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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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40/42

40.久々にダリウス

鏡の破片が、俺の手のひらに突き刺さっていた。  だが、痛みは遠い。  心臓を抉り取られたような喪失感に比べれば、肉体の痛みなど無に等しかった。


「……荷物、だと……?」


 掠れた声が、喉から血の味と共に漏れる。  レイの最期の言葉が、呪いのように耳にこびりついて離れない。


 『もう、貴方のお荷物にはなりたくありませんから』


 あれは本心なのか?  俺が彼女を避けたから、彼女は俺を「自分を疎ましく思っている人間」だと判断し、絶望して去ったのか?  だとしたら、俺が追いかける資格などあるのだろうか。嫌われている俺が顔を見せたところで、彼女をさらに傷つけるだけではないのか。


「あぁ……くそ……」


 俺は床に拳をつき、うなだれた。  立ち上がる気力すら湧かない。ただ、自分の不甲斐なさと後悔で押しつぶされそうだった。


「――いつまで膝をついている、ジルベルト!」


 頭上から、雷のような怒声が降り注いだ。  ハッとして顔を上げると、国王陛下が玉座から立ち上がり、鬼の形相で俺を見下ろしていた。


「へ、陛下……申し訳ありま……」


「謝罪など求めていない! 私が見たいのは、我が国の騎士団長の背中だ。このような場所で、女々しくうずくまる敗北者の姿ではない!」


 陛下の言葉は鋭く、俺の胸に突き刺さった。


「レイの言葉を真に受けたか? 『荷物になりたくない』だと? 笑わせるな!  あの娘の瞳を見ていなかったのか。あれは、心が壊れる寸前の、助けを求める者の目だ!」


「……っ!」


「その悲鳴も聞き取れず、あまつさえ『嫌われたかもしれない』などと自分を守る言い訳をして、このまま彼女を見捨てるつもりか?  貴様の愛はその程度だったのか!!」


 ――その程度。


 その言葉に、凍りついていた心臓がドクリと跳ねた。  違う。そんなわけがない。  俺のレイへの想いは、そんな安っぽいものではない。


「……違います」


「ならば立て! 剣を取れ!  嫌われたなら、誤解だと何度でも叫べ! 拒絶されたなら、その倍の熱量で愛を語れ!  連れ去られた女一人取り戻せずして、何が国一番の騎士か!」


 陛下の檄が、俺の背骨に熱い芯を通した。  そうだ。俺は何を迷っていたんだ。  嫌われているかどうかなど、取り戻してから悩めばいい。今はただ、あの暗い鏡の向こうで震えているはずの彼女を、救い出すことだけを考えろ。


 俺は奥歯を噛み締め、血に濡れた手で床を押し、ゆっくりと立ち上がった。


「……目が覚めました」


 顔を上げる。そこに迷いはもうなかった。


「必ず、連れ戻します。たとえ彼女に罵られようとも、俺は二度と手を離さない」


 俺の瞳に再び金色の炎が宿るのを見て、陛下は満足げに頷いた。


「うむ。その顔だ。……して、行くあてはあるのか?」


 その問いに答えようとした時だった。


「行き先なら、俺が案内してやりますよ」


 不意に、バルコニーの影から男の声が響いた。  振り返れば、黒装束に身を包んだ男――副団長のダリウスが、窓枠に腰掛けてこちらを見ていた。


「ダリウス……! 戻っていたのか」


「ああ。たった今な。陛下のお説教、いいの聞かせてもらいましたよ。感動して涙が出そうだ」


 ダリウスは軽口を叩きながら部屋に入ってくると、一枚の羊皮紙を俺に投げ渡した。


「帝国の『黒鉄の離宮』だ。クラウスの野郎、そこで大規模な術式を組んで待ち構えてやがる」


「黒鉄の離宮……」


「レイ様を利用して、とんでもない兵器を動かす気だ。急がねぇと、取り返しがつかなくなるぜ」


 ダリウスの情報に、俺の手の中で羊皮紙がくしゃりと音を立てた。  場所は割れた。敵の狙いもわかった。  あとは、俺が牙を剥くだけだ。


「……感謝する、ダリウス」


「礼はいい。その代わり、暴れるときは俺も混ぜろよ。あの野郎の顔面、一発殴らねぇと気が済まないんでね」


 俺は陛下に向き直り、深く一礼した。


「行ってまいります。……我が命に代えても、レイを連れて帰ります」


「許す! 行け、ジルベルト! 」


 陛下の号令を背に、俺は走り出した。  窓を蹴破り、夜の闇へと躍り出る。  待っていろ、レイ。今すぐ、その悪夢を終わらせてやる。

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