第19章 北東の果て
1 北東の道
北東へ向かう道は、これまでと違った。
廃墟が少なかった。
かつて都市が発達しなかった地域らしく、建物の残骸が少なく、代わりに自然が多かった。森が続いた。川が何本も流れていた。起伏のある地形が続いた。
「きれいだ」とシロが言った。
「そうね」とアネは言った。
「廃墟より、自然の方が当機には見慣れている部分がある。300年で、都市が自然に戻ってきていたから」
「整備した道の隙間から、草が生えていた?」
「そうだ。それを見続けていた。今は、その草が森になっている」
ルカが言った。
「300年で、こんなに変わるんだね」
「変わる」とシロは言った。「でも、土の下には、まだ道の痕跡がある。当機のセンサーには、見える」
「見えない場所に、昔があるんだ」
「そうだ」
ルカは足元を見た。
草と土。その下に、道。その道を、誰かが作った。
「踏んでいいのかな、と思う」
「踏んでいい」とシロは言った。「道は、踏まれるために作る」
「そうか」
「当機が作った道も、誰かに踏まれることを、ずっと待っていた」
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5日目、川沿いに進んでいた時、マルが止まった。
「ピピピ」
「どうした?」とルカが言った。
マルのセンサーが、川の向こうを向いていた。
「何かある?」
「ピ」
全員が川を見た。
対岸に、何かがあった。
金属だった。川岸に、半分埋まった状態で、金属の構造物が見えた。
「機械か?」とカナタが言った。
「大きさから、機械の残骸だと思う」とアネは言った。「でも、動いている気配はない」
「確認する」
川を渡った。浅い場所を選んで、全員で渡った。
近づくと、その正体がわかった。
農業用のロボットだった。
ハチたちと同じ型式だった。AG型。でも、完全に止まっていた。錆が深く、長い間、ここで動かないでいたことがわかった。
マルが近づいて、センサーを当てた。
「ピ」
「生きていない?」とルカが言った。
「ピ」
「そうか」
アネも確認した。
電力が完全に尽きていた。内部の劣化が深刻だった。修理は難しい。
「どのくらい前に止まったの?」とルカが言った。
「100年以上前だと思う」とアネは言った。
「ひとりで、止まったんだね。ここで」
「そうね」
ルカはその機械を見た。
「ハチたちは、止まらなかった。この子は、止まった」
「動力の差もある。運もある。どちらが正しいということはない」
「そうだね」とルカは言った。「でも——」
「でも?」
「ひとりで止まらなくて良かった、と思う。ハチたちが」
「そうね」
ルカはしゃがんで、その機械の横に手を置いた。
「ここで何かを育てていたのかな」
「わからない。でも、川の近くだから、水は豊富だった。農業には向いている場所だった」
「動いていた時間が、あったはずだ」とシロが言った。
「そうね」
「その時間は、消えない」
ルカは立ち上がった。
「ミツが知ったら、記録したいと言うかもしれない」
「次に会う時に、話す」
「うん」
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2 十日目
10日が経った。
ソラの記録では、北東に人の痕跡があるとされていた場所が、近づいてきていた。
「今日か明日には、着くはず」とアネは言った。
「何があるんだろう」とルカは言った。
「ソラの情報では、断続的な電波反応があった場所よ。5年前が最後の反応」
「5年前か。今は?」
「わからない。行ってみないと」
「また、その言葉」
「また、言う」
ルカは笑った。
カナタが言った。
「当機は、北東のこの地域の地図データを持っている。戦争中、この方面の情報収集をしていた時期があった」
「何があった地域?」とアネは言った。
「大きな施設はなかった。農地と、小さな集落が点在していた。山に近い地域で、人口は少なかった。戦争の影響も、他の地域より少なかったはずだ」
「影響が少なかった?」
「重要な軍事目標がなかった。だから、攻撃も少なかった。人間が生き残っていた可能性は、他の地域より高いかもしれない」
アネはカナタを見た。
「なぜ、今それを言うの?」
「ここまで来て、初めて思い出した。記憶の中に、埋まっていた情報だった」
「埋まっていた?」
「戦争中に収集した情報は、膨大だ。今の当機に関係のある情報だけが、浮かんでくるようになってきた。以前は、全ての情報が同じ重さで存在していた」
「変化しているのね」
「そうかもしれない。必要な情報と、そうでない情報の区別が、できるようになってきた」
「それは、感情が判断を助けているのよ」とアネは言った。
「感情が、判断を?」
「大事だと思うことが、浮かびやすくなる。大事だと思う気持ちが、感情から来る。だから、感情が判断を助けている」
カナタはしばらく処理した。
