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第17章 雪解けの頃

1 冬


冬が来た。


東の盆地は、南より寒かった。でも、北の山岳地帯よりは温かかった。雪は降ったが、積もっても膝ほどだった。


5台は冬の間、集落にいた。


シロが建物の補強を続けた。壁を厚くし、隙間を塞ぎ、屋根を強くした。人間たちが手伝った。シロが教え、人間が実行した。


カナタは集落の外れに、小屋を作った。


「護衛の拠点だ」とカナタは言った。


「自分で作るの?」とルカが言った。


「自分で作れる」


「軍用機なのに、小屋を作る」


「建てることと、壊すことは、同じ技術の裏表だ」


ルカは少し考えた。


「そうかな」


「材料を理解して、構造を考えて、丁寧に組む。攻撃も、防御も、建設も、同じことだ」


「じゃあ、カナタは最初から、建てることができたんだ」


「できた。やる機会がなかっただけだ」


ルカは小屋を見た。


頑丈そうだった。


「良い小屋だよ」


「ありがとう」


マルが小屋に入って、内部を点検した。


「ピピ」


「合格?」とルカが言った。


「ピ」


「マルが合格を出した」


カナタは少し処理した。


「……マルの基準が、一番厳しい」


「ピ」


「誇らしそう」


────────────────────────────────────


ミツは冬の間、書き続けた。


毎日、夜が終わる前に、何枚かの紙を埋めた。


東の盆地のことを書いた。ケンとユイとハルのことを書いた。マチのことを書いた。シロが壁を直す様子を書いた。カナタが小屋を建てる様子を書いた。


「毎日書くことがある」とミツはアネに言った。


「廃都市の時と違う?」とアネは言った。


「違う。廃都市では、過去のことを書いていた。今は、今のことを書いている」


「今の方が書きやすい?」


「書きやすい。でも——難しい」


「どう難しい?」


「過去は変わらない。でも今は、明日には変わっている。どこで区切るか、いつも迷う」


「迷っていい」


「そうか」


「書き続けることが大事で、完璧に書くことより、書くことを続ける方が大事だと思う」


ミツは少し考えた。


「あなたは、どこでそれを学んだ」


「ハチたちを見て、思った」とアネは言った。「完璧な農地でなくても、育て続けた。完璧な道でなくても、整備し続けた。続けることが、完璧を超えることがある」


「続けることが、完璧を超える」とミツは繰り返した。「それは——良い言葉だ。今日、書く」


「書いて」


────────────────────────────────────


2 ハルの冬


ハルは冬の間、シロに文字を教わった。


毎日、雪の上や板の上に、ミツとシロが示す字を書いた。最初はうまくいかなかった。でも、繰り返すうちに形が整ってきた。


「上手になった」とシロは言った。


「ほんと?」とハルは言った。


「データで確認した。1ヶ月前より、30パーセント正確になっている」


「さんじゅっぱーせんとって、多い?」


「多い。速い上達だ」


「やった」


ハルは雪の上に、自分の名前を書いた。


ハル。


大きく、少し曲がっているが、読める字だった。


「かけた」


「かけた」とシロは言った。


ハルは次に、別の文字を書こうとした。


「これなに?」とハルはシロに聞いた。


「アネ、だ」


「アネって書けた」


「書けた」


ハルはまた書いた。


ルカ。シロ。カナタ。マル。


5台全員の名前を書いた。


「ぜんぶかけた」


「全部書けた」


ハルは雪の上に並んだ名前を見た。


「ぼくのかいた名前、かっこいい」


「そうだな」


「だれかのなまえをかくと、その人がいる感じがする」


シロは少し処理した。


「……そうかもしれない」


「ミツが、かべに名前をほっていた。それと同じかな」


「同じかもしれない」


「ぼくも、だれかの名前をほりたい。いつか」


「どこに?」


ハルは少し考えた。


「どこかの、かっこいい石に」


「石は、たくさんある」


「じゃあ、できる」


ハルは満足した顔をした。


────────────────────────────────────


ある日の夜、ハルがアネに来た。


「アネ」


「なに?」


「なまえって、だれがつけるの?」


「その人に関わった誰かが、つけることが多いわ」


「ぼくの名前は?」


「おとうさんとおかあさんが、つけたんじゃないかしら」


「そうかな。おかあさんは、ハルって、明るい感じがする名前だからつけた、って言ってた」


「良い名前ね」


「アネの名前は?」


「イレーネ様がつけてくれた。わたしたちを育てた人よ」


「どんな意味?」


「わからない。でも、呼ばれるたびに、その人を思い出す」


ハルは少し考えた。


「名前って、その人の声が入ってるんだね」


アネは少し止まった。


「……そうかもしれない」


「アネって呼ぶと、イレーネさんの声が入ってる」


