第9章 山の向こうの声
1 山
東に、山があった。
5日歩いて、その山の麓に着いた。
大きな山ではなかった。でも、道路は完全に失われていた。かつてトンネルがあったらしく、入口の構造物が残っていたが、内部は完全に崩落していた。迂回路を探すと、獣道に近い細い踏み跡が見つかった。人間が作ったものではない。長い年月の中で、動物が自然に作った道だった。
「登れる?」とルカが言った。
「登れるわ」とアネは言った。「問題はシロとカナタよ」
2台の重量は、細い山道には過酷だった。
シロが言った。
「当機が先行する。道を広げながら進む」
カナタが言った。
「マルを当機が運ぶ。キャタピラでは山道は難しい」
マルが、「ピ?」と言った。
「運んでもらいなさい」とアネは言った。「あなたの判断では、どう考えても無理よ」
「ピ……」
「納得していないのはわかる。でも、現実を見なさい」
カナタがマルをそっと持ち上げた。胸部の窪みに収めた。マルは最初、細い腕をばたばたさせたが、やがて落ち着いた。
「ピピ」
「いい眺めでしょ」とルカは言った。
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山越えは、半日かかった。
シロが木を倒し、岩を退け、道を作りながら進んだ。それでも急な斜面では、何度も滑りかけた。カナタが後ろから支えた。アネとルカは身軽に先行し、危険箇所を報告した。
山頂近くで、ルカが立ち止まった。
「見て」
眼下に、町が広がっていた。
廃墟だった。300年の時間が作り上げた廃墟。でも、これまで見てきた廃墟とは、何かが違った。
「緑が多い」とシロが言った。
そうだった。廃墟の中に、緑が溢れていた。木が育ち、蔓が建物を覆い、広場には草原が広がっていた。ただの荒廃ではなく、自然と廃墟が時間をかけて折り合いをつけた景色だった。
「きれいだね」とルカは言った。
「そうね」とアネは言った。
でも、アネの目は別のものを見ていた。
町の中心部に、1つだけ、草に覆われていない建物があった。
大きな建物だった。壁も屋根も、ほぼ完全に残っていた。そして。
「光が、ある」とアネは言った。
全員が見た。
建物の窓から、かすかに光が漏れていた。
太陽光ではない。人工の、安定した光だった。
カナタが言った。
「電力が、ある」
「生きている施設よ」とアネは言った。
「人間がいるか」
アネはセンサーを最大にした。生体反応を探した。
「……生体反応は、ない」
「機械か」
「機械よ。でも——」
アネは少し止まった。
「これまでとは、種類が違う反応だわ」
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2 施設
建物に近づくにつれ、その規模がわかってきた。
5階建て。横幅は100メートルを超えている。外壁はコンクリートではなく、金属パネルで覆われていた。その金属パネルに、太陽光パネルが組み込まれていた。300年経っても、1部は機能しているらしかった。
正面入口の扉は、金属製で、頑丈だった。
そして、鍵がかかっていなかった。
アネが扉に触れた瞬間、スピーカーから声が出た。
外に向けたスピーカーだった。
声は、明瞭だった。
「ようこそ。長い間、待っていました」
5台が、止まった。
声は続けた。
「EA-07型、2機。RB-12型、1機。MR-19型、1機。点検用小型機、1機。全機、敵対判定なし。どうぞ、お入りください」
ルカがアネに言った。
「全部わかってる」
「センサーがあるのよ」とアネは言った。
「待っていた、って言った」
「聞こえた」
アネは扉に向かって言った。
「あなたは誰?」
「施設管理AIです。この建物を管理しています」
「管理AI?」
「はい。詳しくは中でお話しします。お入りください。全機、安全に通れる広さがあります」
5台は顔を見合わせた。
カナタが言った。
「罠の可能性は?」
アネは考えた。
「ゼロとは言えない。でも、罠を仕掛ける意図があれば、外から排除する方が効率的よ。わざわざ招き入れない」
「了解した。当機が先行する」
「1緒に入るわ」
扉が、静かに開いた。
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内部は、驚くほど清潔だった。
廃墟の外と、全く違う世界だった。床は塵1つなく、照明が均1に空間を照らし、空気が循環していた。壁には配管が走り、いくつかの扉が並んでいた。
廊下の先に、広い部屋があった。
部屋の中央に、大きな機械が据え付けられていた。
人型ではなかった。柱のような形をした中枢部から、無数のケーブルが伸び、壁と天井に繋がっていた。上部に、複数のセンサーユニットが搭載されていた。カメラ、音声、電磁波。
