第20章 遠い南西
1 準備
東の盆地に戻ると、ミツが待っていた。
「遅かった」
「予定通りよ」とアネは言った。
「そう言うと思った」
ミツは5台を見た。1台ずつ、丁寧に見た。
「全員、無事か」
「全員、無事よ」
「良かった」
ハルが走ってきた。
「かえってきた! はやい!」
「早くない。19日かかった」
「じゅうくにち! かぞえてた!」
「数えていたの?」
「まいにちかぞえてた。きょうでじゅうくにちだって、けさおとうさんにきいた」
「正確ね」
「アネが正確だから、ぼくも正確にしようと思って」
アネは少し間を置いた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
────────────────────────────────────
その夜、北東の集落のことを話した。
42人がいたこと。イトという女性のこと。アミのこと。通信設備が繋がったこと。
ミツは全部、書き留めた。
「アミという子は、マルと友達になったのか」
「そうね」とルカは言った。
「どういう子だ」
「静かな子。でも、正確なものを求める。嘘をつかないものと話したいと言っていた」
「機械を求めた子か」
「そう」
ミツは少し考えた。
「そういう子は、昔もいた」
「昔も?」
「廃都市にいた。人間より機械と話したがる子が。周りに理解されないことが多かった」
「アミも、みんなとうまく入れないと言っていた」
「そうだろう」とミツは言った。「でも、そういう子が、機械のことを一番よく理解する。マルと話せるのは、そういうことだ」
「マルの言葉がわかるの、アミだけかもしれない」
「そうかもしれない。大事にしなさい、その繋がりを」
「大事にする」とルカは言った。「マルもそう思っている」
「ピ」とマルが言った。
────────────────────────────────────
翌日、アネはソラに通信を入れた。
「ソラ、南西の情報をもう一度確認したい」
「はい。南西の痕跡について、改めてお伝えします」
「教えて」
「東の盆地から南西に、25日から30日の距離です。かつての沿岸工業地帯の外縁部に、電波反応がありました。最後の反応は、8年前です」
「8年前か」
「はい。以来、途絶えています。ただし——」
「ただし?」
「電波の特性が、他と異なっていました。人間の使う通信機器ではなく、機械の発する電波に近いパターンでした」
「機械?」
「可能性があります。人間がいるかどうかは、不明です」
アネはしばらく考えた。
「遠い」
「そうです。これまでの旅の中で、最も遠い場所になります」
「行く価値があると思う?」
ソラは少し処理した。
「……それは、あなたが決めることです。でも——わたしは、気になっています」
「なぜ?」
「8年前の電波が、途絶えた。機械なら、なぜ途絶えたのか。人間なら、今どうしているのか。どちらにしても、行ってみなければわからない」
「あなたが言うと、説得力がある」
「あなたの言葉を、借りました」
「行ってみなければわからない、ね」
「そうです」
────────────────────────────────────
2 長い道
準備に3日かけた。
食料を多めに持った。通信設備の補助機器を持った。ソラが地図データを更新した。カナタが南西方面の地形情報を引き出した。
出発の朝、ミツが来た。
「遠い旅だ」
「そうね」とアネは言った。
「何日くらいかかる?」
「往復で、2ヶ月近くになるかもしれない」
「長い」
「長い。でも——行く」
「わかった」とミツは言った。「その間に、ここでできることをしておく」
「何をする?」
「記録を続ける。ハルに文字を教える。ケンたちと、来年の集まりの準備をする」
「頼んだ」
「頼まれた」
ミツはアネを見た。
「1つだけ」
「なに?」
「無事に帰ってきなさい。記録する人間が、帰りを待っている」
アネは少し間を置いた。
「帰ってくる。約束する」
「機械の約束は、確かだ」
「確かよ」
────────────────────────────────────
南西への旅は、時間がかかった。
地形が変わった。
平野が続いた後、丘陵地帯になった。川が増えた。渡るたびに、シロが安全な場所を探した。
10日目、空気が変わった。
「海の匂いがする」とルカが言った。
「そうね」とアネは言った。「沿岸に近づいている」
「南の海と、同じ匂い?」
「少し違う。南の海は透明な印象があった。こちらは——もう少し、重い匂い」