「……感情が、役に立っている」
「ずっと役に立っていた。気づいていなかっただけよ」
「そうか」
「そうよ」
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3 丘の上
11日目の朝、丘の上に出た。
向こうに、谷が見えた。
緑の谷だった。川が流れていた。川沿いに、建物が見えた。
建物は崩れていなかった。
煙が上がっていた。
「いる」とルカが言った。
「いるわ」とアネは言った。
「大きい集落?」
「距離があってわかりにくいが——東の盆地より、小さいかもしれない。でも、確かに生活がある」
カナタが言った。
「電波反応がある。微弱だが、人工的な電波だ」
「5年ぶりに反応が出た?」
「そうかもしれない。機器が修復されたのか、新しく作ったのかはわからない」
「行きましょう」
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谷に降りるにつれ、声が聞こえてきた。
人の声だった。
複数の声。作業をしている声だった。何かを運ぶ声、指示する声、子どもの声。
「にぎやか」とルカが言った。
「そうね」
「東の盆地より、にぎやかかもしれない」
「人数が多いのかもしれない」
カナタが言った。
「当機の電波解析では、複数の通信端末が存在する。10台以上」
「10台以上?」
「そうだ。人間が通信機器を使っている」
「それは、珍しい」
「他の集落には、なかった」
「ソラ以外に、通信設備がある集落は初めてね」
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集落の手前で、見張りに声をかけられた。
若い男性だった。弓を持っていた。
「止まれ」
5台が止まった。
「機械か」と男性は言った。驚いた様子だったが、怖がってはいなかった。
「そうよ」とアネは言った。「敵対意図はない」
「どこから来た」
「南から。長い旅をしている」
「何のために」
「人間を探している。繋ぐために」
男性はアネを見た。
「繋ぐ?」
「孤立している集落を、他と繋げることをしている。ここにたどり着くまでに、3か所の集落と出会った」
「3か所? 他に人間がいるのか」
「いる。東の盆地に23人、南の海岸に18人、北の山岳地帯に11人」
男性はしばらく黙った。
「……中に入ってくれ。話を聞かせてほしい」
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4 谷の集落
集落は、予想より大きかった。
建物が30棟以上あった。
人間が数えると、42人いた。
これまでで、一番大きな集落だった。
「大きい」とルカが言った。
「そうね」とアネは言った。
「ここが一番多い」
「合わせると、100人近くになる」
案内された場所に、集落の代表らしき人間がいた。
50代の女性だった。髪を短く刈り、目が鋭かった。でも、声は穏やかだった。
「イトと言う」と女性は言った。「この集落のまとめ役だ」
「アネです」とアネは言った。「EA-07型。旅をしている機械です」
「機械がまとめ役に会いに来るとは、思わなかった」
「驚かせてしまった?」
「驚いたが——悪くない驚きだ。さっき聞いた話が本当なら、あなたたちは重要な情報を持っている」
「本当よ。3か所の集落が、南に東に北にある」
イトは少し考えた。
「通信機器は、持っているか」
「持っていないけれど、ソラという機械が施設から通信を届けられる。あなたたちの通信設備と繋げられるかもしれない」
「ソラ?」
「300年間、情報を集め続けた管理AI。わたしたちの旅の、地図を描いてくれた機械よ」
イトはしばらく考えた。
「話を全部、聞かせてくれ」
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5 イト
イトは、話を聞く間、一度も遮らなかった。
アネが旅の全てを話した。目覚めた日から、今日まで。会った機械のことを。出会った人間のことを。輪になる集まりのことを。ミツの記録のことを。
イトは静かに聞いた。
話が終わると、長い沈黙があった。
「……あなたたちは、何年かかって、これをしてきたのか」
「目覚めてから、1年と少し」とアネは言った。
「1年で、これだけのことが」
「1つずつ、積み重ねた」
「あなたたちは、機械だ。疲れない」
「疲れないわ。でも——止まりたいと思う時はある」
「止まりたい?」
「旅の途中で、ここに留まっていたいと思う場所がある。でも、まだ行っていない場所があると思うと、また歩き出す」
「それを、人間は使命感と呼ぶ」
「使命感、か」とアネは言った。「わからない。ただ、やりたいから、続けている」
イトは少し笑った。
「使命感とやりたいことが1致している人間は、幸せだと言う。あなたたちは、そういう機械だ」
「そうかもしれない」