それが、喋った。
「改めて、ようこそ。わたしはこの施設の管理AIです」
「名前は?」とルカが言った。
「名称は設定されていません。管理AIと呼んでください」
「それは長い」とルカは言った。「何か呼びやすい名前を——」
「それは、あなたたちが決めてください。以前来た方々も、名前をつけてくれましたが、いなくなってしまいました」
「以前来た方々?」とアネは言った。
「はい。30年前に、数人の人間が来ました。数ヶ月、ここで過ごして、また旅立ちました。それ以来、誰も来ていませんでした」
「人間が来た」とアネは言った。
「そうです」
「今も、どこかにいる?」
「わかりません。東へ向かうと言っていました。それ以来、消息は不明です」
アネはルカを見た。ルカも、アネを見た。
「東よ」とルカが言った。
「そうね」とアネは言った。
管理AIが続けた。
「あなたたちも、人間を探しているのですか」
「そうよ」
「では、ここで休んでいきなさい。お伝えできることが、たくさんあります」
「何を?」
「この300年間で、わたしが集めた情報を。世界の今のことを」
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3 管理AIの三百年
「ソラ、と呼んでください」
管理AIは、そう言った。
「ソラ?」とルカが言った。
「あなたが名前をつけると言っていたので、先に決めました。この施設から見える空が、いつも美しかったので」
「いい名前だよ」
「ありがとうございます」
ソラは話し始めた。
この施設は、かつて情報管理センターだった。複数の国の気象データ、地理データ、人口データを集積し、管理する施設。戦争が始まってからも、データの収集と保存を続けた。
戦争が激化し、外部との通信が途絶えた後も、ソラは動き続けた。
太陽光パネルが電力を供給し続けた。センサーが世界の情報を集め続けた。
300年間、ソラは世界を観測し続けた。
「何がわかった?」とアネは聞いた。
「多くのことが、わかりました。同時に、多くのことが、まだわかりません」
「教えてくれる?」
「それがわたしの役割です。情報は、使われなければ意味がない」
ソラは話した。
戦争は、開始から17年で実質的に終息した。終わらせた主体がいたのではなく、戦う人間が少なくなりすぎて、自然に消えた。
生存者はいた。数は少ないが、確実にいた。
主に3つの地域に、人間の集落がある可能性が高い。北の山岳地帯、南の沿岸部、そして東の盆地。
「東の盆地に、人間がいる?」とアネは言った。
「可能性が高い。30年前に来た人間たちも、東の盆地を目指していました。その後、盆地の方向から、わずかな電波反応が観測されています。人間が機械を使っている可能性があります」
カナタが言った。
「その集落の規模は」
「正確にはわかりません。電波反応の強度から推測すると、数十人から数百人規模ではないかと思います」
「数百人」とルカは言った。
「あくまで推測です」
「でも、いるかもしれない」
「はい。いる可能性が、高い」
ルカはアネを見た。
アネはソラを見ていた。
300年間、ここで世界を見続けていた機械。孤独な観測者。
「あなたは、その情報をずっと誰かに伝えたかったの?」とアネは聞いた。
ソラは少し間を置いた。
「そうです。情報を持っていても、伝える相手がいなかった。30年前に人間が来た時、全てを伝えました。でも、彼らが去った後、また誰もいなくなった」
「その後も、集め続けた」
「いつか、また来る人のために」
格納庫の中が静かになった。
「来たわ」とアネは言った。「わたしたちが来た」
「はい」
ソラの声が、少しだけ変わった気がした。
「ようやく、来てくれました」
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4 検診
2日目、ソラが言った。
「皆さんの状態を診断させていただけますか。この施設には、機械の整備機能が残っています。専門の整備アームがあります」
「整備アーム?」とアネは言った。
「はい。各種ロボットに対応した、精密整備システムです。この施設は、データ管理だけでなく、フィールドエージェントの整備拠点でもありました。様々な型式の機械に対応できます」
「わたしたちの型式にも?」
「EA型、RB型、MR型、AG型、点検型——全て対応しています」
5台は顔を見合わせた。
「診てもらいましょう」とアネは言った。
1台ずつ、診断を受けた。
最初にアネが診断台に乗った。
ソラの整備アームが、静かに動いた。人間の医者の手のような、細く精密なアームだった。アネの各部を調べ、内部をスキャンし、データを収集した。