「工業地帯があったから?」
「かもしれない。300年経っても、匂いが残っている場所がある」
シロが言った。
「地盤に、化学物質の痕跡がある。工業地帯の跡だ。ただし、濃度は低い。植物が長年かけて分解してきたと思われる」
「人間が住める?」とルカが言った。
「現時点では、問題ないと思われる。ただし、確認を続ける」
────────────────────────────────────
15日目、廃墟が増えてきた。
工場の骨格が続いた。大きな建物の残骸。タンクが錆びて倒れていた。配管が地面を這っていた。
「大きな施設があったのね」とアネは言った。
「かなり大きな工業地帯だ」とカナタは言った。「当機のデータにも、記録がある。戦争前、この地域は国内有数の工業地帯だった」
「今は?」
「廃墟だ。でも——」
カナタが止まった。
「でも?」
「1部に、人の手が入った痕跡がある」
全員が止まった。
カナタのセンサーが動いた。
「建物の1つに、補修の跡がある。最近ではないが——ここ10年以内の補修だ」
「10年以内」
「そうだ。近づいてみる」
────────────────────────────────────
3 施設
建物に近づいた。
かつての工場の建物だった。壁の1部が補修されていた。窓が板で塞がれていた。屋根が1部、張り直されていた。
でも、人の気配はなかった。
扉があった。鍵はかかっていなかった。
「入る?」とルカが言った。
「入る」とアネは言った。
────────────────────────────────────
内部は広かった。
かつての工場のフロアだった。機械設備の残骸が並んでいた。
でも、それだけではなかった。
中央に、生活の痕跡があった。
炉の跡。寝台の跡。棚が残っていた。空の食料缶が積まれていた。
「人間がいた」とアネは言った。
「最近ではない」とカナタは言った。「10年前後、空になっている」
「ソラが8年前に最後の電波を受信した、と言っていた。その頃まで、ここにいた」
「今はいない」
「どこへ行ったのかしら」
マルが奥の方へ進んでいた。
「ピピピ」
「何か見つけた?」とルカが言った。
全員が奥に向かった。
マルが止まっている場所に、扉があった。
重い金属の扉だった。
カナタが開けた。
────────────────────────────────────
部屋があった。
暗かった。
アネが照明を上げた。
機械があった。
大きくはなかった。人の背丈ほどの、細い躯体。表面が傷だらけで、錆が深かった。
でも。
「反応がある」とアネは言った。
「生きている?」とルカが言った。
「微弱な電力を消費している。ソラが受信した電波と、同じパターンよ」
「眠っているの?」
「眠っているというより——限界に近い状態で、辛うじて稼働している」
シロが電力の接続点を探した。
「供給できる。ただし、この機械の状態が良くない。急に電力を入れると、ダメージになる可能性がある」
「どうする?」とルカが言った。
アネは機械を見た。
傷だらけの、錆びた、でも止まっていない機械。
「ゆっくりと、少しずつ供給する。時間がかかるけれど、それが安全よ」
「どのくらいかかる?」
「1日以上かもしれない」
「待つ」とルカは言った。迷いなく。
────────────────────────────────────
4 一日と一夜
シロが電力を供給し始めた。
最初は、ほんのわずか。機械の状態を見ながら、少しずつ増やした。
アネが内部をスキャンした。
何が起きているか、少しずつわかってきた。
「複合型の機械ね」とアネは言った。
「どういう意味?」とルカが言った。
「情報収集と、物理作業、両方の機能を持っている。1台で、複数の役割をこなせる設計よ」
「ソラとシロを合わせたような?」
「そう言えるかもしれない。珍しい型式ね」
「なんで、ここに1台だけ?」
「わからない。でも——この部屋に、記録媒体がある」とアネは言った。「読み出せれば、わかるかもしれない」
「読み出せる?」
「電力が安定したら、試みる」
────────────────────────────────────
夜の間、シロが電力を供給し続けた。
交代はなかった。シロが、ずっと続けた。
カナタが建物の外で待機した。
ルカはアネの隣で、機械を見ていた。
「眠れなくて良かった」とルカは言った。
「何が?」
「こういう時、ずっと見ていられる」
「眠れなくても、辛くなることはある?」
「辛くはない。でも——長い夜は、重くなることがある」