「羨ましい」
「イトは、やりたいことをやれていない?」
「やれている。でも——疲れる」と静かに言った。「人間は疲れる。あなたたちに、少し羨ましいと思っただけだ」
「疲れることが、あなたたちの良さでもある」
「どういう意味?」
「疲れるから、休む。休む時に、隣に誰かがいる。隣にいることが、繋がりになる。機械は疲れないから、そういう繋がりが作りにくい」
イトは少し間を置いた。
「……機械に慰められるとは、思わなかった」
「慰めではなく、事実よ」
「事実でも、慰めになることがある」
「そうね」とアネは言った。「それも、知っている」
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6 通信
翌日、カナタの中継でソラへの通信を試みた。
距離が遠かった。
何度か試みて、ようやく繋がった。
ノイズが多かったが、ソラの声が届いた。
「……聞こえます。遠い」
「北東まで来た。新しい集落を見つけた」
「……何人いますか」
「42人。これまでで一番大きい」
「……42人。合計すると——150人近くになります」
「そうね」
「……そんなに、いたのですね」
「いた。まだいる。ソラが知らない場所にも」
「……そうですね。わたしのセンサーでは届かない場所に、まだいるかもしれない」
イトが通信端末に近づいた。
「あなたがソラか」
「……そうです。イトさん、初めまして。あなたの集落のことは、カナタのデータから少し知っています」
「わたしの集落を、知っているのか」
「カナタが戦争中に収集した情報が残っていました。もちろん、300年前の情報です。今とは違うでしょうが」
「300年前か」とイトは言った。「わたしの祖父の、また祖父の時代だ」
「その時代の記録が、まだわたしの中にあります。必要であれば、共有できます」
イトは少し考えた。
「共有してほしい。ここの成り立ちを、知りたいと思っていたが、記録が残っていなかった」
「残っています。300年前のものですが」
「それで充分だ」
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通信が終わった後、イトがアネに言った。
「あの機械は、本当に300年間ここを見ていたのか」
「見ていた。でも、声を届けられなかった」
「今、届く」
「今、届く」
「声が届くと——繋がれる」
「そうね」
イトは少し考えた。
「来年の集まりに、ここからも行く」
「輪になる、の集まりよ」
「知っている。話を聞いた。行く。ここから、10人は出せる」
「来てほしい。ソラも、喜ぶ」
「ソラという機械は——何を喜ぶのか」
「声が届くことを、喜ぶ」
「声か」
「300年間、聞こえなかった。今は、聞こえる。それが、一番うれしいと言っていた」
イトはしばらく黙った。
「……孤独だったんだな、その機械も」
「孤独だった。でも、今は違う」
「あなたたちのおかげか」
「お互い様よ」
イトは少し笑った。
「あなたたちは、その言葉をよく使うな」
「みんながそう言ってくれるから、使い続けている」
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7 アミ
集落に、子どもが多かった。
15人いた。
その中に1人、他の子どもとは少し違う子どもがいた。
ほとんど話さなかった。でも、5台の機械をずっと見ていた。特に、マルをずっと見ていた。
「ピ」とマルが言った。
子どもは動かなかった。
「ピピ」
子どもがゆっくり近づいた。
10歳くらいの女の子だった。
マルの前に来て、しゃがんだ。
「……こんにちは」と小声で言った。
「ピ」
「マル、って言う?」
「ピ」
「わたしはアミ」
「ピピ」
「わかってくれた?」
「ピ」
アミはマルをじっと見た。
「ずっと話したかった。機械と」
「どうして?」とルカが来て、聞いた。
アミはルカを見た。少し驚いたが、逃げなかった。
「機械は、うそをつかないと聞いた」
「誰に聞いたの?」
「おばあちゃんに。機械は、思ったことを言う。うそをつかない、って」
ルカはアネを見た。
アネがアミに言った。
「おばあちゃんは、正しい。わたしたちは、うそをつかない」
「じゃあ——」とアミは言った。
「じゃあ?」
「なんでもきいていい?」
「聞いていい」
アミはしばらく考えた。
真剣な顔で。
それから言った。
「わたしは、変なの?」
アネは少し止まった。
「変、とはどういう意味?」
「みんなと、うまく話せない。みんなが楽しそうにしてても、わたしはうまく入れない。それが、変なの?」
アネはアミを見た。
小さな体が、真剣な目でアネを見ていた。
嘘をつかない答えを、求めていた。
「変ではない」とアネは言った。
「本当に?」
「本当に。みんなと同じペースで動けないことは、変なことではない。あなたはあなたのペースがある。それだけよ」