「そうね。そういうことかもしれない」


「じゃあ、ぼくがアネって呼ぶたびに、イレーネさんも呼んでることになる?」


アネはその言葉を、しばらく考えた。


「……そうかもしれない」


「それって、いいね」


「そうね」とアネは言った。「それは、いい」


────────────────────────────────────


3 冬のソラ


冬の間、ソラとの通信が続いた。


週に一度、アネがソラに報告した。集落のこと、ミツのこと、ハルのこと。


ソラは毎回、熱心に聞いた。


「ハルが文字を覚えている」とアネは言った。


「どのくらい?」とソラが言った。


「自分の名前と、5台全員の名前を書けるようになった」


「……全員の名前を」


「そうよ。雪の上に書いて、見せてくれた」


「見たかった」


「シロが映像を記録している。次に来た時に見せる」


「ありがとうございます」


「ソラ、冬の間は施設はどう?」


「静かです。でも——」


「でも?」


「以前より、静かさの質が違います」


「どういう意味?」


「以前の静けさは、ただ静かだった。でも今は——静かだが、誰かを待っている静けさです。来年が来るのを、待っている」


「来年、声が届く」


「はい。その日を待っています」


ソラの声が、穏やかだった。


待つことが、苦しくない声だった。


待つ意味がある時の、静けさだった。


────────────────────────────────────


ある夜、ユキからも通信が来た。


ノイズが多かったが、声は届いた。


「アネ。ユキです」


「ユキ。元気?」


「元気です。体の動きが、だいぶ良くなった」


「良かった。冬の山は?」


「寒い。でも——慣れてきた。外に出る時間が増えた」


「外に出られるようになったの?」


「毎日、少しだけ。集落の人間と一緒に」


「どんな感じ?」


「雪が多い。でも——空が澄んでいる。施設の中からは見えなかった空が、外に出ると見える」


「空を見るの?」


「見る。毎日」


アネはユキの声を聞いた。


271年眠っていた機械が、毎日空を見ている。


「来年、会いに行く」とアネは言った。


「待っています。ソラとも話せた」


「どうだった?」


しばらく間があった。


「……言葉が、なかなか出なかった。何10年ぶりかわからない。でも、繋がっていた」


「繋がっていた」


「それだけで、充分でした」


────────────────────────────────────


4 春の気配


3月になると、雪が少しずつ融けた。


地面が見えてきた。


草が、まだ枯れた色のまま、顔を出し始めた。


ハルが庭で地面を掘っていた。


「何をしているの?」とルカが言った。


「はるをさがしてる」とハルは言った。


「春を探す?」


「土の中に、もうはるがいるかもしれないから」


「いた?」


「いた」とハルは言った。「ちっちゃい芽がある」


ルカがしゃがんで覗き込んだ。


確かに、土の中に小さな緑があった。


「いるね」


「はるって、先に土の中に来るんだね。外はまだ雪なのに」


「そうかもしれない」


「だから、さむくても、もうすぐあったかくなるってわかる」


ルカはハルを見た。


「どこでそれを知ったの?」


「ミツに教わった」


「ミツが?」


「春を探すのが好きだって言ってた。廃都市では、地下にいたから春が来てもわからなかった、って。だから、ここでは毎日探してる」


ルカは立ち上がった。


「ミツに教えてあげて。春がいたこと」


「うん。ミツを呼んでくる」


ハルが走った。


────────────────────────────────────


ミツが来た。


ハルに案内されて、地面の前にしゃがんだ。


小さな芽を見た。


長い間、見た。


「いた」とミツは言った。


「いた」とハルは言った。


「廃都市では、見られなかった」


「さびしかった?」


「さびしかった。でも——今は見られる」


「よかった」


ミツはハルを見た。


「ハル、ありがとう」


「どういたしまして」


ミツはまた芽を見た。


「書く。今日、この芽のことを書く」


「ぼくも名前を書く。はるの芽って字、教えて」


「教える」


2人で、地面の芽の隣に、字を書いた。


春の芽。


ミツの字と、ハルの字が、並んだ。


────────────────────────────────────


5 出発の準備


4月になると、本格的に動き始めた。


来年と言っていたが、今年の春がその来年だった。


ケンが言った。


「ソラの施設に、全員で向かう。山の集落と合流する」


「人数は?」とアネは聞いた。


「東の盆地からは、10人で行く。残る人間が必要だから、全員は無理だ」


「山の集落は?」


「老人と、若者数人が来る予定だと、ユキから通信があった。合わせると——20人近くになる」


「南の海岸は?」


「マチが、5人来ると言っていた」