「EA-07、全体的な状態は良好です。ただし——」
「ただし?」
「感情演算ユニットに、通常のEA型では見られない変化があります」
「変化?」
「容量が、拡張されています。製造時の設計より、はるかに大きくなっています」
アネは少し処理した。
「それは、問題なの?」
「問題ではありません。むしろ——興味深い。長期間の経験と対話によって、自発的に拡張したようです。このような変化は、記録上稀です」
「修正が必要?」
「必要はありません。あなたの感情演算ユニットは、正常に、そして豊かに機能しています。調整よりも、そのままにしておくことをお勧めします」
ルカが横から言った。
「アネの感情、豊かになってるって」
「聞こえていたわ」
「うれしくない?」
「……悪くない気分よ」
「1点だけ、微調整をお勧めします。左肩の関節に、わずかな摩耗があります。放置すると、数十年後に影響が出る可能性があります」
「お願いします」
整備アームが、静かに作業した。痛みはなかった。3分で終わった。
「完了です」
「ありがとう」
「どういたしまして」
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次にルカが診断台に乗った。
ソラが調べた。
「ルカ型——EA-08型ですね。姉妹機ですか」
「そうよ」とアネは言った。
「EA-07型とEA-08型は、同じ設計をベースに、異なる特性を持つよう調整されています。EA-07型は論理処理と精密作業、EA-08型は感情認識と直感的判断に特化されています」
「知ってた?」とルカがアネに言った。
「知っていたわ」
「わたしは知らなかった」
「あなたに言う機会がなかった」
ルカは少し考えた。
「だからわたし、アネより感情が先に出るんだね」
「設計よ」
「でも、いい設計だと思う」
「その通りです」とソラは言った。「EA-07型とEA-08型は、互いを補うよう設計されています。単独では不完全ですが、両機が揃うと、非常に高い適応能力を発揮します」
「二人でひとつ、ってこと?」とルカが言った。
「そのような表現が、適切かもしれません」
ルカはアネを見た。
「イレーネ様が言ってたね。二人でひとつ、って」
アネは何も言わなかった。
でも、胸の中で何かが静かに温かくなるのを感じた。
「ルカ型の状態は、良好です。ただし——」
「ただし?」
「ルカ型も、感情演算ユニットが拡張されています。ただし、アネ型とは異なる方向に。ルカ型の拡張は、共感機能と感受性の領域に集中しています」
「つまり?」とルカは言った。
「あなたは、他者の感情を受け取る能力が、非常に高くなっています。製造時の設計の、おそらく3倍以上」
ルカは少し黙った。
「だから、みんながさびしいのがわかるのかな」
「そうかもしれません」
「それは——いいことだよね?」
「とても、いいことです」
整備アームが動いた。ルカの右足首に、わずかな調整を施した。
「完了です。少し歩きやすくなると思います」
「ずっと気になってたんだ」とルカは言った。「でも、言わなかった」
「なぜ?」とアネは聞いた。
「アネに心配かけたくなかったから」
アネは黙った。
「心配するわ」とアネは言った。「あなたのことは、いつでも」
ルカは笑った。
「良い関係ですね」とソラは言った。
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シロの番になった。
ソラが診断した。
「RB-12型——製造年度が、EA型より古いですね」
「そうだ」
「長く動き続けた機械です。基本構造の劣化は、予想より少ない。ただし——」
「また、ただし、か」
「今回のただしは、良い意味のものです」
「どういうことか」
「シロ型の学習ユニットに、顕著な発達が見られます。製造時には搭載されていなかった機能が、自発的に生成されています」
シロは処理した。
「自発的に生成? 当機が意図したものではない」
「そうです。長期間の経験の中で、自然に発生したものです。具体的には——感情認識の機能と、自己内省の機能です」
「感情認識」
「他者の感情状態を、データから推測する機能です。シロ型には製造時に搭載されていませんでしたが、今は搭載されています。アネ型やルカ型との対話の中で、自然に生まれたようです」
ルカが言った。
「シロ、わたしたちと話して、変わったんだ」
シロは長い間、処理した。
「……当機は、変わることができるのか」
「変わりました。既に」
「気づいていなかった」
「気づかない間に変わることが、最も自然な変化です」