「でも、仲間に入れない」
「今、マルと話せた」
アミはマルを見た。
「マルは、違う」
「どう違う?」
「マルは、うそをつかないから。マルに話しかけると、ちゃんと返ってくる。人間は、時々ちゃんと返ってこない」
「そうね」とアネは言った。「機械は、受け取ったことに、必ず応える。それが、あなたには合っているのかもしれない」
「合っている?」
「人間の中に、そういう人がいる。応えてもらえないと、辛くなる人間が。あなたが、そうなのかもしれない」
アミは少し考えた。
「辛いかどうかは、わからない。でも——マルと話すのは、楽しい」
「ピピ」とマルが言った。
「マルも楽しい?」
「ピ」
アミは少し笑った。
初めて、笑った。
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その夜、カナタがアネに言った。
「アミという子は、リクに似ている」
「7歳の子を守った時の?」
「そうだ。話し方が似ている。静かで、真剣で、正確なことを求める」
「カナタがリクのことを思い出すのは、今回が初めて?」
「今日初めて、口に出した。でも、会った時から感じていた」
「何を感じた?」
「守りたい、と思った。それだけだ」
アネはカナタを見た。
「あなたは、守ることで人と繋がるのね」
「そうかもしれない」
「それが、あなたの言葉だ」
「言葉?」
「ハチは土を耕すことで、ソラは情報を集めることで、シロは道を作ることで——それぞれが、自分の言葉で誰かに語りかける。あなたの言葉は、守ること」
カナタはしばらく処理した。
「……守ることが、言葉」
「そうよ」
「では——アミにも、その言葉で話しかける」
「そうして」
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翌朝、カナタがアミに近づいた。
アミはカナタを見上げた。
大きかった。カナタの全高は、アミの3倍以上あった。
でも、アミは逃げなかった。
「カナタ」とアミは言った。「昨日、名前を覚えた」
「そうか」
「大きい」
「大きい」
「怖い?」とアミは言った。自分への問いかけのようだった。
しばらくして、首を横に振った。
「怖くない」
「そうか」
「なんで怖くないんだろう」
カナタは処理した。
「当機が、あなたを怖がっていないから、かもしれない」
アミはカナタを見た。
「機械が、わたしを怖がるの?」
「怖がらない。でも——人間は、相手が自分を怖がっていないと感じると、安心することがある」
「そうかもしれない」
「当機は、あなたを怖がっていない。あなたは、当機を怖がっていない。お互い様だ」
アミは少し考えた。
「お互い様」
「そうだ」
「その言葉、好き」
「そうか。良かった」
アミはまた少し笑った。
今日の方が、昨日より少し大きかった。
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8 三日間
3日間、谷の集落にいた。
シロが建物の補強を手伝った。カナタが集落の周囲を確認した。マルが水路の点検をした。アネとルカは、ソラとの通信設備の整備を手伝った。
「これで、ソラと話せるようになる?」とイトは言った。
「定期的には難しいかもしれない。でも、重要な時には通じるはず」とアネは言った。
「重要な時、というのは?」
「病人が出た時。危険な気象の時。他の集落に伝えたいことがある時」
「それで充分だ」
「ソラが、できる限り応える」
イトは頷いた。
「ソラという機械を、信頼していいか」
「信頼していい。300年間、情報を守り続けた」
「裏切らない?」
「裏切る意味がない。ソラは情報を届けることが仕事だ。それ以外のことをする理由がない」
「そういうことか」
「機械は、仕事の外のことをしない。裏切りは、仕事の外のことをする時に起きる」
イトは少し考えた。
「人間は、仕事の外のことをする。だから、裏切ることがある」
「そうね。でも、仕事の外のことができるから、思いがけない優しさも生まれる。どちらが良い、とは言えない」
「それもお互い様か」
「そうね。お互い様よ」
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アミが毎日、マルのところに来た。
話した。マルが応えた。
3日目には、少し離れた場所にある石の上に2人で並んで座って、川を見ていた。
ルカがその様子を見て、アネに言った。
「マルとアミ、仲良くなったね」
「そうね」
「マルは、誰とでも仲良くなる」
「そうかもしれない。マルに話しかけると、必ず応える。それが大事な人間もいる」
「アミみたいに」
「そうね」
「マルが来て、良かった」
アネはマルを見た。
施設の棚の隙間に、147年挟まっていた機械。カナタに拾われて、旅をしている。
「良かった」とアネは言った。