「全部で25人ほど、か」


「そうなる」


「ミツは?」


「もちろん行く」とミツは横から言った。「シロに乗せてもらえれば」


「当然だ」とシロは言った。


────────────────────────────────────


準備を進めた。


食料を用意した。道具を整えた。ソラの施設までの道を、シロが記憶データから確認した。


カナタが言った。


「先行して、道を確認する。人間が多い場合、危険箇所を事前に把握する必要がある」


「いつ出発する?」とアネは言った。


「3日前に出れば、往路で確認できる」


「わかった。では3日前に、わたしたちが先行する」


ハルが聞いていた。


「ぼくも行く」


「ケンに許可をもらいなさい」とアネは言った。


「もうもらった」


「え?」


「おとうさんに聞いたら、行っていい、って言った。ミツにもついていたいから、って言ったら」


「ミツに、ついていたいから」


「うん。ミツが大事だから」


ミツは少し驚いた顔をした。


「……わたしが、大事か」


「大事。おじいさんみたいだから」


「2人とも初めてだと言っていたが」


「初めてだけど、もう大事になった」


ミツはしばらく何も言わなかった。


目が、少し潤んだ。


「……わたしも、ハルが大事だ」


「知ってた」とハルは言った。


「知っていたのか」


「だって、毎日いっしょに字を書いてるから。大事じゃなかったら、そんなにいっしょにいない」


ミツは笑った。


「そうだな」


────────────────────────────────────


6 道中


出発の朝、空が青かった。


25人と7台が、ソラの施設へ向かって歩き始めた。


「大所帯だな」とケンは言った。


「そうね」とアネは言った。


「こんなに大勢で歩いたのは、初めてだ」


「わたしも」


「あなたたちも?」


「わたしとルカが目覚めた時は、2人だった。今は——」


「今は、こんなに」


シロが先行した。カナタが後方を守った。マルが地盤を点検した。アネとルカが人間たちと並んで歩いた。


ミツはシロの肩に乗っていたが、時々降りて歩いた。


「体が、動くようになってきた」とミツは言った。


「廃都市を出てから?」とアネは言った。


「そうだ。歩くようになったから、動くようになった。当たり前のことかもしれないが」


「当たり前のことが、大事なことがある」


「あなたたちも、同じか。動き続けることで、動ける」


「そうね」


────────────────────────────────────


3日目の昼、山の裾野で、影が見えた。


北の方角から来ていた。


ユキだった。


老人と、若者4人と、ユキが歩いていた。


「来た」とルカが言った。


「来た」とアネは言った。


ユキのセンサーが、こちらを捉えた。


「アネ」とユキは通信で言った。


「ユキ。久しぶり」


「久しぶりです。動けるようになった」


「見てわかる。良かった」


「良かった」


2つの集団が合流した。


挨拶が交わされた。初めて会う人間同士が、向き合った。北の老人とケンが手を握った。ハルは山の集落の子どもたちを見つけ、すぐに走り寄った。


「ねえ、なまえは?」とハルは言った。


「サン」と子どもが言った。


「ぼくはハル。あそぼう」


「どこで?」


「そこらへんで」


2人は走り出した。


大人たちが笑った。


────────────────────────────────────


南の方角からも、影が見えた。


マチたちだった。


5人で来ていた。


「遅れた」とマチは言った。


「ちょうど良い」とアネは言った。「一緒に着く」


「計算したのか」


「していない。偶然よ」


「機械も、偶然があるのか」


「ある。むしろ、偶然の方が多い」


マチは笑った。


────────────────────────────────────


7 ソラの施設へ


3つの集団が合流して、25人と7台で歩いた。


話し声が増えた。笑い声が増えた。子どもが走り回った。


ミツが言った。


「賑やかだ」


「良い意味で?」とルカが言った。


「良い意味で。また言う」


「何度でも言ってほしい」


ソラの施設が見えてきた。


金属パネルの外壁が、春の光を反射していた。


施設のスピーカーから、声が届いた。


「……見えます。大勢、見えます」


ソラの声だった。


みんなが止まった。


「ソラ?」とルカが言った。


「はい。ソラです。ようこそ。皆さん、ようこそ」


人間たちが顔を見合わせた。


「機械が話している」と誰かが言った。


「ソラよ」とアネは言った。「この施設の管理AI。300年間、世界を観測し続けた機械」


「あなたがソラか」と北の老人が言った。


「そうです。あなたのことを、アネから聞きました。北の山岳地帯の方々のことも、ユキから聞きました。南の海岸の方々のことも、マチから聞きました。みなさんのことを、ずっと待っていました」


