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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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37.究極のプライベート空間の危機

執務室に戻った後、私はソファに座らされ、団長さんに仁王立ちで見下ろされていた。


「……あの、団長さん」 「なんだ」 「さっきの言葉、冗談ですよね?  トイレもお風呂も中までついていくなんて……」


 私が恐る恐る尋ねると、団長さんは眉一つ動かさずに即答した。


「本気だ。一言一句、冗談など混じっていない」


「む、無理です!!」


 私はソファから飛び上がった。


「いくらなんでも、それは無理です!  私だって大人の女性ですよ!? 殿方が……しかも団長さんが同じ個室にいるなんて、恥ずかしくて死んじゃいます!」


 トイレもお風呂も、究極のプライベート空間だ。  いくら命の恩人でも、そんな姿を見られるなんて耐えられない。


「ドアの前で待っていてくれるだけで十分です!  中に入ってこなくても、声かけとかで確認すれば……」


「却下だ」


 団長さんは私の抗議を冷たく切り捨てた。


「さっきの奴を見ただろう。  鏡の中から音もなく現れ、結界も無視して侵入してきた。  ドア一枚隔てている間に、お前が連れ去られたらどうする?  俺がドアを蹴破るコンマ数秒の間に、転移させられたら終わりなんだぞ!」


「それは……そうですけど!  でも、お風呂はどうするんですか!?  鏡がダメなら布で覆えばいいですけど、お風呂は……裸にならなきゃいけないんですよ!?」


 私が顔を真っ赤にして訴えると、団長さんは厳しい顔つきで、しかし論理的に言い放った。


「水面だ」 「え?」 「奴は鏡を使った。つまり『反射する面』を媒介にしている可能性がある。  湯船の水面も、条件によっては鏡と同じ役割を果たすかもしれん。  無防備な裸の状態で、水面から引きずり込まれたら……お前はどうやって抵抗するつもりだ?」


 ――ッ。  言われてみれば、その通りだ。  お風呂の水面から、あのぬるりとした手が伸びてくる光景を想像して、私はゾッとした。


 でも。それでも。


「だ、だからって……一緒に入るなんて……」 「背中は向ける。目は瞑る。だが、同じ空間にはいる」 「嫌です! 恥ずかしいもん!」


 私が半泣きで拒絶すると、団長さんの表情が、フッと険しいものに変わった。    ダンッ!!


 団長さんが、近くの壁を掌で叩いた。  その大きな音に、私はビクリと肩を震わせた。


「いい加減にしろ、レイ!!」


 雷のような怒鳴り声だった。  いつも私を甘やかしてくれる団長さんが、初めて私に対して本気で声を荒らげた。


「恥ずかしいだと!? そんなことを言っている場合か!  命と羞恥心、どちらが大事なんだ!!」


「っ……」


「お前は……自分の価値を、奴らの執念深さを分かっていない!  さっき、お前の悲鳴を聞いて駆けつけるまでの数秒間……俺がどれほど生きた心地がしなかったか、分かるか!?」


 団長さんが私の両肩を掴む。  その指が、痛いくらいに食い込んでいた。  見上げると、彼の金色の瞳が揺れていた。怒りだけじゃない。そこにあるのは、深い恐怖と焦燥だった。


「もし一歩遅れていたら……お前はいなくなっていたかもしれないんだぞ。  二度と会えなくなっていたかもしれないんだ!  俺に……俺に、そんな思いを二度もさせる気か!?」


 悲痛な叫びだった。  最強の騎士団長である彼が、私のことでこんなにも取り乱し、怯えている。  私は胸が痛んだ。私の「恥ずかしい」という感情よりも、団長さんの「守りたい」という想いの方が、ずっと重くて切実なのだ。


「……ごめんなさい。私が浅はかでした」


 私はうつむいて謝った。  団長さんは深く息を吐き、私の肩に額を預けた。


「……いや、俺もすまない。怒鳴るつもりはなかったんだ。  だが、分かってくれ。俺はお前を失いたくない。  ……そのためなら、嫌われても構わない」


 そこまで言われて、私は考えた。  団長さんの不安を取り除き、かつ私の尊厳も守る方法。  ……そうだ。一人、適任者がいる。


「……団長さん。一つだけ、提案があります」 「提案?」 「お風呂やトイレの中まで護衛をつけるのは、分かりました。  でも、それは団長さんじゃなくて……エリスさんにお願いできませんか?」


 団長さんが顔を上げる。


「エリスだと?」


「はい。彼女も騎士隊長ですし、強いですよね?  女性のエリスさんなら、お風呂に入ってきてもらっても構いません。  その代わり、団長さんはドアのすぐ外で待機していてください。それなら、どうですか?」


 団長さんは渋い顔をして考え込んだ。


「エリスか……。腕は立つが、俺ほどではない。  万が一、奴が現れた時に……」


「でも、団長さんがドアの外にいれば、エリスさんが時間を稼いでいる間に突入できますよね?  それならコンマ数秒もかかりません!」


 私が必死に食い下がると、団長さんは長い沈黙の後、渋々といった様子で頷いた。


「……分かった。妥協しよう」


 ◇


 そしてその夜。


 広々とした浴室には、私と、武装したエリスさんがいた。  私はバスタブに浸かり、エリスさんは入り口付近で剣を構えて立っている。


「いやぁ、まさかひとっ風呂浴びるのにも護衛任務とはな」


 エリスさんは苦笑いしながら、浴室の鏡や窓をチェックしていた。


「悪いな、レイ。落ち着かないだろ?」 「いえ、エリスさんがいてくれると心強いです。  ……団長さんが中に入ってくるより、ずっとマシですから」


 私が小声で言うと、エリスさんは「あはは! そりゃそうだ」と笑った。


 すると。


 バンッ!!


 浴室のドアが外から叩かれた。


「おいエリス! 異常はないか!?」


 団長さんの切羽詰まった声が響いてきた。


「ありませんよ、団長! まだ入って3分ですってば!」 「水面はどうだ? 波打っていないか? 鏡に変な影はないか?」 「ありません! 安心して待機しててください!」


 エリスさんが呆れ声で返事をする。  しかし、数十秒も経たないうちに、またドア越しに声がする。


「レイ! 声を聞かせろ! 無事か?」 「は、はい! 無事です、団長さん!」


 私が答えると、ドアの向こうで「よし」と安堵する気配がした。  どうやら団長さんは、本当にドアに耳を押し当てて張り付いているらしい。


「……愛されてるなぁ、お前」 「違います、からかわないでくださいよ、過保護すぎますよぅ……」


 エリスさんにからかわれて、私はお湯の中で顔まで赤くなった。    ドア一枚隔てた向こうには、最強の騎士がいる。  中には、頼れる女友達がいる。  これ以上ないほど厳重で、ちょっと騒がしいバスタイム。


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