16話 引きこもりの連鎖
第19章 引きこもりの連鎖
薬をやめてから無駄な時間を過ごしてきたはずなのに、ほんの少しだけ、自分が他の人と同じになれた気がした。
少しだけ、普通に戻れた気がした。
薬漬けだった日々と比べて、薬から抜け出せた生活は、体が驚くほど軽かった。
まるで重りをつけられて歩いていた人間が、
突然それを外されたみたいだった。
そう思えるほど、
私にとってあの時間は重く、長かった。
そんなある日、親友から連絡がきた。
「菜摘が、ひきこもりになったらしいよ」
私の家から徒歩一分。
中学時代に毎日一緒に通学していた友人だった。
高校になってからは遊ばなくなったけれど、
噂は、あっという間に広がる。
菜摘は、学年でもトップクラスの成績だった。
両親は公務員で、姉妹そろって優秀だった。
きっと自慢の姉妹で菜摘は両親の誇りの娘だったのだろう。
地元で一番の大学に進学したはずなのに、人間関係で何かがあったらしい。
大学を休学し、そのまま辞めたと聞いた。
菜摘の両親がお金を出して運転免許センターに通わせたが、運転免許センターに最後まで通うことも難しかったらしい。
「大丈夫?」
きっと、たくさんの人がそう連絡したのだろう。
でも、私は何も言えなかった。
会いに行ける距離なのに、会いにも行かなかった。
大丈夫じゃない人に
「大丈夫?」と聞かれることが
どれほど苦しいかを、私は知っていたから。
そして、きっと私も、引きこもっていたあの頃、
同じように噂されていたのだと思った。
人は噂話が好きだ。
とくに、人の不幸話が。
本当に心配していた人は、どれくらいいたのだろう。
菜摘は昔から優しい子だった。
でも、感情を表に出すのが苦手だった。
笑顔もどこかぎこちなかった。
優等生だった菜摘は、大学で誰かの標的になったのかもしれない。
私は、父に守られながら生きてきた。
でも菜摘は、努力で上に立ち続けてきた。
私とは正反対だった。
優等生な人でも壊れるときは壊れる。
そんな事を知った。
私は、引きこもりから抜け出そうとしていた。
でも菜摘は、十年以上経った今も、家から出られていない。
私は楽をしていたのかもしれない。
菜摘は本当は必死だったのかもしれない。
だからこそ、私は声をかけられなかった。
大丈夫じゃない人にかける言葉を、
私はまだ持っていなかった。