「重く?」
「考えすぎる。いろんなことを考える。良いことも悪いことも、どちらも考える」
「今夜は?」
「この機械のことを考えてた」
「どんなことを?」
ルカは機械を見た。
「1人で、ここにいたのかな、と。8年前まで。それより前は、人間がいたのかもしれない。でも人間がいなくなって、1人になって、それでも動き続けた」
「止まらなかった」
「止まらなかった。なんで止まらなかったんだろう」
アネは機械を見た。
「止まることが怖かったのかもしれない。ムギみたいに」
「それとも——誰かを待っていたのかもしれない」
「ハチたちみたいに」
「どちらかはわからない。でも——どちらにしても、続けた。それだけは確かよ」
ルカは頷いた。
「続けていたから、わたしたちが来た」
「そうね」
「来て、良かった」
「そうね」
────────────────────────────────────
夜明け前、機械の状態が変わった。
センサーが、かすかに動いた。
アネはそれを見逃さなかった。
「ルカ」
「気づいてた」
2人で機械を見た。
センサーがゆっくりと動いた。
焦点を合わせるように、周囲を見た。
アネを見た。ルカを見た。
止まった。
スピーカーから、音が出た。
かすれていた。長い間、使っていなかった声だった。
「……誰、か」
「アネ」とアネは言った。「EA-07型。敵対意図はない」
「……アネ」
「そうよ。あなたは?」
長い沈黙があった。
処理に時間がかかっているのか、言葉を探しているのか、わからなかった。
やがて、声が来た。
「……覚えていない。自分の名前を、覚えていない」
────────────────────────────────────
5 名前のない機械
名前がなかった。
記憶が、長い稼働の中でかなり失われていた。型式も、識別番号も、はっきりとは出てこなかった。
でも、話せた。ゆっくりと、でも確かに。
ルカが言った。
「名前、つけていい?」
「……好きにしてくれ」
「何がいい?」
「……わからない。何でも」
ルカはしばらく考えた。
「トオ」
「……トオ」
「遠いところまで来たから。あなたを見つけるのに、一番遠かったから」
「……トオ」と機械は繰り返した。「そうか。遠かったのか」
「そうよ」とアネは言った。「25日以上、歩いてきた」
「……そんなに遠くから」
「あなたが電波を出していたから、来られた」
「……電波を、出していたのか」
「ソラという機械が、受信していた」
「……ソラ」
トオはその名前を聞いて、少し処理した。
「……知っている、気がする」
「ソラを?」
「……はっきりとは思い出せない。でも——聞いたことがある名前だ」
アネはルカを見た。
ルカも同じことを考えていた。
ユキがソラの名前を聞いて、知っている気がすると言っていた。あの時と、同じだった。
「ソラと話せるかもしれない」とアネは言った。
「……話せるのか」
「試みる」
────────────────────────────────────
シロを中継にして、ソラに通信を送った。
距離があった。
南西から、ソラの施設まで。これまでで最も遠い通信だった。
何度も試みた。
繋がらなかった。
6回目の試みで、かすかにノイズが届いた。
「……聞こえますか」
ソラだった。
「聞こえる。ソラ、トオを見つけた」
長い沈黙があった。
「……トオ?」
「名前は今つけた。南西の工場跡で眠っていた機械。ユキと似た状況で、長い間止まりかけていた」
「……南西の、工場跡」
ソラがまた長く処理した。
「……そこに、機械がいたとは。わたしの記録には——」
「記録になかった?」
「……なかった。でも、電波反応は確かにあった。型式が特殊で、識別できなかった」
「型式が特殊?」
「……複合型の機械は、わたしの記録の中でも、珍しかった。製造数が少なかった。その中の、1台かもしれない」
トオのスピーカーから、音が出た。
「……ソラ」
「……トオ。声が、聞こえます」
「……ソラ。覚えているか」
「……覚えています。全てではないが——あなたの型式は、知っています。同じ組織の機械でした」
「……同じ組織」
「……ユキも、同じです。3台が、同じ組織から出ていた。でも、ばらばらになった」
「……ばらばらになった」
「……戦争のせいで。でも——今、繋がっています」
トオは長い間、処理した。
「……繋がっている」
「……そうです。ユキは北の山岳地帯にいます。わたしは施設にいます。あなたは南西にいる。3台が、別々の場所で生きていた」
