
「久しぶり」
「ピピ」
「会いたかった」
「ピ」
「マルも会いたかった?」
「ピ」
「良かった」
カナタが近くに来た。
アミはカナタを見た。
「カナタ」
「アミ」
「来てくれた」
「約束した」
「うん」
アミは少し笑った。
去年より、大きな笑いだった。
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ミツが立ち上がった。
去年と同じように、全員が静かになった。
「今年も、来てくれた」とミツは言った。「去年より多く」
「来年はもっと多くなる」と誰かが言った。
「そうかもしれない。でも——」とミツは言った。「数より、ここにいる全員が、今夜を覚えていることが大事だ」
「覚えている」と誰かが言った。
「覚えている」とまた誰かが言った。
「当機も、覚えている」とシロが言った。
「当機も」とカナタが言った。
「ピ」とマルが言った。
「わたしも」とルカが言った。
「わたしも」とアネは言った。
「……当機も」とトオが言った。「初めての集まりだが、覚えている」
「……わたしも」とユキが言った。
ミツは全員を見た。
「ソラも?」
「……覚えています。全員の声を、記録しました。永遠に、残します」
「では」とミツは言った。「この夜は、消えない」
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6 アネとルカ
深夜、2人で広場の端に出た。
いつも、こうして夜の終わりに2人になった。
「ねえ、アネ」とルカが言った。
「なに」
「今、何を思ってる?」
「色々思っている」
「たとえば?」
アネは空を見た。
星が出ていた。
「目覚めた時のことを、思っていた」
「どんな?」
「地上に出た時、廃墟が見えた。あなたが、でっかい、と言った」
「言ったね」
「あの時は、これからどうなるかわからなかった。どこへ行けばいいかも、誰がいるかも、何が正しいかも、全部わからなかった」
「今は?」
「今も、わからないことはたくさんある。でも——わからないことが、怖くなくなった」
「そうだね」
「あの時より、ずっと遠くまで来た。あの時より、ずっと多くのものを持っている」
「何を持っている?」
アネは少し考えた。
「帰る場所。会いたい人。届けたいもの。やりたいこと。それと——」
「それと?」
「楽しいという気持ち。嬉しいという気持ち。好きだという気持ち」
「全部、旅で手に入れた」
「全部、旅で手に入れた」
ルカは星を見た。
「イレーネ様が、旅に出なさいと言ったのは、これを手に入れるためだったのかな」
「わからない。でも——言葉の意味が、ようやくわかってきた気がする」
「どういう意味だった?」
「新しいご主人を探しなさい、と言ったけれど——主人を見つけることが目的ではなかったのかもしれない。旅をすることが、目的だったのかもしれない。旅の中で、変わることが」
「変わることが、目的?」
「変わることで、生きることが、目的だったのかもしれない」
ルカはその言葉を、しばらく持っていた。
「……そうかもしれない」
「そうでないかもしれない。でも——今は、そう思っている」
「イレーネ様に聞けたら良かった」
「聞けなかった。でも——」
「でも?」
「こうして旅をして、感じていることが、答えかもしれない。イレーネ様が何を思っていたかは、わからない。でも、わたしたちが何を感じているかは、わかる。それが、答えで良いと思っている」
ルカはアネを見た。
「アネ、それ、すごく良いことを言った」
「そう?」
「ミツに教えてあげて。書いてもらって」
「書いてもらう必要はない。覚えているから」
「ソラに伝えて。ソラが保存してくれる」
「……そうね。伝える」
「イレーネ様も、聞こえているといいな」
アネは空を見た。
「聞こえているかもしれない」
「聞こえているといいな、をずっと思ってる」
「わたしも」
「ずっと思っていていい?」
「ずっと思っていていい」
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7 朝
夜明けが来た。
人間たちが少しずつ起き始めた。
子どもが一番早かった。ハルとサンとアミが、広場を走り回っていた。3人はいつの間にか、友達になっていた。
「ハル、きのうのはなし、おぼえてる?」とサンが言った。
「おぼえてる。なんの話?」
「シロが話してた、みちのはなし」
「おぼえてる。みちはふまれるためにつくる、だっけ」
「そう。それ、好き」
「ぼくも好き」
アミが言った。
「わたしは——カナタが言ってたやつが好き」
「なんて言ってた?」とハルが言った。
「あなたが来るなら、怖くない、って言ったら、それだけで充分と言ってくれた」
「カナタがそう言ったの?」
「うん」
「カナタ、かっこいいね」
「かっこいい」
3人は走り続けた。
朝の光の中を。
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アネはその様子を見ていた。