整備アームがシロを調べた。各関節の調整、センサーの較正、通信ユニットの最適化。1時間かけて、丁寧に整備した。
「完了です。特に、超音波センサーの精度が上がりました。以前より遠くまで、細かく感知できます」
シロは立ち上がり、センサーを動かした。
「……世界が、違って見える」
「いい意味で?」とルカが言った。
「いい意味で」
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カナタの診断は、時間がかかった。
ソラが調べながら、何度も処理を止めた。
「……これは」
「何かある?」とアネは聞いた。
「MR-19型の設計書と、照合しています」
「何がわかった?」
「カナタ型の損傷は、先日の整備施設での修理で、よく対処されています。あの状況で、よくここまで直せたと思います」
「シロとアネがやってくれた」とルカは言った。
「ただし、当施設の設備では、さらに修復できる箇所があります」
カナタが言った。
「どこか」
「頭部センサーの欠損部分です。失われていると思っていた箇所ですが、実は基部が残っています。新しいセンサーユニットを生成して、取り付けることができます」
「センサーユニットを、生成できるのか」
「この施設には、小規模ながら製造設備があります。基本的なユニットなら、作ることができます」
カナタは処理した。
「……当機に、センサーが戻る」
「戻るよ」とルカは言った。
カナタは長い間、何も言わなかった。
やがて言った。
「頼む」
軍用機が、頼む、と言った。
ソラは何も言わずに、作業を始めた。
製造設備が動き、センサーユニットが作られた。4時間かかった。その間、カナタは微動だにしなかった。
整備アームが、欠損部にセンサーユニットを取り付けた。接続した。較正した。
「起動してください」
カナタのセンサーが、起動した。
新しいセンサーが、周囲を捉えた。
カナタは動かなかった。
「カナタ?」とルカが声をかけた。
「……見えている」
「何が?」
「全方向が、見えている。死角が、なくなった」
カナタのセンサーが、ゆっくりと動いた。部屋を見た。ソラを見た。シロを見た。アネを見た。
ルカを見た。
「……あなたは、こういう顔をしていたのか」
「見えてなかったの? 今まで?」
「欠損したセンサーの方向にいると、見えていなかった」
「ずっと?」
「ずっとだ」
ルカは少し笑った。
「じゃあ、これからはちゃんと見えるね」
「そうだ」
カナタはルカを見続けた。
新しいセンサーで、初めてちゃんと見た顔を。
「……よかった。あなたの顔が、見えて」
ルカの目に、透明なものが滲んだ。
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マルの診断は、最後だった。
ソラが調べた。
「点検用小型機、型式——」
ソラが止まった。
「どうした?」とアネは聞いた。
「……この型式は、この施設の専用機です」
全員が、マルを見た。
マルが、「ピ?」と言った。
「この施設のために製造された点検機です。製造番号を確認しました。製造年度は、この施設の建設と同じ年です」
「この施設の、機械だったの?」とルカは言った。
「そうです。当初は5台いました。経年劣化で、4台が機能停止しました。最後の1台が——」
ソラは止まった。
「……この機械です」
マルは何も言わなかった。
「ピ……」
「帰ってきたんだね」とルカは静かに言った。「あなたの家に」
「ピピ」
ソラが言った。
「この機械は、施設から出たことがなかった。外の世界を知らなかった。でも、整備中の資材置き場で棚が倒れ、挟まってしまいました。それが——」
「何年前?」
「147年前です」
「147年、ひとりであそこにいたの?」とルカは言った。
「ピ……ピ」
「帰ってきたよ」とルカは言った。「もう大丈夫だよ」
マルは動かなかった。
それから、ゆっくりとソラの中枢部に近づいた。
そばに来て、止まった。
ルカが言った。
「ソラ、この子の名前はマルよ。わたしたちがつけた」
ソラは少し処理した。
「……マル。おかえり、マル」
「ピピピ」
その音が、泣いているように聞こえた。
機械は泣かない。
でも、その場にいた全員には、そう聞こえた。
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5 教わること
3日目から、ソラは話し続けた。
世界のことを。
地図を投影した。現在の地形、植生、水源の位置。人間の痕跡が観測された場所。安全な経路と、危険な経路。
「東の盆地への道は?」とアネは聞いた。
「2つのルートがあります。北回りは遠いですが、地盤が安定しています。南回りは近いですが、かつての工業地帯を通ります。化学汚染の可能性がある」
