4話 私が私を隠した日
【短編】「笑う事を許されなかった部屋」の続編です。
仮面を被って過ごしていたあの日々。
その裏側で、同時に進んでいた現実とは——
私は、もう一つの地獄を生きていた。
第8章私が私を隠した日
そんな中で、耳に入ってくる周囲の話があった。
小学校の同級生は、東大の医学科に進んだという。
メダルは取れなかったけれど、
オリンピックの選手に選ばれた人もいると聞いた。
かつて一緒に笑い合っていた友人たちと、
今の自分を、どうしても比べてしまう。
周りがとても眩しく、綺麗な世界を生きているように見えた。
東京に出て、専門学校で服を作っている子。
美容師を目指して、必死に頑張っている子。
学生の頃、
「将来、何になりたいですか?」
と教師に聞かれる。
私は、昔からその質問がいちばん苦手だった。
夢と呼べるものを、持っていなかったからだ。
周りの真似をして、
「ケーキ屋さんになりたい」
「お嫁さん」
「ペットショップの店員さん」
聞かれるたびに、適当に答えるのが精一杯だった。
そして、高校を卒業して、私は初めて気づいた。
目標を持ち、夢に向かって進んでいる友人たちを、
私は素直に「羨ましい」と思っているのだと。
これまで、誰かを僻むという感情を持ったことがなかった私にとって、そんな感情を抱く自分は、とても汚く、ひどく恥ずかしい存在に思えた。
会社では明るく振る舞い、
あの部屋では、鳥籠の中にいるような私。
本当の自分が、
どこにいるのか分からなくなっていた。
外では仮面を被り、明るく振る舞う。
あの部屋に戻ると、笑わない私に戻る。
周囲がニコニコ笑っているから、それに合わせて笑っているふりをした。
まるで私の中に、何人もの別の人間が存在しているようで、それがとても気味が悪かった。
いつの間にか、心の奥から笑えなくなっている自分に気づいたとき、強い嫌悪感を覚えた。
こんなにも醜い自分になってしまったことが、信じられなかった。
気がつけば、私は携帯ショップに足を運び、携帯電話を変えていた。
大好きだった友人にも、
連絡先を教えることができなかった。
嫌いになったわけじゃない。
大好きだからこそ、私が友人を妬む側の人間になりたくなかった。
応援したいのに、心から応援できない。
昔の私は、友人を心から応援できる人間だった。
それが今では、こんなにも、ちっぽけな人格になってしまった。
その事実を、私はどうしても受け入れられなかった。
親友だけは、私の何かを察していたのかもしれない。
「もし携帯を変えても、ちゃんと教えてよ」
なぜか何度もそう言われていた。
だから、親友にだけ新しい連絡先を伝え、私は、思い出が詰まった携帯電話を捨てた。
会社の人と、私を支配していた者と、身内だけには、
教えざるを得なかった。
そして私は、自分の存在を、少しずつ消していった。
思い出が詰まった卒業アルバムも、学生時代の笑顔がいっぱいのプリ帳も、すべて捨てた。
「巳ノ星壱果」という人間が、誰の記憶からも、消えてしまえばいい。
もしドラえもんがいて、
過去の人々の記憶を消せる道具を発明してくれるのなら、あの頃の私は、
どこでもドアも、タケコプターも選ばなかった。
私の存在を覚えている人たちの脳内から、私自身だけを、静かに消してしまう道具を選んだと思う。
それは逃げたかったからでも、誰かを恨んでいたからでもない。
ただ、ここにいなかったことにしたかっただけだった。
私自身を消してくれる道具があるのなら、
私はきっと、それを選んでいたと思う。
人は人、自分は自分。
そう思えていたはずの私が、
仮面なしでは生きられない人間になっていた。
その事実が、どうしようもなく気持ち悪かった。
名前も、存在も、誰の記憶からも消えてしまえばいい。
そう願うほど、私は壊れていたのだと思う。