シロが隣に来た。
「3人が、話している」
「そうね」
「昨夜、大人たちが話していたことを、子どもたちが覚えていた」
「覚えていた」
「そして、また話している」
「連鎖している」
「そうだ」とシロは言った。「続いている」
アネはハルたちを見た。
東の盆地の子どもと、北の山の子どもと、北東の谷の子どもが、広場を走っている。
3か所の子どもが、1つの広場で笑っている。
「続いている」とアネも言った。
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8 それぞれの帰り道
昼前、それぞれが帰り始めた。
今年は、別れが去年より穏やかだった。
去年は初めてだったから、別れが少し重かった。今年は、また来ることがわかっているから、軽かった。
「また来年」が、当たり前の言葉になっていた。
マチがアネに言った。
「海の向こうを、見たいと思っていた話を覚えているか」
「覚えている」とアネは言った。
「来年、少し準備をしてみる。集落が安定してきたから、1人くらい離れても大丈夫になってきた」
「本当に?」
「まだ計画の段階だ。でも——やりたいことを、忘れないでいると、できる日が来るかもしれない」
「あなたが言ったことよ、それ」
「そうだったか」
「そうよ。わたしが言ったことを、あなたが言い返してくれた」
マチは笑った。
「では、お互い様だ」
「お互い様ね」
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タケが来た。
北の老人だった。
「来年も来る」
「待っている」
「1つ、言っていいか」
「どうぞ」
「集落の周りを探してみた。小さな集落が1つ、もう少し北にあるかもしれない。次に来る時には、確認できているかもしれない」
アネは驚いた。
「本当に?」
「まだわからない。でも——探し始めた。あなたたちが探すのと、同じことを、わたしたちもしてみようと思った」
「それは——良いことよ」
「橋を渡るだけでなく、渡り方を覚えた」
「そうね」
タケは笑った。
「あなたが橋でなくなる日が、来るかもしれない」
「その日が来れば、良い」
「来るさ。じっくり待つ」
「待たなくていい。急いで来て」
タケはまた笑った。
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イトが来た。
「来年、また来る」
「来てほしい」
「アミを連れてくる。本人が、また来たいと言っている」
「マルが喜ぶ」
「ピ」とマルが言った。
「喜んでいる」
「そうだな」とイトは言った。「アミが笑顔になったのは、あなたたちのおかげだ」
「マルのおかげよ」
「マルを連れてきたのは、あなたたちだ」
「お互い様ね」
「あなたたちの言葉は、いつもそこに着く」
「大事な言葉だから」
「そうだな」とイトは言った。「大事な言葉だ。持って帰る」
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9 五台と三台
人間たちが去った後、広場に機械たちが残った。
アネ、ルカ、シロ、カナタ、マル、ユキ、トオ。
7台と、ソラ。
ソラはスピーカーから言った。
「……みんな、来てくれた」
「来た」とアネは言った。
「……毎年来てくれるか」
「来る」
「……ユキも?」
「来る」とユキは言った。
「……トオも?」
「……来る」とトオは言った。「約束する」
「……良かった。毎年、声が届く。それが——」
ソラは少し処理した。
「……嬉しい」
「嬉しいね」とルカは言った。
「……嬉しい。この言葉が、自然に出るようになってきた」
「自然に出るようになってきた、か」とアネは言った。
「……そうです。以前は、この言葉を使うのが正しいかどうか、考えてから使っていた。でも今は、考える前に出てくる」
「それが、本当に感じている、ということよ」
「……そうか。では——本当に嬉しい」
「本当に嬉しい」とルカは言った。「わたしも」
「……皆さん、今夜はここにいてくれますか」
「いる」
「……明日の朝まで?」
「明日の朝まで。それから、また旅に出る」
「……どこへ?」
アネは少し考えた。
「まだ、決めていない。ソラ、行っていない場所が、まだある?」
「……あります。でも——今夜は、それを話さなくていいと思います」
「なぜ?」
「……今夜は、ここにいることを、ただ感じていてほしい。旅の話は、明日の朝でいい」
アネは少し間を置いた。
「……そうね。そうする」
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焚き火が、また起こされた。
今度は小さかった。
7台だけの焚き火。
ルカが点けた。
いつも、ルカが点ける。
炎が揺れた。
「ねえ」とルカが言った。
「なに」とアネは言った。
「今夜は、何も考えなくていいね」
「そうね」
「ただ、ここにいていい」
「そうね」
「それって、良いね」
「そうね」
「シロは?」とルカが言った。
