4.団長の奔走(1)
ジルベルト視点です。
翌朝。
「料理長を呼べ! 今すぐにだ!」
早朝から怒鳴り散らす俺に、部下たちがビクリと震え上がる。 数分後、寝癖がついたままの料理長が息を切らしてやってきた。
「は、はいっ! 団長、昨日のスープの件でしたら、これから作り直しを……!」 「違う。メニューの変更だ」
俺は机を叩き、真剣な眼差しで告げた。
「あの『子供』のための食事を作れ」 「は……? こ、子供、ですか?」 「そうだ。昨日俺が拾った新入りのことだ」
料理長がポカンと口を開けた。 無理もない。あいつは薄汚れた格好で、長い前髪でまともに顔も見せていなかったからな。
「年齢は聞いていないが、あの発育の悪さを見るに、十歳……いってても十二歳といったところだろう」
俺は真顔で断言した。
昨夜、至近距離で見たあの手足の細さは異常だった。親とはぐれたのか、捨てられたのかは知らんが、まさに育ち盛りをないがしろにされた子供の体だ。
「いいか、今のあいつに必要なのは、消化に良く、栄養価が高く、かつ滋養強壮になるものだ。固い黒パンなど論外だ。喉に詰まらせて死ぬぞ」
俺は昨夜の彼女の細い首を思い出し、ぞっとした。
「ミルクを温めろ。蜂蜜をたっぷり入れろ。 パンは白パンだ。スープには野菜をこれでもかと煮込んで、形がなくなるまで柔らかくしろ。あと、果物だ。彩りの良いものを山盛りにしろ」
「は、はあ……。承知いたしました。あの、量は?」 「俺と同じ量だ」 「団長と同じ!? い、いや、あんな小さな子供にそれは無理では……」 「食わせるんだよ!!」
魔の森に近いこの砦は瘴気の汚染の影響を受けており、それは野菜や果物も例外ではない。汚染されていないというだけで貴重なのにそれをあの子供に…
俺の剣幕に、料理長が「ヒイッ」と悲鳴を上げて厨房へ走っていった。
俺の命令が飛ぶたびに、砦の中は大騒ぎになった。 団長が乱心した、隠し子がいたのか、などという噂が聞こえてくるが、知ったことか。俺は本気だ。あの虚無な瞳から、死への渇望を消し去るまでは。
◇
そして、朝食の時間。 食堂に現れたレイは、やはり昨日と同じ無表情だった。 だが、その顔色は昨日より幾分マシに見える。昨晩、俺(狼)の体温で少しは温まったからだろうか。
彼女が席に着くと同時に、俺は目配せをした。 給仕たちが、次々と皿を運んでくる。
湯気を立てるホットミルク(蜂蜜入り)。 ふわふわの白パン。 とろとろに煮込まれたポタージュ。 そして、皿からはみ出さんばかりの山盛りの果物と、甘く煮た肉料理。
周囲の騎士たちが、「なんだあの甘ったるいメニューは……?」「幼児食か……?」とざわついている。 だが、レイは瞬きを数回繰り返すと、ゆっくりと俺を見た。
「……あの、これは?」
来た。俺は腕を組み、できるだけ威圧感を与えないよう(つもりで)、努めて優しく告げた。
「食え。残さずだ」
さあ、喜べ。 温かくて甘い、子供が大好きなメニューだ。 これを食べて、「生きててよかった」と思え。
しかし。レイはスプーンを手に取ると、ミルクの表面を見つめ、またしても俺の理解の範疇を超えたことを呟いた。
「……なるほど。流動食ですね」 「……ん?」 「昨日の肉は固形物だったから、まだ処刑まで時間がある合図。 でも、今日は消化の良いものばかり……つまり、内臓を綺麗にしてから解体するための準備期間に入ったということですね」
ブッ!! 隣で水を飲んでいた副団長が吹き出した。
「ち、ちが……っ!!」
俺は叫びそうになるのを必死で堪えた。 なぜだ。 なぜ、そうなる。 俺の渾身の「離乳食(育児食)」が、なぜ「家畜の出荷前調整」みたいな解釈になるんだ!
「いただきます。良い毛並みになれるよう、頑張って太りますね」
レイは殊勝に手を合わせると、ホットミルクを飲み始めた。 その横顔には、悲壮感も恐怖もなく、ただ「業務命令に従います」という淡々とした諦めだけがあった。
(……先は、長そうだ)
俺は頭を抱え、自分の黒パンを握りつぶした。