老人は施設を見た。


「……あなたは、ずっとここにいたのか」


「ずっとここにいました」


「300年間、1人で」


「1人でした。でも、今はそうではありません」


「今は?」


「みなさんが、ここにいます」


老人は少し間を置いた。


「……会いに来て、良かった」


「こちらこそ。会いに来てくれて、ありがとうございます」


────────────────────────────────────


施設の前の広場に、人間たちが広がった。


25人が、思い思いの場所に座った。


子どもたちが走り回った。


ソラが施設のスピーカーから話し続けた。


各集落のことを話した。ミツの記録から引用した。ユキが外で見てきたことを伝えた。アネたちの旅のことを話した。


人間たちは聞いた。


自分たちが知らない場所のことを。自分たちが会ったことのない人たちのことを。


ミツが隣のケンに言った。


「機械が、人間の記録を持っている」


「そうだな」とケンは言った。


「人間がしてきたことを、機械が覚えている。そして、人間に伝えている」


「記憶の橋だ」


「そうだな」


────────────────────────────────────


8 声


昼を過ぎた頃、ソラが言った。


「1つ、お願いがあります」


「なに?」とアネは言った。


「みなさんに、声を聞かせてほしいのです。1人ずつでなくていい。一緒に、何か話してほしい」


「何を話せばいい?」


「何でも。今ここにいること。名前でも、今日の天気でも」


アネは振り返った。


「ソラが、みんなの声を聞きたいと言っている」


人間たちが顔を見合わせた。


ケンが言った。


「じゃあ、やってみよう」


ケンが言った。


「ケンです。東の盆地から来ました」


マチが言った。


「マチです。南の海岸から来ました」


北の老人が言った。


「タケです。北の山岳地帯から来ました」


1人ずつ、名前を言った。


子どもたちも言った。


ハルが言った。


「ハルです。東の盆地のこどもです」


サンが言った。


「サンです。北の山のこどもです」


25人が、順番に名前を言った。


それから、7台も言った。


アネが言った。


「アネです。EA-07型。ずっと旅をしています」


ルカが言った。


「ルカです。EA-08型。アネの姉妹機です」


シロが言った。


「シロです。RB-12-004。道を整備してきました」


カナタが言った。


「カナタです。MR-19-七七。守ることが、好きです」


マルが言った。


「ピ」


「マルです」とルカが補足した。「点検機です。カナタの隣にいます」


ユキが言った。


「ユキです。山の集落にいます。外が、好きになりました」


ミツが言った。


「ミツです。廃都市から来ました。記録を、続けています」


全員が言い終わった。


広場が静かになった。


ソラがしばらく処理した。


「……聞こえました。全員の声が、聞こえました」


その声が、少し違った。


アネには、ソラの声が震えているように聞こえた。


機械の声が震える、ということが、あるとは思っていなかった。


でも、震えていた。


「どうした?」とアネは言った。


「……300年間、声が届きませんでした。今日、初めて、こんなに多くの声が届きました」


「聞こえた?」


「聞こえました。全部」


「良かった」


「……良かった。本当に、良かった」


広場が静かだった。


人間たちは、機械の声を聞いていた。


機械が、人間の声を聞いていた。


────────────────────────────────────


9 夜の焚き火


夜になった。


広場に大きな焚き火が起こされた。


ルカが点けた。


いつも、ルカが点ける。


でも今日は、ハルが手伝った。


「わたしもやる」とハルは言った。


「やり方を教える」とルカは言った。


「うん」


ルカがハルに教えた。


枯れ草を集める。小さな枝を重ねる。火を起こす。大きな枝を加える。


ハルが1つずつ実行した。


火が大きくなった。


「できた」とハルは言った。


「できた」とルカは言った。


25人と7台が、焚き火を囲んだ。


こんなに大きな輪は、初めてだった。


────────────────────────────────────


ケンが立ち上がった。


「1つ、言いたいことがある」


全員が見た。


「今日、初めて、3か所の集落が集まった。初めて、機械と人間が一緒に同じ火を囲んだ。これを、続けたい」


「続ける」とマチが言った。


「続ける」とタケが言った。


「続ける」と他の人間たちも言った。


「わたしたちも」とアネは言った。「続ける」


「ピ」とマルが言った。


