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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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42/44

42.レイの悲痛な叫び。

「ひっ……!」


 ジルベルトの放つ圧倒的な殺気に、クラウスはたたらを踏んで後退した。  だが、すぐに歪んだ笑みを張り付かせ、レイの肩を鷲掴みにする。


「来るな! 一歩でも近づいてみろ、この女の精神を完全に破壊してやる!」


 クラウスが叫ぶと同時に、床の魔法陣が赤黒く発光した。  レイが「あぐっ……」と苦悶の声を漏らす。頭の中に直接楔くさびを打ち込まれるような激痛が走っているのだ。


「動くなと言っているんだ、野蛮な獣め!」


 クラウスは勝ち誇ったように叫ぶ。  ジルベルトの足が止まった。それを見て、クラウスは安堵の息を吐き――次の瞬間、ジルベルトの傷ついた心に塩を塗るように嘲笑を浮かべた。


「ははっ、そうだ。そこで見ていろ。  おいレイ、あいつを見ろ。お前の『飼い犬』が迎えに来たぞ」


 クラウスは、レイの耳元で粘着質に囁き続ける。


「お前はもう知っているんだろう? あの狼が誰なのか。  毎晩毎晩、お前が『私なんて生きてる価値がない』と泣きついていた相手が、誰だったのか」


 レイの瞳が揺れた。  そうだ。知っている。知ってしまった。  だからこそ、死んでしまいたいほど辛いのだ。


「傑作だよなぁ!  『団長さんと一緒にいたい』『捨てられるのが怖い』……あんな惨めな泣き言を、本人の前で垂れ流していたなんて!  あいつはお前のことを笑ってたんだよ。『なんて重くて、面倒で、価値のない女だ』って見下していたんだ!」


 クラウスの言葉が、レイの心の一番脆い部分を容赦なく踏み荒らす。   「……こ、来ないで……」


 レイは震える手で顔を覆った。


「見ないで……! お願いだから、見ないでぇぇ……!」


 全部、知られている。  私がどれだけ弱くて、卑屈で、……聖女としても、女性としても価値がない人間なのか。  あんな風にすがりつく無様な姿を見られて、幻滅されないはずがない。


「帰って……っ!  私のことなんて、放っておいてよぉぉぉッ!」


 レイの絶叫が響く。  それは拒絶ではない。自分のみっともなさをこれ以上晒したくないという、魂の悲鳴だった。


 だが。


「――断る」


 低く、地を這うような声が、その叫びを塗り替えた。


 ジルベルトは、止まらなかった。  一歩、また一歩。  魔法陣から放たれる防衛魔術の火花が、彼の身体を焼き焦がすのも構わず、ただ真っ直ぐにレイへと歩を進める。


「なっ……正気か!? 魔力防壁を、生身で……!」


 狼狽するクラウスを無視し、ジルベルトはレイだけを見つめた。  その金色の瞳は、少しも怒ってはいなかった。軽蔑もしていなかった。  ただひたすらに痛ましげで、そして泣きたくなるほど真剣だった。


「レイ。俺を見ろ」


「嫌っ……! 知ってるくせに!  私が狼さんに……貴方に、…」


「ああ、全部聞いていた」


 ジルベルトは足を止めず、魔法陣の結界を力任せに引き裂いた。  バヂィッ!! と閃光が走り、彼の手から血が滴る。それでも彼は止まらない。  驚愕に目を見開くレイの目の前まで歩み寄り、膝をついた。


「『私には価値がない』と言って泣いていただろう。 俺の毛皮を涙で濡らしていただろう」


「言わないでぇぇ……ッ!」


 レイは耳を塞いで首を振る。  その言葉を繰り返されるだけで、心が死んでいくようだった。


「迷惑なんでしょう!?  あんな依存心丸出しの女、気持ち悪かったでしょう!? 」


「違う!」


 ジルベルトが叫んだ。  彼はレイの手首を掴み、無理やりその手を耳から引き剥がした。


「迷惑なものか! 気持ち悪いものか!  ……嬉しかったんだ」


「……え?」


 レイの思考が停止した。  予想していた罵倒や憐憫とは、全く違う言葉だったからだ。


「お前が俺を必要としてくれていると知って、どうしようもなく嬉しかった。  だが、正体が俺だとバレたら、お前はもうあんな風に本音を見せてくれないんじゃないかと……それが怖くて、言い出せなかった」


 ジルベルトは、レイの手のひらを自分の頬に押し当てた。  そこには、人間としての肌の温もりと、獣のような一途な眼差しがあった。


「俺の方こそ、臆病だったんだ。  お前のその『弱さ』も、俺だけに向けてくれるなら、それは至上の幸福だ」


 レイの瞳から、ポロポロと涙が溢れ出した。  嫌われていなかった。  価値がないなんて思われていなかった。  私の、誰にも見せられないドロドロとした暗い感情ごと、この人は受け入れてくれていたんだ。


「だん、ちょ……さん……ッ!」


 レイはジルベルトの首に抱きついた。  声を上げて泣きじゃくる彼女を、ジルベルトは強く、強く抱きしめ返す。


「二度と離さない。お前が自分に価値がないと言うなら、俺が一生かけて証明し続ける。  お前は、俺にとって世界の全てだと」


「う、うぅぅ……信じて、いいんですかぁ……ッ!」 「ああ、信じろ。俺の愛は、お前が思うよりずっと重くて深いぞ」


 二人の間に、割り込む隙間など一ミリもなかった。  愛の力で術を破られたクラウスは、呆然と立ち尽くしていた。


「ば、馬鹿な……。精神の呪縛が、こんな簡単に……」


「おい、邪魔だぞ手品師」


 背後からドスッという音が聞こえた。  クラウスが振り返ると、いつの間にか背後に回っていたダリウスが、剣の柄でクラウスの鳩尾みぞおちを強打していた。


「がはっ……!?」


「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとやらだ。……ま、今回は狼だがな」


 ダリウスがニヤリと笑って横に退く。  クラウスが膝をついたその先。  レイを抱きしめたまま立ち上がったジルベルトが、先ほどの慈愛に満ちた表情とは打って変わった、冷え切った瞳で見下ろしていた。


 その背後には、怒りの形相をした巨大な銀狼のオーラが揺らめいているように見えた。


「さて……クラウス」


 ジルベルトはレイの頭を優しく撫でて彼女の目を塞ぐと、右手で剣を抜き放った。


「俺の最愛の女性ひとを泣かせた罪、どう償うつもりだ?」


 それは、帝国の魔導師にとって、真の恐怖の始まりだった。

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