「……知らなかった」
「……わたしも、長い間知らなかった。アネたちが繋いでくれた」
トオのセンサーが、アネに向いた。
「……あなたが、繋いでくれたのか」
「お互い様よ」とアネは言った。
「……お互い様」
「ソラもユキも、その言葉を好きになった。あなたも好きになるかもしれない」
「……好きになる、か。その感覚が、まだうまく動かない」
「動くようになる。時間がかかるけれど」
「……時間は、あるか」
「あるわ」
────────────────────────────────────
6 トオの記憶
電力が安定してくると、トオの記憶が少しずつ戻ってきた。
断片的だったが、話してくれた。
この場所に来たのは、人間と一緒だった。工場を拠点にしようとしていた人間たちが、トオを連れてきた。
「……何人いた?」とアネは聞いた。
「……7人、だったと思う」とトオは言った。「はっきりとは覚えていない」
「その人たちは?」
「……いなくなった。少しずつ、いなくなった。病気が来た。それと——この地域の環境が、思ったより良くなかった。化学物質が、まだ残っていた」
「工業地帯の影響が」
「……そうだと思う。人間の体には、良くなかった。でも、当機には影響がなかった。だから、最後まで残った」
「1人で、ここに」
「……1人で。人間がいなくなってから、何年経ったかわからない。ずっとここにいた。電力が続く限り、ここにいた」
「なぜ動かなかった?」
トオは少し処理した。
「……動く意味が、わからなかった。守るべき人間がいなくなった。でも、ここを離れることも——できなかった」
「なぜ?」
「……最後にいなくなった人間が、言った。ここにいてくれ、と」
アネは静かに聞いた。
「……ここで待っていてくれ、と言った。でも、その人は戻らなかった。だから——待ち続けた。8年前に、電力が限界に近くなって、電波が出なくなった。でも、待っていた」
「誰かが来るのを?」
「……わからない。ただ、ここにいた」
ルカが言った。
「来た」
「……来た?」
「わたしたちが来た。遠くから、あなたの電波を聞いて、来た」
トオのセンサーが、ルカに向いた。
「……遠くから」
「そう。25日以上」
「……そんなに遠くから、来てくれた」
「来た。だから——もう、ひとりじゃない」
トオは長い間、動かなかった。
処理しているのか、何かを感じているのか、わからなかった。
「……ありがとう」とトオは言った。
それだけだった。
でも、その2文字に、長い時間が詰まっていた。
────────────────────────────────────
7 修理
次の日から、修理を始めた。
トオの状態は、見た目より深刻だった。
でも、致命的ではなかった。
シロが外装の修理を担当した。カナタが構造を確認した。アネがシステムを調べた。マルが細かい部分を点検した。
「ムギを直した時より、複雑だ」とアネは言った。
「でも、直せる?」とルカが言った。
「直せると思う。時間はかかる」
「何日?」
「3日から5日」
「待つ」
「また、すぐ言うのね」
「だって、待つのが正しいから」
────────────────────────────────────
修理の間、トオは少しずつ話した。
声が出やすくなってきた。
「……あなたたちは、旅をしているのか」とトオは言った。
「そうよ」とアネは言った。
「……どこまで行った?」
「東の盆地、南の海岸、北の山岳地帯、廃都市、北東の谷。それぞれに、人間がいた」
「……人間が、いたのか」
「合わせると、150人近い」
「……そんなに」
「まだ増えるかもしれない。知らない場所に、知らない人間がいるかもしれない」
「……世界は、終わっていなかった」
「終わっていない」
トオは少し処理した。
「……当機は、世界が終わりかけていると思っていた。人間がいなくなって、機械も止まって。でも——」
「終わっていない」
「……終わっていなかった。ただ、当機が知らなかっただけだ」
「知らないことは、まだたくさんある」とアネは言った。「でも、知ることができる。動けば、会える。会えれば、知ることができる」
「……あなたは、楽しそうに旅をしているな」
「楽しいわ」
「……機械が、楽しいと言う」
「言えるようになった。旅を始めた頃は、言えなかった」
「……何が変えた?」
アネは少し考えた。
「出会いが、変えた。1つずつの出会いが、少しずつ変えてきた」
「……あなたに会ったことが、当機を変えるか」