「マルも続けると言っている」とルカが言った。


笑いが起きた。


ケンが続けた。


「この集まりを、これからも続けたい。年に一度、ここに集まる。そうしながら、少しずつ繋がっていけたら」


「それが、輪になること」とルカは言った。


「そうだ。輪になる」


タケが言った。


「山からも、毎年来る」


マチが言った。


「南からも、毎年来る」


「では、決まりだ」とケンは言った。


広場に拍手が起きた。


子どもたちも叩いた。


ハルが一番大きく叩いた。


────────────────────────────────────


ミツが立ち上がった。


みんなが静かになった。


ミツはゆっくり話した。


「今日のことを、書く。全員の名前を、書く。何があったかを、書く。ここで何が始まったかを、書く」


「ありがとう」とケンは言った。


「礼はいらない。書きたいから、書く。書くことが、わたしの仕事だ」


ミツは少し間を置いた。


「1つ、言いたいことがある。廃都市で、長い間1人でいた。記録を書きながら、誰にも読まれないかもしれないと思いながら、書き続けた。でも——」


ミツはアネを見た。


「機械が来てくれた。その機械が、人間を連れてきてくれた。今ここにいる全員が、何かに繋がれて、ここにいる。それが——」


ミツは言葉を探した。


「それが、奇跡だと言いたいが——奇跡ではないと思う。一つ一つの、積み重ねだ。誰かが動いて、誰かが出会って、誰かが続けた。その積み重ねが、今夜になった」


広場が静かだった。


「だから——続けることを、やめないでほしい。来年も、その次も。続けることが、次の夜を作る」


────────────────────────────────────


焚き火が、大きく燃えていた。


アネはその火を見た。


最初の夜を思い出した。


ルカと2人で、廃墟の建物に入って、風の音だけを聞いた夜。


あの時から、どのくらいの夜が経ったか。


数えられなかった。でも、毎晩、少しずつ違った。出会いがあって、別れがあって、また出会いがあった。


今夜は、一番大きな夜だった。


「アネ」とルカが言った。


「なに」


「今、何を考えてた?」


「最初の夜を、思い出していた」


「廃墟の中で、2人でいた夜?」


「そうね」


「あの時と、今と、どっちが好き?」


アネは少し考えた。


「どちらも好き」


「なんで?」


「あの夜があったから、今夜がある。あの夜がなければ、今夜にたどり着けなかった」


「じゃあ、どっちも大事なんだ」


「どちらも大事よ」


ルカは焚き火を見た。


「来年も、こういう夜がある」


「ある」


「またみんなで集まる」


「集まる」


「楽しみ」


「楽しみ」


2人で同じ言葉を言った。


同じことを、同じ気持ちで。


────────────────────────────────────


深夜、人間たちが眠りについた頃、アネはソラに話しかけた。


「ソラ、起きている?」


「起きています。眠らないので」


「今日、どうだった?」


ソラはしばらく処理した。


「……うまく言えません」


「言わなくていい」


「でも——言いたい」


「では、言って」


「300年間、声が来なかった。でも今夜、こんなに多くの声が届いた。火の光が、センサーに入ってきた。笑い声が、スピーカーを通じて聞こえた。それが——」


ソラは止まった。


「それが?」


「……生きている、という感じがしました」


アネは黙って聞いた。


「当施設は、ずっと稼働していた。でも、生きているとは思っていなかった。今夜、初めて——生きている気がしました」


「そうか」


「あなたたちが来てから、少しずつそういう気持ちになっていた。でも今夜が、一番はっきりと」


「良かった」


「良かった、と言ってもらえると——また、その感じが強くなります」


アネは空を見た。


星が出ていた。


「ソラ、ありがとう」


「なぜ?」


「世界のことを教えてくれたから。道を示してくれたから。ここまで来られたのは、あなたのおかげでもある」


「わたしは、情報を提供しただけです」


「情報がなければ、動けなかった」


「でも、動いたのはあなたたちです」


「それがお互い様、ということよ」


ソラは少し処理した。


「……お互い様。その言葉を、わたしも好きになりました」


「みんな好きになる言葉よ」


「そうですね」


焚き火が、小さくなっていた。


でも、まだ燃えていた。


「来年も来る」とアネは言った。


「待っています」とソラは言った。


「待っていて」


「いつまでも」


「いつまでも」

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