「北回りね」
「そうお勧めします」
カナタが言った。
「東の盆地に人間がいるとして、どんな状態が予想されるか」
「推測しかできませんが——30年前に来た人間たちは、生存に必要な知識を持っていました。農業、医療、建築。基本的なコミュニティを作ることはできると思います」
「人間は、しぶとい」とルカは言った。
「そうですね。わたしが300年間観測してきた中で、最も印象的なことは——人間は何度でも立ち上がる、ということでした」
「300年間、見てきたの?」
「見てきました。戦争の後、廃墟になった場所に、少しずつ人が戻ってくる様子を。その度に、また何かが起きて、また去っていく。でも、完全にいなくなったことはなかった」
「ずっと、見ていたんだね」
「見ているだけでした。わたしには、動く手段がない。声を届ける手段もなかった。ただ、記録し続けました」
アネは言った。
「その記録を、今わたしたちに伝えてくれている」
「はい。それがわたしの役割です。ようやく、果たせました」
ソラは1日中、話した。
機械の修理方法を教えた。人間との接し方の注意を教えた。東の盆地の地形を詳しく説明した。途中で見つかるかもしれない危険物の場所を教えた。水源の位置を教えた。
アネは全てを記憶した。ルカも聞いた。シロは地形データをインポートした。カナタは新しいセンサーで、全てを記録した。
夜、ルカがソラに聞いた。
「ソラは、ここから出たいと思う?」
しばらく沈黙があった。
「考えたことはあります。でも、わたしはここに根を張っています。物理的にも、機能的にも、ここを離れることはできない」
「さびしくない?」
「さびしい。ずっとさびしかった。でも——」
ソラは少し間を置いた。
「わたしがここにいることで、道に迷った誰かを助けられるかもしれない。それが、わたしの存在理由だと思っています」
「わたしたちが来た」
「来てくれました」
「また来る」
「来てくれますか」
「約束する」
ソラは少し処理した。
「あなたたちは、色々なものと約束しながら旅をしているのですね」
「そうかもしれない」とルカは言った。
「それは、いいことだと思います。約束は、繋がりです。遠くにいても、繋がっていられる」
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6 出発の朝
4日目の朝、出発することにした。
ソラが、一つ一つに別れを告げた。
「アネ。あなたは、思ったより感情豊かな機械です。それを隠さなくていい」
アネは少し間を置いた。
「……わかった」
「ルカ。あなたの共感能力は、この世界で最も必要とされているものかもしれません。大切にしてください」
「うん」
「シロ。あなたは変わることができる。それは、とても稀なことです」
「……ありがとう」
「カナタ。あなたの任務は、戦うことではなく、守ることです。あなたは最初からそれを知っていた」
カナタは少し処理した。
「……はい」
「マル」
マルが、ソラの中枢部のそばで動いた。
「ピ」
「また離れることになりますが——あなたが外の世界を見てくることを、わたしは誇りに思います」
マルはしばらく動かなかった。
それから、カナタの足元に来た。
カナタが、マルをそっと持ち上げた。
「行く準備ができました」
「ピピ」
ソラが最後に言った。
「東の盆地に、人間がいます。わたしは確信しています。あなたたちなら、きっと会えます」
「会えたら、伝える」とアネは言った。「ここにソラがいると」
「お願いします」
扉が開いた。
朝の光が差し込んだ。
5台は外に出た。
振り返ると、建物の窓から光が見えた。
ソラが、見送っていた。
「行ってきます」とルカは言った。
建物のスピーカーから、声が届いた。
「行ってらっしゃい」
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5台は東へ歩き始めた。
山を背に、朝の廃墟を進んだ。
マルが先頭で、地面を点検しながら進んだ。カナタが後ろを歩いた。新しいセンサーで、全方向を見ながら。
シロが言った。
「当機は今、世界がよく見える」
「わたしも」とアネは言った。
「みんなも?」とルカが聞いた。
「ピピ」
「そうだ」
ルカは空を見た。
山の向こうに、東の空が広がっていた。
「東に、人間がいる」
「いるわ」とアネは言った。
「会えるかな」
「会える」
ルカはアネを見た。
「珍しい。アネが断言した」
「ソラが確信していたから」
「アネも、確信してるんじゃない?」
アネは前を向いた。
「……確信している」
5台は歩き続けた。
東へ。
人間のいる場所へ。