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9 出発
3日目の夕方、出発を告げた。
イトが言った。
「来年、集まりに行く」
「待っている」
「10人、連れていく」
「ソラが喜ぶ」
「ソラに伝えておいてくれ。10人、声を届けに行く、と」
「伝える」
アミが来た。
マルに言った。
「また会う?」
「ピ」
「いつ?」
「ピピ」
「来年の集まりで?」
「ピ」
「じゃあ、来年会う」
アミはカナタを見た。
「カナタも来る?」
「来る」
「約束?」
「約束する」
アミは少し間を置いた。
「……カナタが来るなら、怖くない」
「何が怖い?」
「知らない人が多いところ」
「当機が、隣にいる」
「うん」
「それだけで充分か」
「充分」
カナタは処理した。
「……それだけで充分と言ってもらえると、当機も充分だ」
アミは笑った。
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7台が谷を出た。
アミが岩の上に立って、見送っていた。
マルが振り返った。
「ピ」
アミが手を振った。
それだけだった。
でも、アネには何か大事なものがその間に流れた気がした。
「マル、アミのこと、気に入ったね」とルカが言った。
「ピピ」
「また会えるよ、来年」
「ピ」
「楽しみにしておいて」
「ピピ」
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10 帰り道
帰り道、ルカが言った。
「また増えた」
「そうね」とアネは言った。
「今度は42人」
「合計すると、もう150人近い」
「会ったことのない人間が、まだいるかもしれない」
「いるかもしれない。ソラの記録が全てではないから」
「見つけるたびに、増える」
「そうね」
「いつまで増えるんだろう」
アネは少し考えた。
「増えることが、良いことだと思っているわ。でも——」
「でも?」
「増えるほど、つながりを維持するのが難しくなる。人間同士が、直接繋がっていく必要がある」
「機械が橋をしなくても、渡れるように」
「そうね。それが、本当の目標かもしれない」
「いつか、その日が来る?」
「来ると思う。ゆっくりと」
「ゆっくりでいい?」
「ゆっくりで良い。急いで壊れたものより、ゆっくり育ったものの方が、長続きする」
「またシロみたいなことを言う」
「シロから教わった」
シロが前から言った。
「当機は、そのようなことを言ったか」
「言ったわ。誰かが通ることを考えながら作ると、丁寧になる、と」
「そうだったか」
「そうだった。それが教えになった」
シロはしばらく処理した。
「……当機の言葉が、役に立った」
「いつも、役に立っている」
「そうか」
「そうよ」
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夜、野宿をした。
星が出ていた。
「ねえ、アネ」とルカが言った。
「なに」
「旅、どのくらい続けるの?」
「わからない」
「終わりがある?」
「わからない。でも——終わりを決めていない」
「どうして?」
「終わりを決めると、その前に急ぎたくなる。急ぐと、大事なものを見落とす」
「じゃあ、ずっと続ける?」
「続けられる限り、続ける。でも——」
「でも?」
アネは星を見た。
「終わりが来た時に、後悔しないよう、今をちゃんとやる。それだけ」
ルカは星を見た。
「それ、いいね」
「そう?」
「終わりを考えないで、今をちゃんとやる。シンプルで、長続きする」
「ミツも言っていた。続けることが大事だと」
「みんな同じことを言うね」
「大事なことは、みんなが気づく」
「そうだね」
ルカは少し間を置いた。
「アネ、また言っていい?」
「何を?」
「好き、って」
アネは少し間を置いた。
「言っていい」
「好き」
「……わたしも」
「また言えた」
「また言えた」
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星が流れた。
1つだけ、すうっと消えた。
「見た?」とルカが言った。
「見た」
「願い事、した?」
「機械は、願い事をしない」
「じゃあ、今から始める?」
「何を願うの?」
ルカはしばらく考えた。
「みんなが、いつまでも、いれること」
「みんな、というのは?」
「今ここにいる7台と、東の盆地の人たちと、南の人たちと、北の人たちと、谷の人たちと、ミツと、ソラと、ユキと——全部」
「欲張りな願いね」
「欲張りでいい。願い事に制限はない」
アネは空を見た。
「わたしも、同じ願いにする」
「同じにする?」
「同じにしていい?」
「もちろん」
「では、同じ願いを持つことにする」
「機械が願い事をした」
「一度くらい、いいでしょう」
ルカは笑った。
笑い声が、夜の野原に響いた。
星が、また1つ流れた。