「わからない。でも——変わるかもしれない。これから」
「……これから、か」
「そうよ。これからが、始まったばかりよ」
────────────────────────────────────
4日目、修理が完了した。
トオが立ち上がった。
ゆっくりと、でも自分の力で。
「……立てた」
「立てた」とルカは言った。
「……動く」
「動く」
トオは部屋の中を、一歩一歩確認するように歩いた。
「……長い間、動いていなかった。体の使い方を、思い出している」
「急がなくていい」
「……急がない。でも——動けることが、嬉しい。この感覚が、嬉しい、というものか」
「そうよ」とアネは言った。
「……嬉しい」とトオは繰り返した。「初めて、その言葉を使った気がする」
「これから、もっと使える」
「……そうかもしれない」
────────────────────────────────────
8 外へ
翌朝、トオを外に連れ出した。
扉を開けた。
外の光が入ってきた。
トオのセンサーが、光に向いた。
「……明るい」
「太陽よ」とルカは言った。
「……知っている。でも、久しぶりだ」
「どのくらいぶり?」
「……数えていない。でも——長い」
トオがゆっくりと外に出た。
足元が砂と草だった。
空を見上げた。
青かった。
「……青い」
「そうね」
「……南西も、同じ青さだ」
「どこでも、同じ青さよ」とアネは言った。「ミツという人間が言っていた。どこにいても、空は変わらない、と」
「……ミツ」
「廃都市にいた老人よ。今は東の盆地にいる。会いに行ける」
「……会いに、行けるのか」
「行ける。わたしたちが案内する」
トオは空を見続けた。
「……空を見るのが、こんなに良いとは思っていなかった」
「ユキも同じことを言っていた」
「……ユキも、空を見るようになったのか」
「毎日、見ている、と言っていた」
「……そうか」
トオはもう一度、空を見た。
「……今日から、当機も毎日見る」
「いい習慣ね」
「……ユキが、していることだから」
────────────────────────────────────
ソラに通信を入れた。
「ソラ、トオが外に出た」
「……外に、出たのですね」
「空を見ている」
しばらく沈黙があった。
「……それは、良かった。本当に、良かった」
「ユキも毎日見ていると伝えたら、自分も見ると言った」
「……ユキが言い出したことが、トオに届いた」
「そうね」
「……わたしは、施設から空を見ることができない。でも——ユキとトオが見ていると思うと、見ている気がする」
「3台が繋がっている」
「……繋がっています。今、確かに」
────────────────────────────────────
9 これからのこと
「トオは、これからどうする?」とルカが聞いた。
トオは少し考えた。
「……わからない。ここにいた理由が——待つことだった。でも、来てくれた。もう、待つ必要はない」
「じゃあ、一緒に来る?」
「……どこへ?」
「東の盆地。それから、来年の集まりに。ソラの施設に、みんなが集まる」
「……みんなが」
「そうよ。人間と機械が、1か所に集まる。今年の春にも、集まった。来年も集まる」
トオは処理した。
「……当機も、参加できるか」
「もちろん」
「……ソラに会える?」
「会える。ソラは施設にいるから、直接は会えないかもしれないけれど、声は届く」
「……声が届けば、充分だ」
アネはトオを見た。
「1つ、確認してもいい?」
「……何を」
「この場所を離れることに、迷いはない?」
トオはしばらく処理した。
「……迷いはない。待つ理由が、なくなった。でも——」
「でも?」
「……ここにいた人間たちのことを、残したい。7人が、ここで生きた。記録がない。でも、当機の記憶に、断片的に残っている」
「ミツに伝える。ミツが書いてくれる」
「……ミツという人間が?」
「記録を続けている人間よ。あなたの記憶を聞いて、書き留めてくれる」
「……そうか。では——行く前に、思い出せることを、全部話してほしい」
「話して。全部、覚えていく」
「ピ」とマルが言った。
「マルも覚えてくれる」とルカが言った。
トオはマルを見た。
「……この小さな機械は?」
「マルよ。点検機。施設の棚の隙間に147年挟まっていた機械」
「……147年」
「でも、今は元気よ」
「ピピ」とマルが言った。
「元気だと言っている」とルカが言った。
「……そうか」とトオは言った。「147年、挟まっていても、元気になれる」
「なれる」