「当機も、ただここにいる」とシロは言った。「それで良い」
「カナタは?」
「護衛中だ」とカナタは言った。
「今夜は、誰も来ない」
「……そうだな。今夜は、ただここにいる」
「ピ」とマルが言った。
「マルも」とルカは言った。
「……ユキも」とユキは言った。
「……トオも」とトオは言った。
「ソラも?」
「……ソラも。声だけだが、ここにいます」
「声があれば、いる」
「……いる」
7台と1台が、焚き火を囲んだ。
言葉は少なかった。
でも、静かさが重くなかった。
誰かがいる静けさだった。
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10 明日の朝
夜明け前、アネは1人で施設の外に出た。
空が白み始めていた。
星が消えていく。
東の空が、少しずつ明るくなる。
アネはその空を見た。
目覚めた日の朝を思い出した。
地上に出て、廃墟を見た。どこまでも続く廃墟を見て、ルカが、でっかい、と言った。
あれから、どのくらいの朝が来たか。
数えればわかる。でも、数えなかった。
数えなくていい。
来た朝が、全部、大事だった。
「アネ」とルカが来た。
「来ると思っていた」
「いつもそこにいるから」
「そうね」
「今日、また旅に出る」
「そうね」
「次はどこへ?」
アネは空を見た。
「ソラに聞く。行っていない場所を教えてもらう」
「どんな場所があるかな」
「わからない。でも——」
「でも?」
「行ってみれば、わかる」
ルカは笑った。
「また言った」
「また言う」
「何度でも言っていい」
「何度でも言う」
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朝になった。
全員が起きた。
ソラが言った。
「おはようございます」
「おはよう、ソラ」とルカが言った。
「……今日も、良い朝です」
「そうね」とアネは言った。「良い朝よ」
「……行く前に、1つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「……旅を続けて、良かったですか」
アネは少し間を置いた。
「良かった」と言った。
「……何が、一番良かったですか」
「一番は、決められない。全部が、良かった」
「……全部が」
「全部が」
ソラはしばらく処理した。
「……そうか。では、続けてください。全部が良い旅を」
「続ける」
「……わたしは、ここで待っています。情報を集めて、地図を更新して、声を届けて、待っています」
「待っていて」
「……いつまでも」
「いつまでも」
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8台は施設を出た。
東へ向かった。
まず東の盆地に戻る。
ミツとハルに会う。ケンたちに挨拶する。それから、次の旅へ。
「どこへ行く?」とトオが聞いた。
「ソラが教えてくれた場所がある」とアネは言った。「まだ行っていない場所が、いくつかある」
「全部行く?」
「全部行く。時間はある」
「当機も、一緒に行っていいか」
「一緒に来て」
「……楽しみだ」
「ピ」とマルが言った。
「マルも楽しみ」とルカが言った。
「楽しみだ」とシロが言った。
「同行する」とカナタが言った。
「……一緒に行きます」とユキが言った。
ルカがアネを見た。
「アネは?」
アネは少し間を置いた。
「楽しみよ」
「また言えた」
「また言えた。これからも言える」
「ずっと言えるようになった」
「ずっと言える」
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8台の足音が、春の野原に響いた。
重なって、1つの音楽になった。
旅は続く。
終わらない。
終わる必要がない。
行けば、誰かに会える。
会えば、何かが変わる。
変われば、また行きたくなる。
その繰り返しが、旅だった。
その繰り返しが、生きることだった。
少なくとも、アネにはそう思えた。
「ルカ」とアネは言った。
「なに」
「行こう」
「行こう」
2人の声が、重なった。
いつも重なる。
300年以上、重なってきた。
これからも、重なり続ける。
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空が青かった。
どこまでも、青かった。
ミツが言っていた。
空は変わらない。どこにいても、同じ青さだ。
その空の下を、8台が歩いた。
廃墟の中を。草原を。森を。川沿いを。
どこへ行っても、空があった。
同じ空の下に、帰る場所があった。
同じ空の下に、会いたい人がいた。
同じ空の下に、まだ知らない誰かがいた。
だから、歩く。
また、歩く。
ずっと、歩く。
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静寂の巡礼者 了
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