8.レイの過去
人生の最期が「公開処刑」になると聞いて、私は妙に納得していた。
異世界に呼ばれ、魔の森に捨てられ、騎士団に拾われ、そして王都で処刑。 まあ、私らしい人生の締めくくり方だ。 前の世界でも、私の人生はずっと「あと一歩で幸せを逃す」ことの繰り返しだったから。
◇
出発の朝。 砦の前に集まったのは、数十人の騎士たちと、そして――。
『グルルルルゥ……ッ!』
砦の屋根よりも巨大な、真っ赤な飛竜が二頭。 地響きのような唸り声を上げ、翼を広げている。
「……え、あれに乗るんですか?」 「ああ。王都までは空路が一番早い」
団長が当たり前のように答えた。 飛竜。ファンタジーの定番だが、実物は想像以上にデカいし、凶悪な顔をしている。 完全に捕食者の目だ。
「(なるほど。処刑場までの護送車がこれか。空なら逃げ場もないし、合理的ね)」
私は妙に感心してしまった。 さすがは国最強の騎士団。ドナドナされる牛の気分だ。
団長が、先頭の一際大きな飛竜の前に立った。
「おい、レイ。来い」 「はい。……あの、どこに乗れば?」 「俺の前だ」
え? 団長は私の脇を抱えると、軽々と持ち上げ、自分の鞍の前――つまり、彼の腕の中にちょこんと座らせた。 まるで、遊園地のアトラクションに怖がる子供を乗せる父親のようだ。
「落ちたら死ぬぞ。しっかり捕まっていろ」 「は、はい」
彼の太い腕が私の腰に回される。 背中からは、彼の硬い鎧の感触と、体温が伝わってくる。 ……近い。そして、すごく良い匂いがする。森の朝露のような、清涼な香り。 以前、夜に出会ったあの大きなワンちゃん(狼)と同じ匂いだ。
『ギャオオオォォンッ!!』
飛竜が咆哮し、力強く大地を蹴った。 内臓が浮き上がるような浮遊感と共に、視界が一気に開ける。
「わあ……」
眼下に広がるのは、どこまでも続く緑の絨毯。 風は冷たいけれど、頬を撫でる感覚が心地いい。 生まれて初めての空の旅。 こんな絶景を見ながら死にに行けるなんて、私の人生にしては上出来すぎる。
「……寒くはないか」
耳元で、低い声がした。 団長が、風除けの厚手のマントで私をすっぽりと包み込んでくれる。 まるで、壊れ物を扱うような慎重さで。
「大丈夫です。ありがとうございます」
過保護だ。 処刑前の囚人に対して、ここまで至れり尽くせりなものだろうか。 ……ああ、そうか。ストレスを与えると肉が不味くなるからか。あるいは、公開処刑で見栄えが悪くならないように、体調管理をしているのか。
私は彼の腕の中で、ぼんやりと過去を思い出した。
両親が事故で亡くなったのは、私が中学生の時だった。 身寄りのなくなった私を引き取ったのは、父の弟である叔父さんの一家だった。 ……そこは、地獄だった。
叔父も、叔母も、従姉妹たちも、私を「家族」ではなく「便利な家政婦兼サンドバッグ」としか見ていなかった。 学校から帰れば山のような家事。掃除に行き届かない場所があれば罵倒され、食事を抜かれた。 今の私の「異常なほどの掃除スキル」や「空腹への耐性」は、あの家で生き延びるために身についた、悲しい処世術だ。
高校を出て働き始めてからは、「今まで育ててやった恩を返せ」と給料のほとんどをむしり取られた。 それでも、私は諦めなかった。 いつかこの家を出てやる。自由になるんだ。 そう誓って、隠し口座に小銭を貯め続け、叔父たちに見つからないよう夜中にカップ麺をすする日々。
そして、二十一歳。 ようやく資金が貯まり、叔父たちと縁を切って、念願の一人暮らしを始めた――その翌日のことだった。
新しいアパートで、買いたての家具に囲まれて、「さあ、私の人生はこれからだ!」と思った矢先ここへ召喚された。
「(……ほんと、ついてない)」
マントの中で、小さく自嘲する。 やっと自由になれたと思ったのに。 やっと、誰にも邪魔されずにご飯が食べられると思ったのに。 神様は、私に「幸せ」というものを一ミリも許してくれないらしい。
だから、もういいのだ。 疲れた。 また一から、知らない世界で、知らない人たちに虐げられながら生き延びる気力なんて、もう残っていない。 美味しいものを食べて、苦しまずに死ねるなら、それが一番のハッピーエンドかもしれない。
「……腹は減ってないか」
不意に、団長が聞いてきた。 彼は懐から、干し肉と、水筒に入った温かいスープを取り出した。
「次の休憩まで時間がかかる。少し食っておけ」 「……ありがとうございます」
差し出されたスープを一口飲む。 温かい。野菜の甘味が体に染み渡る。
「……美味しい」 「そうか。なら全部飲め」
彼はぶっきらぼうだが、私が飲み終わるまで、飛竜の手綱を片手で操りながら、じっと見守ってくれていた。 変な人だ。 処刑する相手に、こんなに優しくするなんて。 叔父さんたちですら、私にこんな温かいスープをくれたことはなかったのに。
「(……最後の思い出が、この人の背中でよかったかな)」
私は彼の硬い鎧に頭を預けた。 飛竜の翼が風を切る一定のリズムと、背中から伝わる彼の体温が、泥のような眠気を誘う。
こうして、私たちは王都へと向かった。