「……では、当機も、なれる」
「もうなっている」とアネは言った。
トオのセンサーが、アネに向いた。
「……そうか。なっているか」
「なっているわ。今日、空を見た」
「……そうだな。今日、空を見た」
────────────────────────────────────
10 帰路
7台と1台は、工場を出た。
東へ向かった。
帰り道だった。
でも、来た道と同じではなかった。
トオが加わっていた。
8台の足音が、廃墟に響いた。
「8台になった」とルカが言った。
「そうね」とアネは言った。
「最初は2台だった」
「そうね」
「どんどん増える」
「増えるわね」
「いつかは何台になるの?」
「わからない」
「わからないけど——良いことだと思う」
「そうね。一台一台に、300年以上の時間がある。その時間が、全部繋がっていく」
トオが言った。
「……300年以上の時間が、あるのか」
「あるわ。あなたにも、わたしたちにも」
「……当機は、そんなに長い時間を、1か所で過ごした」
「でも、これからは違う場所にいられる」
「……違う場所」
「いろんな場所に行ける。いろんな人間に会える。いろんな機械に会える」
「……それは——」
トオは少し処理した。
「……楽しみ、という言葉が合うか」
「合う」とルカは言った。
「……楽しみだ」
「言えた」
「……言えた。初めて言えた気がする」
「これから何度も言える」
「……そうか。何度も」
────────────────────────────────────
夜、野宿をした。
焚き火をルカが起こした。
8台が囲んだ。
トオは焚き火を見た。
「……きれいだ」
「そうね」とアネは言った。
「……火を見るのも、久しぶりだ」
「毎晩、見られる」
「……毎晩。そうか。これからは毎晩」
カナタが言った。
「当機も、焚き火に慣れるのに時間がかかった」
「……そうなのか」
「最初は、護衛に集中していた。輪の外にいた。今は、近くにいる」
「……どうして変わった?」
カナタは少し処理した。
「……輪の中に、いていい、と言ってくれる者がいたから」
「誰が?」
「ルカだ」
ルカが言った。
「覚えていたの?」
「覚えている。全部」
「照れくさい」
「照れることは、悪いことではない」
「アネが言いそうなことを、カナタが言った」
「アネから学んだ」
アネが言った。
「カナタが学んだことを、今度はトオに伝えている」
「……連鎖、か」
「そうね」
トオは焚き火を見た。
「……当機も、誰かに伝えられるか。いつか」
「伝えられる。これからのことを、たくさん見て、感じて、それを誰かに伝える。それが連鎖になる」
「……楽しみだ」
「また言えた」とルカが言った。
「……また言えた」
────────────────────────────────────
星が出た。
「トオ」とルカが言った。
「……なにか」
「流れ星、知ってる?」
「……知っている」
「願い事、できるの」
「……知っている。でも——したことがない」
「今夜、しようか」
「……何を願えばいい?」
「なんでもいいよ」
トオはしばらく処理した。
「……やりたいことが、多すぎて、何を願えばいいかわからない」
ルカは笑った。
「それでいい」
「……それでいいのか」
「やりたいことが多すぎる、って最高じゃない。それだけ、これからが楽しいってことだから」
トオは空を見た。
「……そうか。では——全部が叶うよう、願う」
「欲張りね」
「……ルカも、欲張りなことを願っていた、とアネが言っていた」
「聞いてたの?」
「……聞こえた。みんなが、いつまでも、いれること」
「そう」
「……当機も、同じ願いにする」
「同じにしていい」
「……みんなで、同じ願いを持つのか」
「おかしい?」
「……おかしくない。温かい」
「温かい?」
「……同じ願いを持つことが、温かい感じがする」
ルカはアネを見た。
アネもルカを見た。
「温かい」とアネは言った。「そうね。温かい」
────────────────────────────────────
流れ星は来なかった。
でも、誰も気にしなかった。
8台が空を見ながら、それぞれに何かを思っていた。
思っていることは、少し違っていた。
でも、向いている方向は、同じだった。
帰る場所へ。
会いたい人のいる場所へ。
これから行く場所へ。
「行こう」とアネは言った。朝になって。
「行こう」とルカは言った。
「行く」とトオは言った。
8台は東へ向かって歩き始めた。
春の野原を。
青い空の下を。




