8話 DV保護施設で見た現実② 生きていた幼い命
第11章 DV保護施設で見た現実②
フィリピン人の母のことを考える間もなく、
保護施設の中では、次から次へと様々な話が飛び交っていた。
ここは、誰かの過去と痛みが、常に交差している場所だった。
その中に、ひときわ目を引く女性がいた。
容姿端麗で、同性の私から見ても「可愛い」と思ってしまうほどの人。
当時25歳。
彼女とは、なぜか一番早く打ち解けた。
年上なのに人懐っこくて、どこか無邪気で。
守ってあげたくなるような、ふわふわした雰囲気の女性だった。
一歳半くらいの男の子のママ。
何で彼女が、ここに来たのかはわからない。
詳しい事情も、私は聞かなかった。
ただ、ひとつだけ強く覚えていることがある。
服はほとんど持ってきていないのに、
スーツケースの中には、思い出の品ばかり入っていた。
写真や、CDや、「付き合った頃」にもらったもの。
生活に必要な物より、過去のほうが大事そうだった。
ある日、彼女は大事そうに一枚のCDを見せてきた。
「これはね、付き合った時に買ってくれた、あゆのアルバムなの」
そう言って、嬉しそうに笑った。
その笑顔が、あまりにも無邪気で。
ここがDV保護施設だということを、一瞬忘れそうになった。
逃げてきたはずなのに。
傷つけられてきたはずなのに。
それでも、消えない旦那さんへの愛がそこに残っている?
ある日その女性が、施設の職員さんに叱られている日があった。
「どうして、子供の予防接種を全部受けていないの?」
彼女は小さな声で言った。
「旦那さんが、パチンコに一緒に行こうって言うから……行けなかったんです」
その言葉を聞いたとき、
胸の奥が、すっと冷えた。
依存するということが、こんなにも人の心を縛るのだと、私はその時、初めて思い知らされた。
赤ちゃんのお尻は、赤く爛れていた。
そのことも、施設の職員さんに指摘されていた。
「旦那さんが帰らせてくれないから、オムツ交換ができなかったんです。」
彼女は、申し訳なさそうにそう言った。
頼れる身内が、近くにいなかったのかもしれない。
助けを求める場所も、なかったのかもしれない。
でも、もしかして赤ちゃんを一人で家に置いたままだったのかと想像して、それ以上、何も言葉が出なかった。
ただ、この子が、お尻のあざだけで済んでよかった。
生きていてくれて、本当によかった。
心の底から、そう思った。
一歩間違えたら、この子は息をしていなかったかもしれない。
そう思った瞬間、背筋が冷えた。
目を塞ぎたくなるようなニュースをテレビ越しに見てきたことはあった。
でも、当事者が目の前にいる現実は、まったく別物だった。
そのとき、つい最近まで「死にたい」と思っていた自分が、少しだけ恥ずかしくなった。
こんなにも幼くて、これから未来がある命が、ちゃんと生きている。
それだけで、自分の子供ではないのに、どうしようもなく嬉しかった。




