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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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33/44

33.隔離

翌朝。  私は、頬に触れる温かい感触で目を覚ました。


「ん……ワンちゃん?」


 目を開けると、目の前に大きな銀色の顔があった。  ワンちゃんが、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。  どうやら昨夜は、私のベッドの足元でずっと見張りをしてくれていたようだ。


「おはよう。……守ってくれて、ありがとう」


 私が首元に腕を回して抱きつくと、彼は安堵したように一度だけ目を細め、それからハッとしたように窓の外を見た。  空が白み始めている。


「もう帰らなきゃダメ?」


 名残惜しくて尋ねると、彼は申し訳なさそうに私の頬をひと舐めし、音もなくテラスから飛び出していった。  その背中は、一睡もしていないはずなのに疲れなど微塵も見せず、颯爽としていた。


 ◇


 それから数分もしないうちに。


 コンコン。


 部屋のドアがノックされ、返事をする間もなく勢いよく開かれた。


「おはよう、レイ。……変わりはないか?」


 入ってきたのは、団長さんだった。  早朝だというのに、既に騎士服を完璧に着こなし、髪の一本まで乱れなく整えている。  


「おはようございます、団長さん。  早起きですね……。」


 私が不思議に思って尋ねると、団長さんは涼しい顔で答えた。


「ああ。少し残務処理があって徹夜したからな」


 さらりと答えたが、その様子からは徹夜の気配など全く感じられない。  いつ休んでいるんだろう、この人は。本当に人間なのかな。


 団長さんはスタスタとベッドに歩み寄ると、私の顔をまじまじと観察し、それから部屋の中――特に窓の鍵や床の状態――を鋭い視線でチェックし始めた。  その纏っている空気は、いつになくピリピリとしていた。


「……昨夜は、よく眠れたか?」 「は、はい。おかげさまで」


 ワンちゃんがいてくれたおかげだ。  そう言おうとしたけれど、口をつぐんだ。


「そうか。ならいい」


 団長さんは短く言うと、私の手首を掴んだ。


「レイ。今日は着替えたら、すぐに俺の執務室に来い」 「え? 食堂じゃなくて?」 「ああ。今日からしばらくの間、お前を俺の執務室に隔離する」


「か、隔離ぃぃっ!?」


 私は素っ頓狂な声を上げた。


「どうしてですか!? 私、何か悪いことしましたか!?」 「逆だ。……悪い虫がつかないようにするためだ」


 団長さんの金色の瞳が、スッと細められた。  それは静かだが、獲物を絶対に逃さない捕食者の目だった。


「昨日、お前が『何でもない』と言ったのは分かっている。  だが……俺の勘が告げているんだ。お前の身に危険が迫っているとな」


 ドキリとした。  やっぱり、誤魔化しきれていなかった。


「今日から俺は、片時もお前のそばを離れない。  トイレと風呂以外は、常に俺の視界の中にいろ。  中庭への散歩も禁止だ。エリスと会うのも、俺の許可がある時だけにする」


 それはあまりに過保護で、束縛に近い命令だった。  けれど、団長さんの背中から立ち昇る「俺のテリトリーに入った敵は一匹たりとも逃さん」という絶対的なオーラに、私は思わず「はい」と頷くしかなかった。


 ◇


 その日から、私の「執務室暮らし」が始まった。  団長さんの執務室の隅に、私専用の可愛い机と椅子、そしてふかふかのソファが運び込まれたのだ。


「レイ。そこから一歩も動くなよ」 「はい……」


 団長さんは自分のデスクで山のような書類を処理している。  そのスピードは凄まじかった。  徹夜明けのはずなのに、判断力は鈍るどころか冴え渡り、次々と部下に指示を飛ばしている。  ただ、10分に一度は必ず手を止め、私の方をチラリと確認する過保護さは相変わらずだった。


 そんな息詰まるような時間が続いた、昼下がりのこと。


 コンコン。


「失礼します、団長。……エリスです」


 入ってきたのはエリスさんだった。  彼女はいつもの軽口を叩く様子はなく、硬い表情で一枚の報告書を持っていた。


「……ご報告します。  昨日、レイ嬢が恐怖を感じたという『屋敷の裏手』付近の調査が完了しました」


 エリスさんの言葉に、私は本を持ったまま固まった。  調査? いつの間に?


 団長さんの空気が一瞬で張り詰める。


「……で? 何が出た」


「黒です」


 エリスさんは短く告げた。


「結界の魔力構成に、極めて微細な『穴』が開けられた痕跡が見つかりました。  そして、その場に残っていた残留魔力は……東の『帝国』特有の術式と一致します」


 ――帝国。  その言葉が出た瞬間。


 バキッ!!


 団長さんが持っていた万年筆が、無惨な音を立ててへし折れた。


「……やはりか」


 団長さんは、温度のない声で呟いた。  それは怒鳴り声よりも遥かに恐ろしい、絶対零度の静かな怒りだった。


「あのハイエナ共め……。  聖女の噂を聞きつけて、もう嗅ぎ回りに来たか」


 私は震える手で本を握りしめた。  やっぱり、昨日の声は気のせいじゃなかった。  私は……外国のスパイに狙われていたんだ。


「レイ」


 名前を呼ばれて顔を上げると、団長さんがいつの間にか私の目の前に来て、膝をついていた。  インクで汚れた手を気にすることなく、私の手を優しく包み込む。


「怖がらせてすまない。  お前が昨日、嘘をついてまで隠そうとした恐怖の正体は、これだ」


「団長さん……」


「だが、安心しろ。  穴は既に塞いだ。警備も3倍に増やした。  そして何より……」


 団長さんは、私の手を自身の額に押し当て、誓うように言った。


「俺がいる。  俺がここにいる限り、指一本触れさせない。  たとえ帝国軍が全軍で攻めてこようとも、俺一人でねじ伏せてお前を守る」


 その言葉は、ハッタリではない。  大陸最強の騎士としての、揺るぎない自信と実力に裏打ちされた事実だ。


「だから……もう、隠し事はなしだ。  怖い時は怖いと言え。俺を頼れ。  お前を守るのが、俺の役目なのだから」


 その真摯な金色の瞳に見つめられて、私はこらえきれずに涙をこぼした。


「はい……っ。ごめんなさい……」


 私が泣きつくと、団長さんは私を強く抱きしめてくれた。  その体は鋼のように逞しく、そして陽だまりのように温かかった。


 ……ただ、その背後で。  報告に来たエリスさんが、「うわぁ、また始まったよ……執務室でイチャつくなよ最強夫婦(予定)め」と呆れ顔で天井を仰いでいることには、私は気づかなかった。

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